『きょうは月曜だけれど休日』(240715)


 サボテンの花も終りになってきている。

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 まだこれから咲くサボテンの花もあるので、あれこれ見て気分を変えたりする。

 コーヒーを淹れ、いつものように新聞を見るけれど、まずはトランプさんが銃撃された記事を丹念にいくつも読み込んでいた。

 それからキノコのことをいろいろ調べていて、毒キノコといってもわからない、ダメだ、
「キノコというのは毒か否か、簡単に区別がつかないな」ということだった。

 そもそもキノコというのは、どうやら、同じようには個体が出てこないのである(つまりまったく別みたいに表れてくることがあるのである)。

 わかっている人は、すぐ判断するけれど、素人が、図鑑とかの画像を見て判断するのは、いささか危険を伴ったりするということはありそうだった。

 きのう食べたキノコはうまかったけれど、なんというキノコかよくわからない。もちろん中毒もしてないのだけれど、山菜ほどに人が食べるものじゃないのかな、という気もするけれど、食べると(当たらなければ)抱朴子。

 紙面をめくっていって、スポーツも見るけれど、社会は間違った方向を目指して進んでいる(次に書いてある教育も同じ)。

 大学というのは、学生が減ってくれば倒産ないし廃業し、業態を変えるとかして生きる道を模索するものではないかと思う。つまり(わたしが思うには)ふつうの企業と同じということである。なぜかというと、大学の法人とかいっても、カネ儲けのことばかり考えていて、コストカットとか、非常勤の先生の時間をどうとか、お上に気に入られるよう、英語の先生でも、日本人を切って外国人(中国人)の講師を雇ったり、突然金融の講義を、まるで聞いていて投資に関して、「素人なのか?」というべき人を非常勤で雇って講義させたり(学生が無知なのでそれでもいいのかもしれないけれど大学の講義としてはどうなのか)、宅建の講義では、不動産屋から社員を連れて来て非常勤の先生、講義させている。

 まるで素人のオン・パレードが大学の非常勤の先生である。もちろん専任の先生が教授とかいわれても、教育者として素人であることは間違いがないわけだけれど、それでいいのか、としばしば頭に浮かんだりしたものだった。

 どうしてこういうことを改めていってみたくなったのかというと、大学の進学率が(少子化であるにもかかわらず)いっかん上昇し、
「2023年は57.7%に達した」といって勝ち誇ったように書いてあるからである。

 大学教育に求められるのは、専門知識ではなく(知識が急速に陳腐化しているので)、課題発見・解決力やコミュニケーション能力である、というのである。つまり高卒ではダメ、大卒に求められるのは、本来の高度な知識ではなく、課題発見・解決力やコミュニケーション能力である、という論旨なのである。

 先々全入時代を想定しているのであろう。

 大学というのは廃業させて、国からの補助金もその分減らすべきなのを、そうはしたくないので、逆に全入大学日本社会構築に向けて、世論の形成、洗脳をしてきていると見たからである。

 大学へ行くよりカネをかけず、さっさと就職して技術なり経験なりを身につけ、カネ儲けしながら社会経験を積んだ方が本人にも社会にも大いに貢献し役立つと思うけれど、(アメリカでも大工さんが不足して家が作れないのでそういう専門学校をという)、サロンはカネを使う場所を無限に創出することを、研究三昧なので、まったく逆にベクトルを必死になって作りだそうとしているということは感じられるのだった。

 いまの大学はおろか、これからでもそうだと思うけれど、大学の先生に、
「高度な知識ではなく、課題発見・解決力やコミュニケーション能力を」といって、その器がないわけで、ありえない話である。

 わたしが思ったのは、人間ができていないのに、
「大学が社会の課題発見・解決力やコミュニケーション能力」といって、学生を教育する人物がいったいどこにいるのか、性悪説社会になって大学ももちろん、それを是正できないで苦しんでいるのに、ということである。

