『学校からかっぱ寿司まで歩き通す』(160630)

 学校が終わってかっぱ寿司まで歩く。優待券がある。500円×4枚使う。うなぎを食べようかと思ったけれど、メニューになかった。ロコ貝が旨かった。ハマグリの味噌汁も飲んだ。豪華ホタテも食べた。なめこの味噌汁も飲んだ。もちろんいわしも食べた。生たこも食べた。かに味噌も食べた。シャリは小さめだったけれど、多いと思ったら素直に残した。



かっぱ寿司宇治抹茶プリンで締めるなり


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posted by superbird at 22:36Comment(0)通勤

『名鉄を降りて歩いてゆく』(160629)

 学生たちが行ってからゆっくり駅を出て、マイペース、路傍の花に目を留めたりして。
 田舎だな。学生がいなくなると、めっきり人がいなくなる。


通勤で花を見てゆく余裕かな


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posted by superbird at 23:42Comment(0)通勤

『ディナーの準備』(160628)

 学校帰りに同僚の先生と挨拶。
「先生家まで一時間でしたっけ?」とY先生。
「いや帰りは一時間――」と私は言いかけ。
「じゃあ、ディナーですね」とY先生はベンツで帰っていかれた。


大根を買って担いでバスに乗り




注:きょうはいつもどおりスーパーに寄って買い物。大根鰯豆腐。大根は最近珍しくとても大きなものだった。税込み128円だった。鰯は税抜き80円だった。豆腐は税抜き45円二個。
 先ほどの会話における「ディナー」というフレーズには意味が、取り方によって二つは少なくともあるので笑顔でスーパーに向かうのだった。
posted by superbird at 22:26Comment(0)通勤

『地下鉄名城線が故障したら金山へは出られないのだ』(160628)

 朝、乗換の八事駅に着いてホームに立つと、放送が入って、
「茶屋ヶ坂で先頭車両のドアがどうのこうの」といって、その修理に戸惑っているらしく、電車が来ない。何分遅れるんだ。始め茶屋ヶ坂という駅の名前が聞き取れなかったので、そのうち来るんだろうとたかをくくっていたら、まったく着そうにないので、駅員のほうへ正々堂々と歩いていって、訪ねて、茶屋ヶ坂だと分かった。
「茶屋ヶ坂?」と聞き返して、「それでいま直ったとして、茶屋ヶ坂からここまで何分かかるんですか?」

 こんなことがあるんだなあ、名城線が来なかったら金山へ出られないぞ、学校は間に合うのか? 右回りがダメなら左回りがあるけど。鶴舞線もあるけど。


名城線が故障した通勤は

心頭滅却のステップで


posted by superbird at 00:00Comment(0)通勤

『香害と呼ばれる昨今の化学物質』(160627)

 香料は人の頭を包み込み、人の頭の働きを押さえ込む。人の命を増し、進化を促してきた神に代わって人工的な香料を金儲け目当てに社会に蔓延させ、罪もない人々を苦しめる企業は神を冒涜しているに等しい。巷にあふれ出てきた香料は、人の知らない毒を秘め、人を無能化し、社会のゆがみと相互作用して、そこかしこに並び出回っている。企業やドラッグストアーやが一握りの、そして大きなお金を得るために、いま巷に出回っている香料は、人を無能な生き物へと退化させていく。社会の混乱に一役買っている。

 人間は自分が自らの身体で創り出す、創造と進化を促す、化学物質に勝る化学物質を、ペイする貨幣対価で、人工的に科学によって作り出すことはできない。人間は自然とともに自分の身体に神を見て、物質を越えた快楽の宇宙の力で進化を成し遂げてきた。

posted by superbird at 23:15Comment(0)

『きょうもまあ良い一日だった』(160626)

 ネットカフェのコーヒーがきょうは旨かった。ジョージアだったけど。むかし高校生のときそういえば、ジョージアのコーヒーは好きだった。

新聞にコーヒー飲んで公園で

ふり返る良き今日という日を



posted by superbird at 22:22Comment(0)暮らし

『イギリスのEU離脱は官僚や政治家への不満』(160624)

