『与謝蕪村の住んでいた家の跡地』(170228)

 今月の12日、来たときにはうまく見つけられなかった蕪村の「邸宅跡・終焉の地」という、いわゆる観光地的遺跡のようなところを見つけた。たしかに仏光寺通りであった。
 四条烏丸駅、仏光寺方面出口から西出口を出て、すぐだった。
「あ、あった」といささか気抜けするくらいにそこにあった。

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 ここはかつて、与謝蕪村が住んだころ、路地の突き当たりの地蔵尊の前に立つ家であった。ここで国宝の「夜色楼台図」を描いたとされる。

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 この景色は、四条河原町のその先方、祇園とその背景の山並をながめての風景だとされている。

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 縁起を見ると、「閑静の空き家あり」(蕪村幻の日記)と記されている。
 いまは閑静とはいいがたい日本の都会のどこにでもあるような、騒音のなかの細い道で、歩けば、車が一台、また一台、ひっきりなしにかろうじて人をかわしていくような狭い道である。

 大通りに出て、いましがた過去に思いをはせた路地を振り返る。「LONDON」というパン屋さんの角を入ったところである。

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 ついさっきまでこの「LONDON」の店先で英国人老夫婦らしきふたりが店に入るかどうかみたいに英国的イングリッシュで中をうかがっていたけれど、結局この左手にあるコンビニに入っていった。

 河原町のほうへ仏光寺通りを少しばかり歩くと、人と車の共存とはいうものの、うんざりしてくるといってもいい。しかしながら、仏光寺通りも東のはしにさしかかると、様相がかわってくる。

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隅々に残る寒さや梅の花
蕪村


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 京都大神宮という神社の境内には梅の花が咲き始めていた。梅の種類によって開花時期にかなりの差があるのだ。


posted by superbird at 23:26Comment(0)

『二月は二回目の京都』(170228)

 新学期が始まってしまうとおいそれと京都も来れないので月二回になるけれど、また京都に行くことにした。

 15時11分の新幹線、ひかり。

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 恥ずかしながら「ひかり」と「のぞみ」の車体の区別がつかない。

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 新幹線はすいていた。平日、この時間は楽である。いつも右側の列の窓側だけれど、今回左側窓側にすいていたので楽に座れた。

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 およそ名古屋から37分か38分くらいである。30分余りとはいうけれど、40分近くというほうがより正確ということもできる。

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posted by superbird at 22:57Comment(0)

『きょうの空』(170226)

 きょうは意外に湿度が高いのかもしれない。空がもやっている。

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空を見て家を忘れて世を離れ


posted by superbird at 20:36Comment(0)自然

『これは小説です「生きている麹菌」』(170226)

(初出時「推敲する予定あり」だったもの)


(注:3月14日に推敲した作品を載せました)


生きている麹菌



 仲間内で催された日本酒のイベントで、日本酒を飲んだ客が全員死亡した。その場で生き残ったのはわずか一人。イベントを主催したマネージャー氏だけだった。
 警察は任意の事情聴取と称して、マネージャー氏の身柄を拘束、証拠隠滅を避けるためマネージャー氏は留置所入りとなった。
 おまわりさんは言った。
「この端麗純米大吟醸酒を客にふるまったのはあなただけだ。毒をもったのはどういうわけか白状してはどうか。いつどんな毒を混ぜたんだ」
 マネージャー氏は言った。
「わたしはなにもしていません」
 おまわりさんは言った。
「状況を見たらどうだ。あなたと客がいて、日本酒を飲まなかったあなた以外みんな死んでしまったのだぞ」
「おまわりさん、わたしは酒をふるまっただけですよ。残った日本酒は調べたんですか、毒があるかどうか」
「調べた。毒はない。さあ白状したまえ!」
 人を人とも思わない取調べが強行された。
 マネージャー氏は疲れ果てて言った。
「黙秘権を使います」

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posted by superbird at 19:54Comment(0)小説

『それぞれが別々の方向へ泳いでいくきょうの水鳥たち』(170225)

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水鳥や泳ぎ工夫も無になりて


 日経新聞を読むと、第一面に「崖っぷちは好機」という記事があった。記事の結論は、「自分本位で働き、成果を生む」ことがこの日本社会に好循環をもたらすという趣旨である。
 それができたらバラ色の社会である。しかしながらそうなっていないので「崖っぷちは好機」という記事がでてくるのだ。