 もしかして社会がどんどん悪くなってきているのは、こういう、
「本来の高度な知識ではなく、課題発見・解決力やコミュニケーション能力である(大学にも学生にも社会にも求められるのは)」という思想が社会に浸透蔓延してきたからではないのか。

 もっと基礎学力をまずは身につけることをした方がいいと思うけれど、サロンが求めているのは、
「知識が急速に陳腐化する時代、専門知識偏重より、課題発見・解決力やコミュニケーション能力」という論旨なのである。

 腹が立ったなあ。

 大学をなんと思っているのか、それなら大学には来なくてもいい、あるいは大学は必要ない。大学全入を志向しているのでそうなってくるのであろうけれど、
「いらんって」といいたくなったのだった。

 そんな教育ができるような先生はもとよりいないしな。人間ができていないのに課題解決どころじゃないだろう、自分の課題をまずは解決しないことには、パワハラとか、セクハラとか、横領とか、悪いことばかりをするのが、偉い人たちなのである。

 先生の教育が真っ先必要である。

 人がいないのに教育はできない。

 いまは人が化け物妖怪ゾンビ。教育者が人間ではないことには、なにをいっても始まらないといえる。

 まずは人間教育を一から始めることが、この国に求められている教育学校の基本土台というのがわたしの感想である。さっこん人間がいなくなってしまっている。性悪説は非人間の表れである。

 コーヒーを飲んで新聞を見ているのだけれど、コンゴという国がアフリカにあり、隣にはルワンダという国がある。そして欧州はルワンダと手を組んで鉱物資源の輸入でEVなど新産業工業化路線を維持指向しているのだけれど、ルワンダはコンゴから鉱物資源を略奪し、「自分のものです」といって国外へ輸出して、急成長、アフリカのシンガポールを目指して張り切っている。

 記事によると、欧州は知っているけれど、知らぬ存ぜぬを決め込んで、EVに必要な希少金属などをルワンダから輸入しているようなのだ。

 これっておかしいんじゃないのか。

 まるで(ルワンダ)北朝鮮みたい。悪の枢軸。それを欧州は黙認支持(略奪のこと)支持しているのである。


欧州が手を組みルワンダ奇跡の成長

隣国コンゴで資源上等略奪



 散歩の空。

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 雨が降っている。

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 一度外を歩いて、これはダメだな、と引き帰し、家で休憩。

 しばらくは休憩していて、再び散歩に出かける。

 散歩の空。

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 散歩道のネコ。

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 ベンチの下で、雨を避けている。目がきつくなっているのは、人間が悪くなった証拠。

 振り返ってネコを見ても、逃げるわけでもなかった。

 人が少ないせいであろう。


 散歩道のキノコ。

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 急に出てきた、かなり大きなキノコである。

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 これもかなり大きなキノコである。急に出てきた

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 家に帰ってきて、お茶を入れ、休憩である。

 きょうの夜は、酒を飲んだので、しばらく寝てしまった。

 いつのまにか目がさめて、台所へ行って、晩ご飯はどうなっているのかな。



茸汁というより豚汁に

茸を入れて晩ご飯かな



 キノコ汁を作って食べるのだった。



人心を壊せば組織は得をする

仕組みの社会にいざ終焉を



 上にあるのは、ふと職場にいた同僚友人たちにも(わたしだけではなく)、いろいろな迫害のことなどがよみがえって、気づいたこと。


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『きょうは雨が降ってきて結果幸いである』(240714)

 きょうは日曜日で雨である。

 散歩に行く前は曇天で(夜中には降ったみたいだけれど)、いまはいつ降っても、ということもいいえるような空だった。なんとか持っている空である。

 コーヒーを淹れて一杯楽しみながら新聞を見て、さっこんの流れというか、現実に起きていることを見ていると、企業や国がサイバー攻撃にあって、もう死に体というか、いつ活動が止まってもおかしくないような世界にこの社会はなりつつあるのかな、という気もするのだった。