 官僚や政治家は高級料亭で食事する。もちろん庶民には縁がないといえる。庶民が身を置くべき幸福は、海の幸山の幸だからである。官僚や政治家の目指す世界と相いれない、自然豊かな場所で暮らし、畑や海や川でとれた恵みに感謝して暮らすことで、それを奪ってきたのが官僚や政治家である。
 
 官僚や政治家たちがぶらさげてくるニンジンに騙されてはいけないのである。

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英国のEU離脱に共感し




posted by superbird at 19:53Comment(0)自然

『きょうもこれでふつうかな』(160623)

 学校帰りにアオキスーパーでうずらのフライを二本買ってバスに乗ったら、
「バスの中で食べないでよっ!」っていきなり注意された。
 黙って一番後ろへ行って目を閉じていたけれど、こういうことは初めてだったので、若干驚いた。そういえば飲食禁止だったのかな。乗客はほとんどいないから何も食べず瞑想するに限る。

 飲食禁止は反対じゃないけれど、まあ、乗客が2、3人しかいないバスで飲食禁止もどうかと思うけれど、現代社会は何事も十羽一絡げで人間を管理してくるから、乗客が一人でも飲食禁止はまちがいないことであろう。学生らが何か飲んでいて注意しているのは聞いたことがないけど。AI社会になったこういうのはどうなるかな。

 そのバスちゃんとバス停で留まらずに数メートルくらい行過ぎて停止して、乗り込んだらいきなり命令口調で注意されたので、きょうもまた不可解なことが起きたな、何て思った。バスを降りたら、今度は、少し歩いていったらカラスが上空から頭上に攻撃するように舞い降りてきた。一度目は気にかけなかったけど、二度三度と来たから、ついに気味が悪くなって上着で追い払った。カラス恐れをなしたのか、もう攻撃してこなくなったけれど、ちょうどそのときすれちがったじいさんは、びっくりして上空に舞い上がって遠ざかるカラスを見て、顔をゆがめていた。
 東京のほうでも数年前、カラスが人を襲うという話を何かで聞いたけれど、名古屋の都会のカラスもいよいよいかれてきたのかな。

 凶といえども気にしないことである。山川草木悉皆成仏。


愛に飢え都会暮らしのカラスにも

空の翼の歓びがあり





posted by superbird at 23:00Comment(0)通勤

『きょうは吉日』(160622)

 おとついLAWSON100で買った二個入り1パック100円の大福餅のうちの、残りの一個を食べる。図書館で新聞を読んだあとなのでバスの時間は一つ遅くなった。一つ遅くなった分だけバスはすいているのである。きょうも仕事も通勤もとりあえずうまくいった。これは吉日である。


仕事終え新聞読んで大福を

噛みしめ帰る幸せがあり




posted by superbird at 21:30Comment(0)通勤

『きょうも終わったな』(160621)

 きょうもふつうといえばふつう。
 ちがうといえばちがう。

 名鉄で朝、人身事故があって、ダイヤも運転士の心も乱れていた。

 電車が遅れていて、ようやく入ってきた電車の運転士にきくと、こっちの電車のほうが早く着くというので乗った。これで良しかと思ってくつろぎはじめたら、やがて隣のホームに入ってきた電車の方が早いにちがいないと思って、速攻でそっちへ行った。乗っていた車内を見れば暢気に腰掛けている乗客もいたけれど、賢い女性客がもう一人いて、私同様、車両を飛び出し私よりも先にそっちへいった。賢い人はいるものである。

 とにかくダイヤが乱れていて、人が正しく判断できる状況になかったのである。

 きょうはあと気になったのは、大学というところも、非常勤の先生はいろいろな面で不利にできているということである。ろくでもないことをした生徒がろくでもないことをしたことによって罰や不利益をこうむるのは当然としても、非常勤の先生は必要以上の苦労や無駄な労力を負うはめになるのである。

 一方でそのろくでもないことをした生徒がろくでもないことをしたことによって罰や不利益をこうむって、非常勤の先生の必要以上の苦労や無駄な労力のゆえに教育効果があがれば、今の場合は非常勤の先生はこうむった不利益について文句のひとつも言ってないので一転、専任の方々とは比べようもないほど大きな功徳を積んだみたいなことになってしまうのであるが。まあ、これは人を善なる道に導く方便というのである。


