『葛の花の甘い香りに足をとめ』(170831)

 さいきん気づいたのは、日ごろ仕事のときは通勤電車とかで人ごみに辟易としているので、いま休みのときなどはとにかく「人とかかわりたくない」という心理状態になっているのであろうと。
 高校教師時代は生徒とのやり取りに疲れていたけれど、大学の教員になってからは、通勤地獄が大きいのだ。

 夏休みもだいぶ過ぎてようやく疲れが取れてきたのだ。

170831sora0.jpg


 きょうも日進へ行く。

170831sora.jpg


 人間とはかかわらないように日進へ行く。いつもとちがう道である。

170831kudunohana.jpg



葛の花香り楽しむ余裕かな


posted by superbird at 19:59Comment(0)暮らし

『公園の管理人達を見張る番人が必要である』(170830)

 きょう気づいたのは、たまたまかもしれないけれど、どうやらみんな税金の使われ方とかに無頓着なのだと分かった。自分の暮らしはまるで税金だらけといったありさまだけど、周りの人間に対するのと同じように「われ関せず」みたいなのだ。税金は高いということはいうかもしれない。市民県民がちゃんと納税者意識を持っていないのだな。

 きょう牧野ヶ池緑地公園で、ナンキンハゼの木が大量に伐採されて先日のむくげの木が捨てられたところにまた捨てられに来ていた。

1708301352nankinhaze.jpg


「この木はどこから伐ってきたんですか?」
「ゴルフ場の入り口ですよ」
「ゴルフ場の入り口ってどこの入り口ですか?」
「ゴルフ場ですよ。ゴルフ場の入り口って知らないんですか。ゴルフ場ですよ」
 わたしはいくつかある入口のどこなのか、その場所がよくわからなかったけれど、目星をつけて、説明していうと、
「そこですよ」
 ゴルフ場の管理している木々はきれいに剪定してあるばかりの半ば庭みたいなところである。
「あそこにナンキンハゼの木があったんですか。どうして伐ったんですか?」
「交通の邪魔になっているからです」
「ああ、そうですか」
「そうですよ」
 わたしは気になったのでついでに先日のむくげの話をしたら、
「風で倒れたので伐ったんですよ」という。
「風で倒れたんですか?」
「そうです。写真も撮ってありますよ」
「そうですか」
「管理事務所にありますから」
「ほお」

 27日である。そんな強い風が吹いただろうか。それ以前に突風みたいな風が吹いたことはあった。そのときは倒れなかった。なのに27日の穏やかな日に突然倒れるだろうか。毎日のようにわたしは日進へ行くとき、その木を見ているのだが。

 怪しい話であった。管理事務所に電話して聞くと、
「ナンキンハゼの話は聞いてないです」という。
 その後現場の男の人が伐った理由(交通の邪魔になっているという話)を言うと、
「そういうことはその都度やっています」という。
 しかしその場所についてわたしの知っていたこと、
「あそこはわたしの知るかぎり」とゴルフ場がきれいに木々を庭木のように剪定している話をし、「あそこってそんな交通の邪魔になるような大きなナンキンハゼの木、ありました?」
「わたしもないと思います…」と歯切れが悪い。「ナンキンハゼの件は…確認しておきます」
 わたしはついでに先日のむくげが伐られていた話をした。
 すると、
「風で倒れたので伐りました」という。
 ほお。
「風で倒れたんですか?道路にはみ出しているわけでもないし、あんなにたくさん花が咲いているのに伐っちゃったんですか?」
「伐らさせてもらいました」
 こちらは、風で倒れたという話を現場のあの人から聞いたという話は今していないのに。

 管理する人たちは、なぜ伐ったのかと聞かれれば、風で倒れたといえばいいというマニュアルになっているんじゃないだろうね。あるいはあれは枯れたのでと。

 というのは最後に電話で昨年のアベリアを伐ったのも今回の人と同じ人ですけどという話をして、同じ人が生え際からたくさんアベリアを伐ったことを言うと、
「あれは枯れていたからです」としゃあしゃあと言ってのけたからである。
「わたしは見ていましたけど、枯れていませんでした!」とはっきり言ってやった。

 こういうことがあると気分がすぐれないといえる。しかし日々の暮らしは第一なので、卵を買いに行った。ついでにえのきも買った。あとナツメをつけるアルコールも買った。意外にたくさん買った。
 初物というリンゴも一個138円(税抜き)で思わず買った。