 これ、「自分本位で働き、成果を生む」ことは今の若い人たち、特に30~40代の人たちが夢見ることであり、彼らの立場を正当化するような傾向を表した言葉である。これはというのは、さっこんの日本社会の現実問題として、「自分本位で働き、成果を生む」ことができていないから、好循環を生み出すことができないで、社会や組織がきているからである。すなわち、たとえば「自分本位で働き」は、彼らの得意とすることである。そして現実は、「周りに迷惑をかけ」「周りの足を引っ張る」。組織では、「優秀な人間をつぶしにかかる」
 だから、わたしの身近でも昨年まではよくあったけれど、ワンマンプレイが目立つようになる。「自分本位」は「他人の成果を奪う」ということも許されるかのような風潮が所々で見られるのは世界に目を向けても同じである。ごく短期ではともかく、長い目で見ればいっそう、利益を求める組織なら、「成果を生むことができない」ことになることはよく想像される。

「自分本位で働き、成果を生む」ことを夢見るのはいいけれど、幼稚な議論だけれど、個人的には「周りの足を引っ張ることのないように」という趣旨の一文も記事の中に付け加えてほしかった。

 こうしたことを思うのは、おそらく「自分本位」という言葉は「他人に迷惑をかけてもよい」という昨今の風潮と重なり、きっと少なくともわたしにとっては、春休みになった日々の暮らしの中でもいい印象がないからでもある。

posted by superbird at 19:15Comment(0)鳥たち

『地上の鳥は人間と同じ地面を歩くのである』(170224)

 同じ地面を歩いている鳥たち。

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「またいた」
 おとつい(22日水曜に)見かけた名前の知らない鳥。

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 こういうのはこのあたりではめったに見かけない鳥である。

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 散歩できょうはよく日に当たった。
 確定申告の用紙をきょう出しに行くつもりだった。
 散歩が終わると、速攻で食事を作って食べた。

 きのう、送られてきた封筒を開けると、中に第1表と第2表しかなかった。仕方なしにPDFにして第3表以下、計6枚、きょうコンビニで印刷してそのまま区役所まで突っ走って行って出してきた。
 あとからおばさんが来て、なにやら相談しようとしたら、係りの人は、
「1時で締め切り」と言っていた。「27日もまだやってますから」

 1時。今年はずいぶん早く終わるようになったな。わたしはもう家で書いてきて出すだけなので、十二分にOKだったのだな。

 これで大きな仕事を一つ終えた。

 きょうはよく日が当たるので、はだしになって体操をした。

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posted by superbird at 02:52Comment(0)暮らし

『日々のお勤めの前』(170223)

 体操をしているとオオバン一羽がやってきた。

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 体操が終わってそろそろ帰ろうか、と思ってのんびり見ていると、急に無数の鳥たちがやってきた。

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posted by superbird at 02:21Comment(0)暮らし

『きょうも出かけて思ったこと』(170223)

 日常的にかつては見られた植物たちが、いまではのきなみ絶滅危惧種になっている。
 人間は樹木だろうと雑草だろうと植物たちに守られていることを忘れてしまった。
 人間を守ってくれていた植物たちを絶滅に追いやる社会がどうして健康でいられるだろう。

 医療費の増加を嘆くなら、まずは植物たちに感謝の祈りをささげ、もう雑草でさえもむやみに切らないことである。



人混みは人間社会のカルマかな

病魔と闘う人また人は


posted by superbird at 23:19Comment(0)暮らし

『朝は雨が降ったようだ』(170223)

 団地のエレベーターホールは雨というよりも水蒸気が凝縮した水分でびしょぬれだった。非常の扉が閉まっていて、開かなかった。各階、二階の一つだけを除いて。昼になっても誰もなおす人がいないのかな。

 単身向けの引越しサービスの車が来ていた。昼ごろ来ていて、まだ夕方5時前にも仕事をしていた。いっかなはかどらない様子だった。仕事をしているのはたった一人だった。単身向けとはいえ引越しを一人でやるのか。

 自分もいそがしい。二晩夜寝る前に、確定申告の用紙をほぼ完成させた。素人にはできないことだけれど年をとって経験があるので、何とか損をしないでできるようになった。若い人たちはきっと損をするだろうと思う。