ぼた餅に新聞読んで帰宅かな


 何も言うことはない。あえて言えば寄り道もなくまっすぐ帰るのみ。


地下鉄を降りて歩いて自転車に

乗れば余裕のあくびなりけり



posted by superbird at 23:02Comment(0)通勤

『ふつうにやっていくことである』(160620)

 大学というところは高校のような担任がいないので、自覚がない生徒(一年生)は担任に頼ろうとして、見当違いのことをするので、教師はいらぬ神経を使わなければならない。いない担任を探してもいないものはいないのでさっさとあきらめることが必要である。

 教育に特化していないあるいは教育の伝統のない大学は、当然のように存在する高校生以下の大学生によって、教師は日々の授業はもちろん日常生活まで振り回されるのである。大学にはまた窺い知れぬふつうの苦労がある。

 先日の中間試験で不正行為があったことを教師に指摘されて、
「今度何かあったら即刻単位はないぞ」(高校なら即0点)と脅しておいたつもりだったけれど、まったく意に介さず、授業中は自分勝手なことばかりして、こちらが無視して平然と楽しく授業をすればいちゃもんばかりつけて妨害する生徒には少し腹も立ったのである。
 プリントを配ったあとで、簡単に言うと、ほかの生徒の質問に答えていた後、その生徒、
「先生どうして僕の質問には答えてくれんの」というから
「何が知りたいのだ?」と聞くと、また授業の進め方にいちゃもんをつけてきたので、うんざり。マイナス10点とノートにメモしておいた。

 どうやらその生徒反省はなく、逆にマイナス10点のところだけしか頭に入らず血が上ったようなのだ。こういう人間は案外大人にもいるから、常日頃から注意が必要だ。


日常も仕事も共にふつうなり

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posted by superbird at 00:05Comment(0)仕事

『興正寺からの帰り』(160617)

 もう7時すぎ。八事に昇った月。

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 交通量はすごいけれど、この月を見る人はいない。

 来るときの八事の交差点。

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posted by superbird at 22:56Comment(0)散歩

『八事興正寺へ行く』(160617)

 金曜日の午後。きょうは正々堂々ではないけれど、西門から入っていく。


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 阿弥陀堂で阿弥陀如来を拝んで、先祖供養をし、おみくじを引く。二十四番。大吉だった。おみくじもだんだんよくなる。

思うこと思うがままになしとげて

思うことなき家の内哉


 とある。

 しばし笑みがこぼれる。阿弥陀堂の上の空も機嫌がいい。

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 何も考えず次は観音堂。

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 観音堂でお参りをする。

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 観音堂のすぐ横に鐘楼があり、撞いても良いので、一回撞いて鳴らした。

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観音堂かんのんどう参拝さんぱい終えてかね



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 こういうものを撞いてもよいというのはめったにないことである。ベンチで少し休憩。大福もちを食べるしあわせ。


かねき大福餅で聞く音の

疲れに気づく夕のひととき



posted by superbird at 22:34Comment(0)散歩

『人間の作り出したモル濃度ができても自然を理解するには時間がかかる』(160616)

 モル濃度の計算を三種類、三つのパターンがあるので、その場で作って生徒にやらせた。説明しながらやったので、首尾よく計算ができるようになり、
「これでいい」と生徒をほめておいた。
 しかしきのうのことがあったので、濃度をまた今度は同じ、ただし海水ではなく、0.2[mol/L]のNaOHの水溶液ということにして、溶液の体積もモル濃度の計算と同様の体積、150mLと250mLにして、さて、
「この二つの溶液を混ぜると濃度はいくらになる?」 
 すなわち、0.2[mol/L]のNaOH、NaOHは水酸化ナトリウムでなくても塩化ナトリウムでもいい、とにかく同じ溶質の同じ濃度の水溶液ということにして、溶液の体積もモル濃度の計算と同様の体積、150mLと250mLを使ったわけ。
 わたしは板書して再び言う。
「0.2[mol/L]のNaOH水溶液150mLと同じ0.2[mol/L]のNaOH水溶液250mLを混ぜると濃度はいくらになると思う?」

 きょうの生徒も間違った。ずいぶんと低濃度、一桁小さな数値を口にした。
 そこでわたしは言った、
「海水を思い浮かべてみて、同じ海水を150mLと250mL採って混ぜたら海水の濃度は?」

