『ほとんど年越しの食事』(161231)

 西友に九時前くらいに行ったら年越しそばに入れる海鮮かき揚げが半額だった。二個入398円のを買った。カキフライ4個入り200円が30%引きになっていたのでこれも買った。

 晩ご飯はすき家で軽く食べたので、ほとんど年越しのそばならぬ夜食かな。20mLくらい、林檎酒などの酒も飲んだ。


豪華かな年越し惣菜牡蠣フライ

海鮮かき揚げ食べて満ちてく


posted by superbird at 23:57Comment(0)暮らし

『ふとカーペンターズの世界を思い出すのだった』(161231)

 一本の木を目印に、到達したら木の幹をUターンする。繰り返しそんなランを繰り返していると、いつしか時折聞こえる枯葉を踏む音と芝生の上の落ち葉の光景が、遠い時空を超えた世界に誘う。



日が暮れてジョギングすれば木々のみち

落ち葉の恋の歌が聞こえる



posted by superbird at 18:03Comment(0)暮らし

『急いでいるせいか軽率でもあるわたしへの助言』(161228)

 『急いでいるせいか軽率でもあるわたしへの助言』

 地下鉄大須観音駅3番を出て伏見通から大須通りへ出る。庶民の育てる菊の花が、こじんまりときれいに咲いている。

 大須通りはイチョウ並木でほとんどの葉っぱが落ちてしまっている。歩いていくと、まだ葉っぱを蓄えたイチョウの木もある。近づいてみると枯葉には緑色がかすかに残っている。その様子は金山で見たイチョウの木と似ている。人工の押し葉があるように、不自然な都会の中で起こった自然のなせるいたずらのように見える。

 右手前方にはクスノキの濃い緑がある。
 白山神社の境内で、
「樹木をたいせつに」という標語が書かれた白い棒が立っている。ついでに「名古屋市長」とも書いてあるのは愛嬌だろう。

 肝心の神社の縁起は見当たらない。縁起がわからないので参拝せずに引き返してきた。あとで調べたら鎌倉時代からある由緒ある神社のようである。(御祭神は菊理媛大神と大山昨大神という「参照あらいのじかん」)

 堀川を渡って行くと壮大ともいえる瀟洒な建物があった。教会である。仰ぐようにして外壁の文字を見ると、聖グロリアス教会とある。こじんまりとした白山神社とは対照的である。聖グロリアス教会はずいぶんとお金がかかっている。見るからに豪華である。オーストラリアにはこんな教会が街のあちこちにあった。
 日本は西欧文化と張り合って大きな神社を建てるより、都会の中に大きな自然の森を作るほうがよいと思う。維持管理その他を含め安上がりだし、日本的な神聖な雰囲気を味わえる。小さな神社に大きな自然の森。新たな都会的なかつ健全な宗教心を育むことになるだろう。
 
 かっぱ寿司で食事をした。ここへ来たのは半分は優待券を使うためである。回転寿司に来ると、親父と年末や正月に一緒に食事をしたことが頭の片隅に浮かんでくる。いまだになぜ親父があんな死に方をしなければならなかったのか、などと考えてしまう。思い出して考えれば毎回同じ結論に達する。あれが一番良かったのだろうと。自分はやるべきことをやったし、苦しんだとはいえ死んだことは、悲しいかな運命と寿命とカルマということになって、いまなお生きていた場合と現にあの世で親父なりに暮らしている状況を比較したとき、どちらが良いのか。あの世へ旅立つに際して親父が苦しみを引き受けなければならなかったことは受け入れがたいこととはいえ、まことにいたし方のないことなのである。

 食事を終え、白山神社の裏手から伏見通りへ出て大須観音へ行く。伏見通りの真ん中はクスノキがまっすぐ北、伏見方面へ並んでいる。寒風吹きすさび歩道橋へ上がる人はいないので、歩道橋に立てば、一人都会のオアシス的な景観を堪能できる。

 大須観音の境内では市が出ていてもう片づけを始める業者もいた。古びたありふれたようなミニチュアウイスキーの空ビンが300円とかで売っているので驚いた。こういうものは見ないに限る。骨董に似たところがある。

 大須観音の屋根は日の光を受けて黄金色に輝いている。ささやかながらの荘厳な眺めである。
 参拝して、「万物の幸福と幸運と平和」を祈り、ゴマ木に先祖の「幸福と平和」を祈願し、ロウソクを立て、最後におみくじを引いた。

 箱の入り口を見ると、13番が二つくらい見えたので、いつものように何も見ずに下から引くのではなく、その13番を取った。小吉だった。いつもと同じようにしなかったからか、内容はロクなのがない。いささかながらの後悔である。しかしあとになってよく考えると悪いことはひとつもなかった。しかしそのときは良くないかと思って、
「万松寺へ行ってまたおみくじを引こう」と決めた。

 途中さのやで豆腐とにんにくを買った。昔のような安売り店ではなくなっていた。ここは以前高校の先生をしていたとき帰りによく寄った。当時と同様相変わらず人でにぎわっている。安い品もあるのであろう。
 さっさとおみくじを引きに行く。
「観音様のあとは不動明王様」悪くない。
 万松寺は相変わらず工事中で、道路に面した、まるで立ち食い蕎麦屋みたいで、それよりも狭いところでいろいろ売っている。箱を振っておみくじ棒を出した。
 ところが引くと70番で凶である。ショックである。先の大須観音より悪い。