 サイバーセキュリティーはその人材からして、もし優秀で知恵にたけ、自尊心があって善人で気概があれば、国や企業なんかを助けるよりも、優秀な人ほど外に出ていって、アウトロー(むかしなら素浪人・用心棒)になっていた方が、カネも稼げれば、自由もあり、なによりも庶民という(政府官僚世界のサロンから迫害奴隷化されて悪がのさばり勝手千万のままにされて死んでいく)弱者を、「まだ足らないか」みたいにやっつけなくてすむわけで、当然のように、(こっそりかもしれないけれど庶民を苦しめる)国や企業を、ささやかながらでもやっつける側に回るといえる。

 もちろんそうでない悪いハッカーなどもいるだろうけれど、じっさい善人ともいいえるようなハッカーが、国や企業に敵対心を抱かせるような世界のサロンが誘導する破滅型社会になっていることが問題なのであろう、と思うのだった。

 それで一つ詩を書いてみたわけだけれど(すでに投稿ずみ)、財務省が二回も為替介入に踏み切ったという記事(またドブにカネを捨てたのか)も気になって見ていた。


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 見出しに「賃上げ効果消失懸念」とあるのは、円安になると、賃上げが実質賃金を押し下げ、政府官僚の思惑(夢物語のウソペテン)がばれてしまうからである。

注:「賃上げが実質賃金を押し下げ」というのは、賃金を無理に上げると企業も弱るし円安にもなり、実質賃金は減る、賃上げが無意味というよりバカげた政策になるという意味。以下にもその説明が含まれています。

 この国はドルベースで見ると、GDPはマイナスが定着しているということもできる、つまり世界の基準ドルからすると経済成長はしていないのである。ゆえに実質賃金は下がっていくのが当然なのだけれど、政府の大号令「賃上げ」によって、強制的に賃上げをしたりするので(できないところは素直にできないわけだけれど)、減益でも(株主の利益よりも)どんどんベースアップ
posted by superbird at 20:56Comment(0)暮らし

『サイバー攻撃欧米に後れ対策急務(サロン)のセキュリティー』(これは詩です240714)

  『サイバー攻撃欧米に後れ対策急務(サロン)のセキュリティー』

 サイバー防御で
 国民の安全確保

 憲法の通信の秘密が
 国民の監視を妨げている

 サロンを守るために
 国民を監視する(愚笑)


 サイバー攻撃セキュリティー
 国家企業を守るため
 人材不足は火を見るより明らか
 出来ないこと棚上げ
 国民監視法整備洗脳世論

 内と外をこっそり掛け違え
 国民からの攻撃を
 サイバーセキュリティー
 監視撃退しろ(愚笑)。





注:

 政府機関や民間企業を標的にしたサイバー攻撃が際立ち度を増し、社会の安全が脅かされている。外からの攻撃に対して、この国はもう防御出来ないレベルにまで落ちている。人材能力が不足、そこに乗じて、わが国政府官僚サロンは、外からの攻撃を防ぐために、真っ先に国民の監視が、重要なセキュリティー対策になるというかのように、論点のすり替えをしてきている。

 サロンが性悪説になっているのでは、そもそもマイナンバーカードを普及させるための政策もそうだけれど、ウソつきペテン師の国サロンは明らか。その国に民の情報が筒抜けでは、国民の安全は担保できないといえる。

 国が信用できないことは、長年にわたるサロンの経済対策やカネ使い、莫大な借金、年金(を自分のものにする言葉)の言い換え、さらにはそれを隠蔽するための減額、いろいろ見れば明らかになってきてしまっている。

 老後破産必然社会、環境破壊必然社会、病気蔓延必然社会、インフレ誘導必然社会、数え上げたらきりがない、人心が崩壊しているのは、さまざまな不祥事からも明らかである。サロンが導いてきた不幸が顕現拡大し、見え見えになっているのである。

