『しばしくつろぐ』(170131)

 きょうの道路はまたすさまじかった。あちこちパトカーもよく目についた。車の暴走が巷でふつうのことになっている。事故車にも出会った。

 過去にもたまには、こういうこと、あったかな。ショートカットで生活道路を暴走していく車が、たまにあるんだな。いまの世の中。

 ネットカフェに入ってきょうは運よく人が近くの席にいなかったので、外とは別世界である。


ネットカフェ新聞雑誌を前にして

セイロンティーで一休みかな


posted by superbird at 18:54Comment(0)暮らし

『日没後の西の空』(170130)

 買い物を終えて行けばすでに日没。西の空にはきれいな三日月が姿を見せて、しばしながめていれば、明るい星も一つ、金星の輝き。 

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夜が来て月が昇れば星も見え

しばしたたずむ道が在りけり





注:宵の明星。月齢2.1の三日月。
posted by superbird at 18:49Comment(0)自然

『昼になった朝の散歩』(170129)

 きょうは暖かい。よって当然のように公園は人が多い。よって人を避けて歩いていく。人に会わないというより合わずに歩いていく。

 外の世界は知らない人だらけである。そんな人との無差別なふれあいは息苦しいものである。もちろん人間はそのように進化してきたのではないから当然だ。そんな都会を形成する人間社会はどこか狂っているのである。もちろんみんな知っていることだ。命よりもお金儲けを優先するからだけれどと。

 たとえば人口が少ないといって出生率を上げようとやっきになる日本政府はやはりどこか狂っている。そのあらわれである。

 日本の出生数は2016年初の100万人割れといわれて騒いでいる。しかし人が平和に暮らすにはこの国にはまだまだ人が多いというべきであろう。人口が減るのは自然の摂理である。

 たとえばフランスは出生数76万人。日本より少ないけれど、文句は言わない。しかも国土面積はフランスが日本の1.6倍くらいある。広い土地に76万人。狭い土地に100万人。しかも日本は山が多く平地が少ない。人の住める面積は少ないのだ。

 日本の人口はもっと少なくてもよいだろう。

 ありふれた垣根の花を見てゆく。

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そこここに隠れて生きて山茶花は

心優しき美しさかな




posted by superbird at 19:34Comment(0)散歩

『朝の散歩』(170128)

 土曜は人が多すぎる。散歩してリラックスできないのは都会人の宿命か。一人水鳥をながめる。

 名古屋の人口流入は古くから住んでいる人たちにとっては決してうれしいものではない。トランプさんが移民を制限し、イギリスがEUを離脱する。世界の中での潮が良く理解できる。よそから来た人たちというのは、一般論でいえば、自分勝手にわが新天地と、騒々しく古くからの人と土地がはぐくんできた伝統のある土地を無知のままひっかきまわす。

 さて名古屋を見れば、さっこん騒々しく野蛮な土地になった。人口の減少する地方都市は、一般論でいえば、干渉されなければ平和主義者の楽園ではなかろうか。


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大鷭おおばんや無心で描く波紋かな



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posted by superbird at 15:24Comment(0)散歩

『きょうも日進へ行く』(170127)

 大寒ともなれば名古屋の公園も人が少なくなって過ごしやすい。でもやはりきょうも日進の田舎道を歩きに出かけていく。

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 きょう横綱の土俵入りが明治神宮であった。横綱になったらしい稀勢の里の奉納土俵入りである。時折手がだめであった。

 あちこちで人間の形無しというさっこんの社会の風潮がここにも出ているのだった。



大鷭おおばんや人を離れて泳ぐかな


posted by superbird at 19:34Comment(0)暮らし

『昼過ぎになった朝の散歩』(170126)

 鳩たちは歩いて近づいていっても食事に夢中である。

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鳩たちは人を気にせずメタセコイヤの

微笑む庭の客人となり



 一般人にはやはり寒さがこたえるのだ。公園にいるのはぽつりぽつり、子供連れで遊ぶ人か年配の男の一人歩きだった。ただメタセコイヤから離れたところ、かなり年のいった男性が、四十くらいの女性とバトミントンをしていた。かなりの時間、少なくとも三十分くらいはやっていたかな。ここは暖かそうだった。

 さっこんいろいろなカップルがいるのである。 

 帰りに見た御嶽山は雪がかなり増えていた。

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posted by superbird at 20:06Comment(0)自然

『金山から歩いて白金のネットカフェへ行く』(170125)

 金山にはまだ花ミズキの葉っぱが残っていた。

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 堀川沿いにDINOS cafeっていう店がある。

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堀川の水鳥たちはさまざまな

図形を描いて泳ぎ楽しみ





注:あの鳥たちはさいきん名古屋の池や中日新聞の写真など、あちこちで見るオオバンである。

posted by superbird at 22:51Comment(0)散歩

『夜の道海鮮散らし日本酒を買って家路に幸せがあり』(170124)

 きょうはイオンに行って海鮮散らし寿司と日本酒を買ってきた。日本酒は京都伏見の水を使った月桂冠の月という日本酒だ。安物かもしれないけれど、高級なのだ。なぜなら酸味料とか変な添加物を使っていないからなのだ。

 120mL飲むつもりである。



後期終え一日遅れの祝い酒



posted by superbird at 22:21Comment(0)仕事

『日差しの残っているうちに外出』(170124)

 食事を作って、その間にネットを少しだけ見て、そして食べて、あっというまに時間がなくなるのだ。仕事がなくても、日々の暮らしの中で、時間はやはり「光陰矢の如し」の一部である。

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(注)「光陰矢の如し」とは、「矢のように月日は過ぎ去る。だから目を覚ませ。ただいまを無駄にしないように」という意味である。
posted by superbird at 22:15Comment(0)暮らし

『昼になった朝の散歩』(170124)

 きょうはうす曇り。

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 ときどき弱い日差しがさして、近所のグラウンドで横になって日向ぼっこをした。

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 人がまったく通らないのも幸せである。

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大寒の薄日またたく散歩道

枯れ木の鳥は天にたたずみ







注:短歌の中の「瞬(またた)く」は古語で「やっと生き長らえている」という意味である。
posted by superbird at 21:43Comment(0)散歩

『きょうで後期の授業はすべて終わった』(170123)

 仕事帰りに日本酒でも買っていこうと思ったけれど、もう店も閉まっていたし、遠くの西友とかイオンまで行く体力もないので、けっきょく何も買わずに帰ってきた。

 学校へ行くとき途中のスーパーで買った鰯を塩焼きにし(意外に脂が乗っていたのだ)、家にあった牡蠣と豚肉の塩漬けで煮物を作ってすまそうと思う。

後期終え皆に感謝の食事かな



posted by superbird at 22:43Comment(0)仕事

『昼間から風呂に入る』(170121)

 きのうの夜中から体調が悪くなった。不可解な寒気であった。さいきん重い風邪をひいてなかったので、油断したのかもしれない。



亡き父を思えば昔を思い出し



posted by superbird at 19:14Comment(0)暮らし