 そういえばこの前もここ万松寺で同じ70番で凶だった。よほど70番に縁があるのだ。本堂でお参りをした。どうもぴんとこない感じだ。こういうものはどう解釈したらよいのだろう。ロクなことが書いてない。

 家に帰って凶のおみくじをよく見る。職業は自分の好きなことなら良い。わたしは自分の好きなことをしているので「良い」のである。旅立ちは障害はない。じゃあ旅行は「悪くない」のである。
 物は考えようである。
 ほかにも「良い」と取れることはある。なんだか支離滅裂である。あるいは巴の一部を見るようである。文面に惑わされてはだめである。かといって御神言むげにすることも控えるべきである。
 大吉などのおみくじで一見すべてが「良い」と受け取れ、人をして、図に乗って舞い上がったりさせるような文面と比べ、この凶は高度に知的で示唆に富んでいる。そう思わせる装置といえないこともない。

 一目見て、
「ロクなことが」と思ってしまうのは軽率である。
 大学の先生をするようになって何かと時間がなくなった。折に触れて思うことである。時間がないのは年を取ったせいもあるかもしれない。年を取るほど生きるためにやることが増える。とにかくゆっくり考える時間があまりなくなった。

 おみくじの最後にはこうある。何事もよくよく考えて実行しなければならないと。

posted by superbird at 18:31Comment(0)散歩

『大須観音もある大須へ行く』(161228)

 地下鉄大須観音駅3番を出て間もなく、
 庶民の育てる菊の花が、きれいに咲いている。


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 向こう側が上前津。
 イチョウはほとんど枯れ木になっている。
 この一本は異彩を放っている。

 有り体に言ってこの辺り機械的な世界である。
 歩いて来て振り返って見たところ。

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足元に庶民の菊の花が咲き

銀杏並木は資本の世界



 並木道から少し薄暗い中へ入ると、
 小さな神社がひっそりと取り残されたようにたたずんでいる。

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 白山神社。縁起が見当たらなかった。しかし後で調べたら少なくとも鎌倉時代からの由緒ある神社のようである。(参照したサイト:あらいのじかん


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posted by superbird at 19:09Comment(0)散歩

『花が気になる朝の散歩』(161227)

 きょうもあえてきのうの花を見て行く。
 きのうと同じ道へ行く。

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 ロウバイに似ているけどちがうのが咲いていた。
 名前は忘れた花。
 毎年見る花。

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春の花しきみ咲くかな年の暮れ




注:樒の花期は3~4月という。
posted by superbird at 00:28Comment(0)散歩

『きょうは年賀状を出した』(161227)


 ことしは年賀状の制作上、
 くじつき年賀はがきを使えなかった。
 
 切手を買いにきのう名東郵便局へ夜行ったら、
 すべて売り切れといわれた。

 ショックである。

 けさ近所の郵便局へ行ったら、
「こういうのもありますけど、どうされますか?」
 どれもこれもあるようだった。
「こんなのがあるんですね!」

 くじつきの年賀用の切手だ。運がよかった。


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 せっせと切手を貼り、文面も多少いじるものはいじった。

 これでよりいっそう礼儀を失することなく、
 受け取った人にも喜んでもらえることだろう、
 などと思いながら。


 年賀状を出してきて、散歩。

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posted by superbird at 18:26Comment(0)暮らし

『朝の散歩』(161226)

 ロウバイの花。まだ種の残っている枝に咲いている。こういうのははじめて。

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蠟梅の無数の種に驚けば

花もありけりすでに春かな



 こっちではもう梅のつぼみが膨らんでいる。

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posted by superbird at 18:57Comment(0)散歩

『日が暮れて人を避けてく夜の道』(161225)

 社会は命を粗末にすることで、
 維持発展しようと日々もがいている。

 人間は知らず知らず、その行動が、
 命を粗末にする社会のままとなっている。


日が暮れて人を避けてく夜の道

闇の枯れ木は命はぐくみ



修行して観音菩薩の慈悲の道

地獄で開く光明やすらぎの道



posted by superbird at 21:17Comment(0)暮らし

『御嶽山を見て行く』(161225)

 WIN7のHDD交換後、イメージファイルを読み込ませようとすると、(HDDに)アクセス出来ないと言ってくるのでお手上げ。

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 もう夕方になる外出。

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posted by superbird at 19:20Comment(0)暮らし

『年賀状』(161225) 

 11月に描いた富士山の絵から年賀状作成。

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注:住所とかを切り取ったので、実際の年賀状とは少しサイズが違うし、よって見栄えも多少異なる。左に若干と下にもう少し絵があるのである。
posted by superbird at 18:45Comment(0)暮らし

『外出』(161224)

 御嶽山は雪が舞い上がっているようだった。

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 人がいなくなった近所の公園で、軽くジョギング。
 軽く鍛えて休憩。

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posted by superbird at 17:39Comment(0)暮らし