 それから、わざわざ坂を上って公園のむくげの木の生え際を見に行った。木を押したり引いたりしてみた。倒れた気配はないし、伐ったのは二本である。二本倒れたというのか?(まさか!)27日28日とわたしがここを通ったときは倒れてなかったのだし。自分だけでは不安である。通りがかりの人に確認するしかない。いつも散歩する人ならきっと知っているに違いない。
「すみません」
 無視。まるで聞こえないのだ。そのお年より。耳を見ると、イヤホンじゃなくて補聴器をつけている。きっと聞こえているけれど、聞こえなくていいと思っているのだ。しょうがないな、こういう年寄りは。
 それから見渡すと、いつも見かける、犬の散歩のおばさんがいた。この人見るときはいつもあそこのベンチで犬の毛をすいているのだ。
 わたしは歩いていって笑顔でたずねた、
「すみません。あそこのむくげの木、赤い花がたくさんついているむくげの木なんですが、倒れたのを知っていますか?」
「さあ、知らないですね」
 はじめは無関心なのかと思ったけれど、そうじゃなくて、このおばさんが、
「倒れたのを知らない」ということは「倒れていない」ということである。

 わたしは最近県が木をやたら伐っているということと、先ほど電話で聞いた県の管理人の言い訳、
「木が倒れたから伐った」という不可解な話をしておいた。
「そうですか」とそのおばさん。

 世の中忙しいのだ。こういうことは、税金の無駄使いである。伐らなくてもよいことをしているのは明らかだ。もし市民県民から苦情があり、県(公園課)から公園内にある管理事務所へ問い合わせがあったら、もしかして、うその報告をしている。などと思ってしまったのだ。





 
posted by superbird at 18:02Comment(0)暮らし

『世の中はこんなものか』(170829)

 北朝鮮は弾道ミサイル1発を発射して北海道の襟裳岬上空を通過した。けさ午前6時12分ごろ襟裳岬の東約1180キロメートルの太平洋上に落下した。という。世界のどこを見回してもこんなことをする国はいないので、みんな世界はもっと早くからびっくりするべきである。北朝鮮はいつだって核を積んだミサイルを自国から世界へ向けて発射できるようにと着々なのだ。

170829sora.jpg


 きょうも日進へ行く。途中出会った車の走りは北朝鮮と似たところがあった。平気で人を殺してもいいような走りである。これがテロとして取り締まられないのは、お巡りさんはその危険運転に気づいていないからである。道路が無法地帯になったのは以前からだけれど、それがエスカレートするばかりなのは、世界が北朝鮮のやってきたことを(制裁とか対話とか騙されたとか何を言おうと結果的に)今まで容認してきたことと似ているのだ。

 個人的には交通事故にならないように日々祈りながら、周りの世界に気を配って暮らすしかない。日進では名古屋ではお目にかかれないようなナンキンハゼの木があった。鳥たちがたくさん来ているのはなぜかな。

170829nissinnankinhaze.jpg




posted by superbird at 19:31Comment(0)暮らし

『日進へ行こうと思う』(170828)

 きょうもまた牧野ヶ池緑地公園を通って日進へ行く。むくげの木を伐ったのが大量に捨ててあった。

170828makinogaike4.jpg


 道行く人が文句を言わないのが不思議である。いや口を開かずとも、きっと心に寂しさを抱えて散歩を続けているのに違いない。

170828makinogaike3.jpg


 これは無残である。

170828makinogaike2.jpg


 どこから伐ってきたんだ?

 わたしが知っているのは、一ヶ所しかないけれど、あそこのむくげは伐る必要なんてないと思うのだ。牧野ヶ池緑地は広いのでどこかにあるのだろう。

170828makinogaike1.jpg


 日進へいくとき、池の端から公道へ出られる。

170828地図.JPG


 その出口のところのむくげが見事に伐られていた。

170828makinogaike5.jpg


 大きな伐り口が見える。

170828mukuge3.jpg


170828mukuge2.jpg


170828mukuge1.jpg



 こんなことはしなくてもよいのだ。わたしはそう思う。道路にはみ出すわけでもなし。自由に育てて見事な姿を辺りに誇るようにしてやればよいのだ。しかし世の中にはこういうこと(自由を抑圧すること)をしたがる人がいるのだ。利用者や、納税者が何も言わなければ、社会はこうなる。