 なお、いま上に書いた詩は、おそらく自分たちの安全もがようやくなくなりつつあることに気づいて、法改正、国による諜報活動を、
「サイバー攻撃からの防御のために」という口実で、「国家の安全維持のため容認」することができるように画策しているのではなかろうかなと、疑念があってできてしまったものです。


 マイナンバーカードも同様、国民のプライバシーをなくすための物であることは明らかだし、サイバー攻撃から守れないこの国でなくても、情報が売られて、国民の命を危険にさらすものであることは明らかであるけれど、そういうこともわかってきたので、国民から不信、信用されないサロンの、情けなくも哀しい姿でもある。








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『貧困化ワクチン大国イの一番陰の国策表の国策』(240713)

 きょうはきのう不在で受け取れなかった宅配(優待の品)を受け取るために、朝から待機、11時前くらいに来た、それまではコーヒーを飲み、新聞も見て、朝ご飯も準備していた。

 受け取ったのは、子持ちアユの姿煮三尾とウナギの山椒煮二尾で、
「けっこうなものだな」と感嘆した。

 これは福島名産で、東邦銀行の優待なんだけれど、地元の応援で、宣伝効果抜群というところかな。そういえば、むかしオヤジの会社の取引先が福島にあって(東邦銀行は取引先のメインバンクだったんじゃないかと思う)、親父の持っていた株をわたしが一部相続し、そのまま持ち続けているのだけれど(相続してすぐものすごく下がったので買い増しし、つい最近すごく上がったので利益確定し親父から相続した株数だけ残してある)、どうやらオヤジは感が良かったようで、親父の買った株は(投資信託以外)けっきょくはものすごく上がっている(死んだときは高かったけれど相続したすぐ後はほとんどはみんな下がってしまって、親族たちはしめしめと思ったかもしれないけれど、株をもらったわたしだけ大損した)。

 そんなこともふと思い出した。

 もう昼になったご飯を食べて、休憩し、疲れたような体を起こして、
「散歩に行くかな」などと準備を始めるのだった。

 きょうも救急車が多い。

 散歩の空。

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 これは南の方向。

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 散歩道に一羽のハトがいる。

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 いつもは二羽でいるんじゃないのか?

 わたしが歩いていっても、特に逃げたり気にしたりすることもなく、地面のなにかをついばんで、食事でもしているようである。

 すぐ思うのは、
「どこか空気のいいところに行きたいなあ」ということで、そんなことを頭に浮かべたりしながら、人を避けることを意識しながら、「土曜なのに人が少ないな」などと思いつつ、歩いていった。

 散歩道、人を避けて、道を外れ足元に落ちていた、たくさんの花。

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 これはクズの花かな。

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 頭上を見回したけれど、まったく見当たらない。

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 鳥に似ている。


 休憩するとすぐ、蚊の攻撃を意識、蚊に刺されないようにしながら、休憩している。

 しばらく休憩である。

 ストレッチとかは少ししたけれど、転んだ時の打撲の傷が悪くなるといけないので、ほとんどなにもしないくらいである。

 意外にあちこちがあざになっている。この程度ですんで幸いである。

 休憩しているところのキノコ(足元の方)。

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 これが少しだけ大きくなったのをきのう(煮物に入れて)かじってみたけれど、毒でもないようだった。

 食べられるのだろうか?

 毒はないのかな?

 調べてもはっきりとはわからない、けれど、サクラタケの仲間じゃないかと思う。

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 きのう少し食べたけれど、平気だったのだけれど、きょう調べると、
「むかしは無毒とされていたけれど、さいきんの研究で、紅テングタケと同じムスカリンという毒があって、有毒キノコに分類されるようになった!」というのである。