 また今年から確定申告にはマイナンバーと免許証などの証明書のコピーがいるので、それをまずとりにいって、次には銀行へ家賃も払いにいく。

 銀行の駐輪場は鎖が降りていて入れない寸法になっていた。まだATMで利用する人はたくさんいるのに、どこへ駐輪したらよいのか。鎖をかすめるようにして中へ入り狭い傾斜の地に自転車を止め、お金を入れ、帰る段になると、向かいから歩道を歩いてきた三人の男の人が、まったく譲るそぶりもなく、こっちへくる。そんなに広くもない三人くらいしか歩けない歩道をまったく譲るそぶりも見せずに歩いてくるのだ。ぶつかるぞ。

 渋谷の交差点じゃあるまいし、ここは歩行者の一方通行ではないのだ。逆方向から人が来たら少しは道を開けるべきではないか。
 しかし振り返って彼らを見ながら思い出せば、もうまったく仕事で疲れ果てて呆然としているようなサラリーマンである。

 彼らはいわゆる西欧人の言う、
「日本人は生きていないね」に当てはまる状態である。


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 団地では犬を飼ってはいけないルールになっているけれど、地域で役につくような人がそれを守らず、結果的にルールはないようになってしまっている。

 こうしたことに目を向けないようにして黙って楽しく暮らすことは、それはそれで楽しくもあるけれど、結果的に、いつしか日本の土台が崩れ去ってしまった感もある。

posted by superbird at 19:27Comment(0)暮らし

『鳥たちは地上で日々のお勤めを』(170222)

 よく見ると知らない鳥。

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 これはヒヨドリであろう。飛び去っていく鳩たちとヒヨドリ。あと(2月25日)で調べたら「つぐみ」だった。

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 これはセキレイであろう。

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 セキレイは夏も冬も、どうやら四季を通じて地上を日々の暮らしの糧を得る場所にしている。きっと地上暮らしの達人である。



地の鳥や日々の暮らしの虫探し

敵を見ながら跳ねて行くなり



posted by superbird at 23:09Comment(0)鳥たち

『地上で暮らす時間が長いこのごろの鳥』(170221)

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 牧野ヶ池緑地公園へ寄ったら、梅(まだたくさん花がついている)や蠟梅の木が見事無残に切られていた。公園の巡回とか管理をしている、いわゆる愛知県の下請けみたいな人たちのやっていることだ。涙が出てきた。何を目的にこんな野蛮なことをするのかと思う。彼らは以前もアベリアを「来年も芽がでてきますから」と根っこの生え際からごっそり切って取り除いていた。

 まあ素人のやっていることである。緑地公園なんだから、できるだけ人の手を加えないのが、訪れた人の安らぎになるのだ。

「自然のままにしておけ」

 愛知県の公園は公園緑化のために一人当たり納税者500円を低所得者でも関係なく全員から一律徴収して、結局お金が余っているのだ。やらなくてよいこと(いらぬ雇用のためだと思う)にたくさんお金をかけて、緑を減らすことばかりしているのだ。

 自分たちの税金が緑を減らすことに使われていることには、畑正憲さんの言葉では、
「ぞっとしますね」ということだ。

 わたしは涙が出たし、考えると腹が立つ。実際はもう何年も前からこうしたことは目に余っていたのだ。しかしそれがまた最近いっそうひどくなったわけだ。





注:愛知県のHPから引用すると、
「県内の森林、里山林、都市の緑を整備、保全する「あいち森と緑づくり事業」を、平成21年度からの10年計画で実施しています。
 この事業の財源である「あいち森と緑づくり税」の当面の課税期間は、平成25年度までの5年間としておりましたが、県内の森や緑の状況や事業に対する意見、要望などを踏まえ、計画どおり後半5年間も事業を継続することとし、あいち森と緑づくり税の課税期間を平成30年度まで5年間延長することとなりました。」

注:畑さんの言葉は、むかしシーナ(椎名誠)さんとの対談で、都会の公園に話が及んだときに出てきたもので、もちろんシーナさんも畑さんに同意、さらにシーナさんは、「公園に児童のための遊具なんか必要ない、誰が喜んで遊ぶんですかね。子供は自然の木に登ったりするときのほうが目が輝いてますよ」と言う意味のことをおっしゃっていた。

 こうした指摘は未来をも予見するもので、今現在、愛知県の牧野ヶ池緑地公園においては、深刻さを増す問題事例になっている。
posted by superbird at 19:29Comment(0)暮らし