 わたしは以前この辺りのアベリアが木の生え際から伐り取られたことを一度電話で文句を言って、県の人は
「見に行く」と言っていたけれど、わたしのようなものが一人文句を言っても、このようにほとんど世の中は変わらないと言ってよい。

170828makinogaike6.jpg


 何も考えず、自転車でいく。管理事務所には人っ子一人いなかった。お客さんの声なるものを投書するBOXもないし、県のHPも県民の声を聞くメールアドレスもない。

 やるせないとはいえ植物たちの声に耳を傾けることのできるわたしは苦しくともまだ幸せである。

 日進の畑の中で育つ何かの果樹の実。

170828nissinkajyu.jpg


人のいないおおらかな空気がいっぱいの

田んぼや畑のここちよさ


posted by superbird at 19:51Comment(0)暮らし

『きょうの空』(170827)

 なんとなく世の中はうまくいっているようである。北朝鮮(グアムへはミサイルを発射しなかったこと)といい、2017年度の「国民生活に関する世論調査」では、
「現在の生活にどの程度満足しているか」の質問に73.9%が「満足」と言っている。

 しかしよく詳細にそれらを見れば決して甘いものではないのであるが、一時しのぎという感じの「うまくいっているようである」的な様相である。

 それら一時しのぎなどをみな含めてまあ、
「うまくいっているようである」という感じかな。

170827gaishutunosora.jpg


170827gaishutusora.jpg


続きを読む

posted by superbird at 19:39Comment(0)暮らし

『きょうの空』(170826)

 今朝早くは雨が降って涼しかったけれど、日中がこんなに涼しくなったとは。

170826sanpokaerisora.jpg


 外出の空。

170826sanpokaerisora.jpg


 きょうも平針へ行くけれど、涼しいので名古屋市内を通っていく。きょうは土曜日である。いつもの土曜日とちがって人が少ないといえる。涼しいけれど人がいないのだ。きっとお盆休みの疲れが出たのだろう、などと勝手に解釈して自転車で行く。

 植田の農家の庭先で咲く花。

170826uedanoukanohana.jpg


 農家の庭先というのは、都会人の一戸建てと決定的にちがう。いかにも豊かな緑があって、道路にまであふれている。

170826uedanoukanohana2.jpg


 小さな公園では小学生が一人でサッカーをしていた。もし誰もいなかったらわたしはここでもう少し休憩するところだけれど、公園内をゆっくり散歩して、背筋を伸ばしたりなんかしてすぐに先を目指した。セミとかはいなかったな。ただ小さな子供向けのブランコが二つも新設されていた。さながら荒野の空き地である。

 きょうもパトカーを二台は見た。しかし車のマナーの悪さというか、ウインカーを出さないとか、人をなめたような運転とか、交通違反はいつもと同じで、お巡りさんの手にはおえていないというのが現実である。

 晩の買い物をすませ(今晩は真鱈の刺身とあさり生姜飯)、夜家の近くの公園まで戻ってきて、休憩していると、もう遅いのに公園内をパトカーみたいのが通って行ったりして、なんとなくなのか、
「きょうは外出しないで家にいた人たちは正解だな」と思った。

 自分はこうして一人誰もいないところでゆっくりするのが一番である。
posted by superbird at 20:15Comment(0)暮らし

『きょうも暑いようだな』(170825)

 人間は夏の暑さと冬の寒さを生き抜くことが大きな仕事のひとつである。

外出の空
170825sora.jpg


 人間は群れの中で生きるというけれど現代ではひとりがいちばんの平和である。

きょうも日進へとやってきた
170825nissinsora1.jpg


 お巡りさんは群れの安全を維持するといいながら地獄で働いている。

きのうのことを思い出すと不愉快である170825nissinsora.jpg


 天国と地獄があるなら天国は群れの中にあるとも言える。天国も地獄もないのが一番の平和である。

posted by superbird at 19:42Comment(0)暮らし

『虫というのは一度決めたことはいつまでも終わらないのだろう』(170824)

 きょう昼ごろの散歩で、カメムシじゃないんだろうけど、カメムシに似た虫が、木の幹から樹液を吸い取ろうと、盛んに小刻みに口の針を刺そうとしていた。

 目を近づけると、口の針は細かく振動していつまでも刺さらないでいた。それでもあきらめないでさすところを探っているようだった。ずうっとやっている。口先だけが振動するように動いて足はぴくともしない。人が近くに来ても気にならないのだ。真剣である。怖いものである。