 こういうキノコがちょくちょくあるのだけれど、ヤマカガシという蛇もむかしは無毒だったというけれど、さいきんは毒蛇である。

 人間が食べることのできるものが(人の弱体化によってどんどん)減っていったりさまざまなものが毒と化していくのかな。

 きのう帰り道に見た、「毒かな」と思ったキノコ、成長している。

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 散歩帰りの空。

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 日本の国力低下が盛んに新聞紙面で踊っているけれど、民のカネを奪う国策を改めないと復活はないだろうな、という気もするし、いっぽうで、働かないで(精神障害労災認定給料の約80%・病院代・薬代は、治癒まで「無期限」というまるで特権階級みたいな資格保持者が、実家の近所にも夫婦でいる)家にいてぶらぶらしている人たちが、周囲の人たちに迷惑をかけながら、暮らしているのだけれど、これらはまるで逆のように見えて、実は一つのことなのであろうという気もする。

 個人のカネを増やすことを最大限妨害し、国の使うカネは最大化する、結果、頭がおかしくなってまともに働けず、精神病患者が増えても御の字、仮に労災認定されても、給料100%が約80%まで減るからである。


国民を貧しくさせる国策が

イの一番に推奨の国




 きょうの歌。



貧困化ワクチン大国イの一番

陰の国策表の国策



posted by superbird at 21:35Comment(0)暮らし

『ある女子高の先生と生徒の会話4』(これは掌編小説です240713)


 『ある女子高の先生と生徒の会話4』(240713)

「先生、万っていう言葉知ってる?」
「知ってるよ。一万円」
「そう。千は?」
「知ってる。一千億」
「まあ、いいわ。千円っていったほうがいいよ」
「そうか」
「じゃあ億も知ってるでしょう?」
「まあね、一千億円」
「それじゃあだめなんだって、三千円っていってみて」
「三千円?」
「でしょ?」
「うん」
「次に万って付けてみて」
「三千万円?」
「そう。わかる?」
「わかんない」
「でしょう!?」
「じゃあ億付けてみて」
「何で?」
「いいから早くっ!!」
「簡単じゃん、三千億円」
「わかる?」
「わかんない」
「でしょっ!?」
「うん」
「そういうこと」




注:これはわかる人は面白いかもしれませんが、わからない人にはもしかすると、チンプンカンプンのお話です。

posted by superbird at 10:44Comment(0)小説

『医療は進歩するほど人間性を失っていく』(240712)

 いつものように日経新聞を取りにいって、それから、トイレで見たんだけれど、「キノコ」の話が載っていて、北海道の原生林でキノコを観察しながらガイドをしておられる人のエッセーだった。

 その写真に目がいったのだけれど、文章を読むより、まずはキノコの写真を見て楽しんだ。

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かさ一センチ勾配茸コウバイタケの命かな



 コーヒーはきょうは二杯だった。新聞も読んだりして時間をすごし、昼近くになると、次はそうめんの準備(カチそうめん)、首尾よく美味しく作って、幸せな昼ご飯である。

 これを書いていて、あとで気づいたんだけれど、キノコというのは地下に菌の身体があって、それは永遠ということもできるのである。傘一センチの命というのは、地上に限ったものなのである。

 前にも一度書いたかもしれないけれど、人間も、この地上に出て来て命を保っているけれど、そのもとになっている命というのは、地下とか天上とかに、永遠に続いているということもいえる、それを大切にするか否か、意識できるか否か、方便としていえば、そこからその人の価値が生まれてくるのではないかと思うのであった。

 外は相変わらず大雨なので、散歩はしばらく後である。

 食後は一度横になって、それから散歩に出かけた。

 散歩の空。

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 予定通り、ほぼ(雨も)やんだ空のもと、空気が悪い団地から脱出という感じでもある。

 歩いていくと、めずらしいもの、まだ青い落ち葉がたくさん広がっている。


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雨が降り夏の落ち葉が広がれば

散歩の足を止めて見ていく



 休憩して、蚊の攻撃をふせぎながら休んでいる。

 キノコがあるけれど、これが食べられるキノコか否か、それが気になった。

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 ぬめりがあって、なめこにも似ているけれど、色がちがうのでなめこではないのである。