 さすがにこれで気づいた。生徒は小さく笑いながら、
「同じです」
「そうでしょ」
 海水にして気づいたということは、きのうの生徒よりましかもしれない。一杯二杯と海水を汲んでも濃度は変わらない、ということには気づいたのである。

 でもわたしは続けて言った。
「同じ濃度の水溶液を混ぜて、濃度が元の水溶液よりも薄くなるなんておかしいってすぐ気づかないといけない」(計算が間違っているということに)

 それからわたしは自然科学というものは、実験したり自然観察したり、自然とよくかかわらないと本当のところは理解できないのだよ、なんていう趣旨のことを、物理学者の例なんかも出して少しばかり話したんだけれど、まあ雑談だね、きょうはそれで機嫌よく授業を終われた。
「ごくろうさまでした」




『きょうを振りかえっているのだ』(160615)

 生徒以外ひどい人間とかかわらず、良き人々と過ごすことのできた一日である。

 案外生徒がひどいときは、
 世間の人たちは影のように、
 世界は平和に過ぎていく。


たんたんと仕事買い物通勤と

あとは食事で終わる一日






注:メモを元に、2018年8月11日に投稿した。

posted by superbird at 19:00Comment(0)仕事

『世の中はうまくできているというべきであろう』(160615)

 ことしは質の悪い生徒の当たり年である。いろいろな先生方の話や、自分のクラスの生徒、学校へ通学する彼ら彼女ら生徒の行動などを見ていると、昨年までにはなかったような、どうしようもないような生徒が散見される。

 こうしてみると、
「また将来の日本は」などと思ってしまうけれど、これは短絡的には判断できない。経験的に景気の循環と生徒の質は相関関係があるからである。

 中高時代景気がいい時の生徒の大卒辺りの就職は悪くなる。中高時代景気の悪い時の生徒の大卒辺りの就職は良くなる。これは私が思うに、中高時代景気がいい時の生徒は礼儀もなってないしやり放題身勝手などという傾向が強くどうしようもない生徒が多くなる。逆に中高時代景気の悪い時の生徒は比較的将来を真剣に考えるせいか、まじめに勉強もする忍耐強いなどの傾向が、あくまで比較的、強くマシな生徒が多くなる。
 結局悪いカルマをつむので、その結果就職が悪くなり、良いカルマをつめば結果就職が楽になるという、因果応報の表れという気がするのである。大局観として。

 今年はつまり高校時代、アベノミクスで、虚構とはいえ景気が良いという錯覚を日本人が受けていたときの生徒が大学一年生として入ってきたのである。とにかくまともじゃない生徒が増えたのである。
 彼らには何しろ将来がどうとか、化学の本質(人として生きる智慧に結びつく高尚な学問)はいかなるものであるかとか、語る相手ではないのである。少なくとも昨年までと比較して、よりいっそう語る相手ではないのである。

 景気がいい就職率がいい、売り手市場などといわれていた、まだそうかもしれない、よってまじめに勉強しなくても結構という空気が支配している。どうしようもないのである。

 1.5Lと2.5L、同じ海水を汲んできて入れた容器AとBをひとつの容器に入れてかき混ぜた。海水の濃度はどうなったか?
 あるものは何倍にもなると答え、あるものは何分の一かの濃度になると、答える。一人として、汲んだときの海水の濃度と同じとは答えない。一杯二杯と海水を汲んだら濃度が変わっちゃった。これは大学生とか小学生とか疑うようなことではないのである。
 人間としての存在にかかわるようなことである。まあね。こういう問題ができないということの背景には、今の教育に深刻な何かがあるのである。山川草木悉皆成仏。






posted by superbird at 22:25Comment(0)仕事

『きょうは暑かったのか』(160614)


帰宅して水一杯の至福かな


 きょうは仕事中まったく気づかなかったけれど、水を飲んで一息、調べたら、最高気温名古屋、気象庁の発表、29℃(13時29分)だった。前日差プラス4.5℃、7月上旬並ということである。

 ペットボトルの水が早々になくなったのが痛かった。


posted by superbird at 21:33Comment(0)通勤