 虫にはその見えているものが、自然の樹木ではなく、金属でできた柱であることは気づいていないのだろう。哀れでもある。

170824musinoshokuji.jpg


 そういえばきのうは無灯火で走って来るパトカーと名東区の裏道ですれ違った。危ない。きょうは日進の田んぼ道で天白のパトカーが来て、職務質問、手荷物検査、自転車の検査などをされた。

 昨今道路は危険がいっぱいだ。十分に分かる。パトカーが増えたな最近。わたしなんかよりもっと重大な犯罪者っぽい人間は五万と見て取れる、などと思いながら名東区の帰り道には道路の真ん中で車の事故が起きていた。

 若い女性のお巡りさんの甲高い声、たくさんのおまわりさんがあわくって交通整理をしていた。

 人間の社会は虫の世界と似ているといっていい。

『日進へ行って平針で買い物』(170823)

 日進の空。

170823nissinsora.jpg


170823nissinnsora2.jpg


 平針へ出てLAWSON100で野菜ジュースを買った。500mL108円。きのうも買った。これはコカコーラを沸騰させて水を減らして混ぜて飲むと、けっこう風邪にもいいのだ。(本当は野菜ジュースよりしょうががいいけれど)

 それからアピタへ寄ったら、なんと大きめの大根が98円だった。さっき小さなのがLAWSON100で108円だった。即買いだ。それから予定通り納豆も買った。これで買い物は終わりだ。

 休憩して名古屋へ戻る。きょうの晩ご飯のおかずは家にあるものですませられるだろう。買い物はもうしなくてもよい。


秋の虫緑の息吹につつまれて

田んぼの中のやすらぎのみち


posted by superbird at 23:39Comment(0)暮らし

『セミが気になる平和な散歩』(170823)

 散歩に出かけると目に付くのはセミの抜け殻である。きょうもひとつであった。

170823sanponukegara.jpg


 アブラゼミがけっこう鳴いていた。しかし帰り道はやはりつくつくほうしだった。
 やはり
「オーシツクツク、オーシツクツク、オーシツクツク」と鳴いている。そして、「ツクツクシオーシ、ツクツクシオーシ、ツクツクシオーシ」。

 その回数はきのうの個体とは違うのだった。いろいろ発見があるものだ。別の個体が鳴き始めると遠慮するのか、鳴きやんだりもする。

 人間は年をとるとだんだん眠れなくなる。考え事や心配事が増えるからだろう。わたしのような貧乏人はお金が増えることは心配事にならないものである。おそらく日本人の大半が同じだろう。いまの日本人で将来に不安がない人がいるだろうか。

 考え事や心配事は心の持ち方ひとつで突然指数関数的に増大し、人を飲み込んでしまう。いっぽうお金は指数関数的に増えることがないので安心である。


蝉が鳴き心澄ませば平和かな

蝉が気になるつくつくほうし


posted by superbird at 19:33Comment(0)散歩

『昼になった朝の散歩』(170822)

 つくつくほうしはあちこちで鳴いている。わたしを気にせず鳴いている。

「オーシツクツク、オーシツクツク、オーシツクツク」と繰り返しながらどんどん早くなっていく。もうこれ以上早くなれなくなると、「ツクツクシオーシ、ツクツクシオーシ、ツクツクシオーシ」と三回となえて終わる。

 散歩の帰り道。ちょっとのぞいてみたら、一匹飛んでいった。

 つくつくほうしは小さなせみだ。

 きょうは湿度がすごい。むしむしむしている。


あちこちでつくつくほうしが鳴く道は

湿気で白く霞むほどかな


posted by superbird at 18:30Comment(0)散歩

『やはり日進を通って帰る』(170821)

 きのうと同様、LAWSON100でパイナップルを買って食べた。いま風邪を引いていて、のどがかれていて、とても痛い。という状態なのだ。つばを飲み込むたびに痛い。寝ていたらすぐ治るけれど、夏の暑さなどで眠れないのが夏風邪の厄介だな。

 それにつけても人間社会のますますの不健康は相変わらずである。



日が沈み田んぼの中の涼しげな

秋の虫らの道を行くかな


posted by superbird at 23:15Comment(0)暮らし