 サクラシメジの仲間ではないかとか、考えたりするけれど、――。

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 きょうは雨模様なので人がいないのではないか、しかし空気がそうとうに悪くなっているようで、5類に移行して、どんどん空気が悪くなっているのは不思議である。

 ワクチンで免疫力がますます低下している、ということを疑うけれど、ワクチンは誠意ある優秀な医者ならみんなが否定派である。

 この異常なパンデミックを生き延びるために、わたしも必死ということはいえる。どうして、コロナに感染した人たちが、再びこの期に及んで再びコロナに感染し、高熱を出し、喉も異常なほどにトゲトゲになり、(わたし的には)重症化しなければならないのかがわからない。ワクチンを打たなければ、自然抗体を獲得し、それこそ(ワクチン接種者とは逆)免疫力を増強し、ふつうにやり過ごせるようになるのではないのか、と思うのである。

 ワクチン接種者というのは、コロナウイルスだけではなく、さまざまな病気によって、死期を引寄せているということがいえるのではないか、そうでなければ、この毒ガス化した空気は説明ができないであろう。

 ワクチンによってコロナに感染することを宿命づけられた人たちは(過去にワクチンを打った人の方が感染し症状がきついということ)、大なり小なり、嗅覚が失われている(あるいは弱体化)しているので、(それ以外の感受性も失われていっているので)、もしかしてこの異常な空気が、人間はおろか、すべての生き物にとっても死を引寄せる毒ガスであることにまったく気づけないでいるのではないかとさえ、疑ったりするのだった。

 足もとに出てきているキノコをきょう食べてみるか否かを考えている。

 毒だといけないな。


 散歩帰り、来るときも見たけれど、これは毒キノコである。

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 一度どこかで、これは「毒キノコ」という情報を見たような気がする。


 散歩帰りの空。

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 急に回復してきた空。

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有難く日々の暮らしを楽しめば

仏の道もより大切になり



posted by superbird at 21:22Comment(0)暮らし

『きょうも雲が厚い空でけっこうである』(240711)

 きょう、というかまだ夜が明ける前だけれど、空気が悪くて寝苦しいので、買い物に出かけていった。気管支が痙攣して詰まってしまうので、痛みが生じて、これはよくないなと思ったのだ。

 買い物へ行く途中の道でも同じような空気が薄いけれど漂っていた。

 買い物を終えて帰ってきて、ついでに雨の中散歩もし、気管支は治って、身体もよくなっていたけれど、
「ひどい世の中だな」という思いはいつものことなのだった。「こんなひどい世の中はなかったな」

 それはさておき(なにしろ戦後終戦のころはもっとひどかったということもある)、家でお茶を入れ、気分転換、少し寝てみたけれど、うとうとしたくらいであった。

 夢を見ることができたくらいなので、まだましである。

 散歩のとき見たのだけれど、サラリーマンの家庭で(ふだんは寝ている部屋が)寝てないで夜中なのに皓々と明かりがついている部屋もあった。

 柔軟剤のせいなのか、まったくわからないけれど、気管支が痙攣するのはまったくもって不愉快だったので、眠れるかどうか、世の中空気が悪すぎる(空気が悪いというより完全に毒ガス状態である)。

 団塊世代(終戦直後1947年(昭和22年)〜1949年(昭和24年)生まれ)、そしてその子供たちというのは、もしかして、終戦の悲惨な世界体験もあるだろうけれど、むしろその前世、戦争真っ只中、地獄が心に深く刻まれ、そこが故郷状態になっているのではなかろうか、などと(これを書いていて)ふと思ったのだった。お国のためにと命をささげてきたけれど、という人たちの生まれ変わり(彼らは長きにわたって国に恨みを抱き復讐をしている)、もともとがそういう霊界を故郷とした人たちが生まれ変わったということがあったにしても。

 団塊世代、そしてその子供、孫たちというのは、霊線でつながっている。団塊世代の記憶は、その子孫たちに受け継がれていく。日本の社会がどんどん落ちぶれて地獄と化して、なおそれを修正改善できない悲惨を宿命づけられているのは、戦争をしたカルマ、人殺しを散々のように積み上げ殺戮を山とした、そういうこともあるのではなかろうか、などと思ったりもしたのだった。

 朝になって起きてきて、いつものようなことをして過ごしている。相変わらず雨が降っている。よく文章はその人の心だとか人柄が、とかいうけれど、さっこん読んでいて、(わたしなど文章力はむかしの人からすると人さまに読ませるようなレベルではないけれど、それでも相対的なものなのか)若い人の文章は思うに日本語の勉強が出来ていない、あるいは人間ができていない、ということはあるのではないかとしみじみ感じたりする(つまり日本文化の崩壊のいったん針千本である)、そういうことがあったりするのである。ハリセンボンというのは魚の名前のことでもあります。


 散歩の空。

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 途中で、車の中に、別荘に持って行くストーブとかを入れ、やたら集まってくる人たち(どういうわけか子供もいたりする)を避けながら、歩いていくのだった。

 散歩道、人影絶えて、目につくキノコたち。

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 キノコというのは、やはりこれはこれで真摯に生きているのである。

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 見ていて、人間との一番のちがい、気分が悪くなることがない。

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 蚊が多いので、ひたすら蚊を避けながら休憩、雨が降っていたし、まだ雲が厚くいつまた降るかわからないような空なので、空気が多少はましになっている、人が少ない証拠と思う。

 散歩帰りの空。

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観音は人を益して慈悲といい

仏は堕とすウソ八百の人




posted by superbird at 21:41Comment(0)暮らし

『英助さんの年金暮らし』(これは掌編小説です240711)


 『英助さんの年金暮らし』

 5000万円あるとこの国は準富裕層だけれど、金利0.9%(国債利回り)とかでは暮らせるわけがないのだ。預金しても、0.9%付くわけないけれど、その金利に税金も20.315%だし、うまく国債を買っても、年間45万円、マイナス税金が9万1475円取られ、世間から準富裕層といわれて年間所得が35万8582円しかない。うつ病社会。

 よしえはいった、
「おとうさんなにか来てるバンクオブなんとか(英語)」
「ああ(溜息)」
「見て新聞、おカネに困らない生き方。1ドル200円になっても損しない、ってウソみたい」
「ウソじゃないかもな。だけどそれ広告だろ」
「広告だけど資産運用、津波がきたかと思うよこれ、ビックリマークが付いてる」
 英助さんが退職したころ、1ドル100円かそこらだった。
「いまは1ドル160円だからな」
「寝てれば増えるって、ウソみたいだね」
「ウソじゃないかもな」
「もっと疑ったほうがいいよ」とよしえはいった、「ところでこのバンクオブなんとかってなに?」
「退職金とかをそのバンクに送ってドルにして、いろいろやって、やったもんで、いろいろ書類を送ってくるって寸法になって、いそがしいってことだよ」
「お父さんお酒飲むと機嫌がよくなるね」
「たまには余裕の人にならんと」
「見ていい?」
「見てくれよ」
 よしえが封を開いて見ると、総資産1億2千万円余りとの記述があった。よしえの胸騒ぎ。
「お父さん退職金っていくらだった?」
「800万円」
「すごいね」
「すごかないよ。年金なんて月5万円くらいだぞ」
 月5万円っていうことは。12倍。
「年間60万円じゃん!」
「そうだよ。だからすごいんだよ、介護とか保険料も取られて死んじゃうくらいだぞ」
「地獄じゃん」
「ディストピアっていうらしい」
「でもお父さんこのバンク、資産1億2千万円余りって。余裕すぎるみたいな金額だけれど、どういうこと」
「借金が1億円だぞ」
「それで資産が1億2千万円になったの?」
「まあな」
「悪魔?」
「だろ?」
「見損なった」
 わたし娘やめるかな。絶縁になりそう。
「オレも怖いもんで、見んようにしとる」
 よしえはバンクオブの書類に目を落としたまましばらくにらめっこ、それから不信感、疑念、英語と数字の書面を、英助さんと交互に目をやって、見ながらいった、
「純資産1100万円」
 総資産は借金を含めた金額で、純資産はその借金を引いた後の金額である。会計上の言葉。つまり英助さんの退職金800万円が1100万円まで増えたということも、書類を見る限りいうことができるのだった。
 説明すると、日米の金利差、日本で2%弱で1億円を借り、利子のみ返済し続け、アメリカの債券、いわゆる外貨MMF(金利5%弱)に投資、差額が3%くらいあるので、年間税引き後でも300万円弱くらい付くのだった。退職して二年弱くらいなので、生活費に仮に200万円くらい使っても50万円くらいの年金収入と合わせ、資産はどんどん増えるという仕組みになっているのであった。
 これが本当なら、
「わたし英助さんの娘だね」
「気が小さいもんでな、先々不安は消えないよ」
「心配したらキリがないね」
「まあな」
「わたしもお酒飲んでいい?」
「たまには飲めよ」
「老後は安泰だね」
「まあな」

 よしえは新聞記事を見ていった。
「新型コロナの死亡率は1%、鳥インフルエンザの死亡率は25~50%だろうって」
「聞いてないな」
「パンデミックに発展する可能性が非常に高いウイルス」






注:思い出されるのは、もう15年くらいも前、ギリシャが破産した時のことです。年金は平均で27%減、最大50%カット、若者はどんどん国外へ出ていき、当時公務員の給料は、半額にもなったことです。

 いま日本から出ていっているのは、富裕層と若者ということができます。世界で一番富裕層が国外へ逃げているのは、香港在住、もともと香港にいた富裕層が脱英国と中国化に嫌気がさしたこと。政治不安もあって、香港が香港ではなくなったことが大きいでしょう。次に富裕層の国外脱出で多かったのが日本です。つい最近、イギリスが日本を抜いて二位になったのは、富裕層を集めるために実施していた優遇税制がなくなるからです、その数を抜いたけれど、そのくらいたくさんの富裕層が日本から国外へ脱出しています。

 また作者のわたしが付け加えます。文中の日米金利差を利用した英助さんの投資、資産防衛は、こういうこともあってもいいのでは、ということで書いて見ました。多くの富裕層が円で資金を確保調達し、海外に投資していることは、リーマンショック以前にもありましたが、有名な話でもあります。リーマンショック以前のアメリカの長期国債利回りは5%以上。日本は2%余り。金利差はやはり3%程度、1ドル124円くらいで、当時も円キャリーがあって、円安に推移していました。いまも当時も金利差に目を付けた、小説内と同じような円のキャリートレードがあったのではないでしょうか。ではなぜいま161円なのか。
 その差はいうまでもなく国力の低下。国の借金、税金の高さ、しかも使うカネの無駄さ加減、それらがこの国を崩壊に向けて、強烈後押し、先見性のない国の進路、ウソ八百で国民をだまし、ペテンにかけ、カネを奪って国民のやる気も奪い、国の魂を破壊しているということも、大いにいいえることでしょう。NISAで多くの人が海外株に投資しているのも、元は、この国には未来がないからではないでしょうか。

 なお小説の中で英助さんがやっていることは、カネ余り社会の典型で、けっして推奨されるものではなく、カネ余り社会で生き残りをかけ庶民の知恵で、仮にカネがあるように見えて、暮らせるとしても、決してもろ手を上げて、「幸せだね」とはいえないのは、英助さんが酒を飲んでいるときの雰囲気からもうかがい知ることができます。

 なお鳥インフルエンザが大流行、パンデミックに発展する可能性が非常に高いウイルス、とありますが、これは私見では、そうなったら(おそらく人間社会がそうなるようにしているわけですが)、人災あるいは人が招いたパンデミックであることはまちがいなしです。



posted by superbird at 11:30Comment(0)小説