『体内細菌の重要さは人も昆虫も同じである』(180131)

 クロカタゾウムシの体は針を通さないほどに硬く、鳥やトカゲなどの天敵に食べられることもないほどである。理由は、産業技術総合研究所によれば、体内に共生する細菌(ナルドネラ菌)の働きのためである。

 クロカタゾウムシの幼虫に抗生物質を与えてナルドネラ菌を減らすと、羽化した成虫は外骨格が柔らかくなってしまう。こうなると生存競争にも明らかに不利である。

 
 むやみと細菌類を毛嫌いし、むやみ医者を始め抗生物質を使い、庶民でさえさっこん洗剤などでも抗菌剤をうたった製品(P&Gなどの)を飛びつくように使い、ますます自然環境を破壊する薬漬けの暮らしを続ける人間たち。



ゾウムシは体内細菌と共生し

錐も通さぬ体なりけり



クロカタゾウムシ産業技術総合研photo1.jpg


『金儲け主義の企業の新製品はまず手を出さないことが平和というものである』(180131)



抗菌剤無差別テロが蔓延し



 さっこん抗菌剤を使った製品が満ち溢れている。やたら台所の、洗濯の、あちこちで抗菌剤入りの製品がある。しかもこれは使ったらなかなか取れないで残っているのである。わたしもうっかりP&Gの洗剤を買ってしまって使ったら辟易であった。いまだにそのときのにおいが下着とかに残っている。

 先日のホテルでもシーツに抗菌剤のにおいが残っていて、眠れなかった。今までシーツは無臭の洗濯したてという肌触りだったものが、まったくちがっていた。抗菌剤らしきにおいの強い部分に触れている皮膚が明らかにういてしまうような緊張と無気力の同居する異常事態を経験することになった。

 ホテルのフロントで聞くと、
「長期のお客さんが使ったあとの部屋は殺菌をしている」ということだった。
 
 消費者は健康的に生きるためには金儲け主義の大企業にだまされないようにしなけばならない。人間はいかにして生きているかを庶民は知るべきである。さっこん腸内細菌という言葉がはやりだけれど、人間は皮膚にも無数の細菌がいて、人という生物の細胞とともに生きている。もちろん彼らはわたしたちの健康に役立っているのだ。わたしたちが健康のためにと何億年もかけて培ってきたものたちといってもいいだろうし、人間という生き物が文化を持ち、食生活を確立してきた年月だけを見ても、健康的な食生活は彼ら細菌類を尊重するものであったと、わたしは思う。

 抗生物質を飲んだら病的な下痢は治るかもしれないけれど、健康的な体を取り戻すには再び健康的な腸内細菌を取り戻さなくてはならない。それと同じことが、皮膚、そして皮膚の外側でも生きている細菌類でも言えることは想像に難くない。

 抗菌剤入りの洗剤を使うことは本来の健康を放棄し慢性病を受け入れることである。抗菌剤の洗剤を毎日台所で使うことは健康を放棄し化学物質過敏症を受け入れることである。日々の暮らしで抗菌剤を使う社会は健康的な暮らしを放棄し、住民をアレルギー患者にすることである。アレルギー体質はいうまでもなくガン体質である。化学物質過敏症患者の原因物質の多くが柔軟剤の香料であるという事実からすれば、柔軟剤の香料も同じである。

 炭鉱のカナリアは毒ガス早期発見のための警報である。化学物質過敏症の患者が増えているこの社会はカナリヤの鳴き声を聞くべきである。カナリヤが鳴き止んで枝から落ちるときは、もうその他のすべての人間も同じと思ったほうがいい。

posted by superbird at 18:04Comment(0)暮らし

『鳥の種類も変わる』(180131)

 散歩帰り、ヒヨドリらしいのが地上から鳴きながら飛び上がってきた。

180131hiyodorisanpokaeri1.jpg


 ヒヨドリはこの頃珍しくなったので、少し見ていく。

180131hiyodorisanpokaeri2.jpg


 この頃よく見るようになった鳥。名前は忘れた。昨年初めて見た鳥である。

180131sanpokaeritori0.jpg


180131sanpokaeritori01.jpg


180131sanpokaeritori.jpg


posted by superbird at 17:58Comment(0)散歩

『きょうは雪である』(180130)

 きょうは旅の最終日で、どこへ行くか迷った。いつもそうだ。乙女峠へ行こうと思ったけれど、雪が積もっているので、はたして箱根の山を越えてバスは走っているのかな、などと心配し、須走浅間神社の向こうの富士山の参道のほうを歩こうかなと思った。

 結局乙女峠へ行くことにした。御殿場口へのバスは出ていないけれど、箱根のほうへ行くバスはしっかり出ていたのだ。

 えらい雪が降ってきた。それでも小田急の高速バスは平気でぐんぐん登っていってしまった。たいしたものである。

 乙女峠で降りる人なんて一人もいなかった。乗客はわたしを含めて三人だけだった。わたしは一人、ぽつねん雪の乙女峠に残された。予定通り山を少し登って、体操などをする。
 
 体操などをする前に、鐘があるので一つ突いた。それからお祈りをして体操開始。ホテル暮らしは運動不足なので、ラジオ体操をまずした。このごろよくやる。

 後で見たら一つは無病息災、二つ突くと恋愛成就、などと三つまで効験が書いてあったけれど、わたしのお祈りは無病息災も含んでいるので一つでよかった。雪がすごい。下の茶店の若い男の人が雪かきをしているけれど、まるで意味がなくて、すぐ真っ白になってしまう。



修行かな乙女峠で鐘一つ

気功で過ごす雪の中かな



 

続きを読む

posted by superbird at 00:18Comment(0)

『今回の旅は絵を二枚は描くな』(180129)

 きのうの夜描きはじめた御殿場口からの富士山。きょう描いた御殿場のインター近くのホテルからの富士山。二枚描いたのは、もちろん富士山がきょうきれいに見えたことが大きいけれど、紙を買いにダイソーに行ったらアクリル向けのCANVAS BOARD、F4サイズを売っていたのが大きい。喜んで買ってきた。

 発色もいい。今年の富士山は雪が少ないけれど、雪をたくさん描いた。



富士山の絵を描き二枚見くらべて

楽しむ旅の夜のひと時



 御殿場口からの富士山。今年はこれほど雪はない。

180129gotennbagutikarahujisan1.jpg


 ホテルからの富士山。こちらもこんなに雪はないけれど。まだ夜明け前。

180129gotennbahoterukarahujisan1.jpg


posted by superbird at 00:01Comment(0)

『御殿場の富士山は早朝がいい』(180129)

 昨夜、御殿場口の富士山の絵を描いた。写真がパンフレットにあったのだ。

 あさ夜明け前、窓を見ると、富士山がしっかりとそこにあった。まさに霊峰である。(写真にかくとそれらしく写らない。それがまたいいのかな)

180129souchouhujisan.jpg


夜明け前霊峰富士がそこに居り



 六時ころ、ホテルを出て、田んぼのほうへ体操をしにいく。

180129souchouhujisan5.jpg



富士山や気功をすれば鮮明に

新たな姿となりて居りけり



posted by superbird at 19:49Comment(0)

『御殿場でまずは温泉に浸かる』(180128)

 家で風呂に入っても湯水のごとくという感じにはなれない。旅先のホテルでは天然温泉で、でも湯河原から持ってきているというから運んできたのかな、少なくとも蛇口から出てくる水も健康的な水ということだし、湯水のごとくである。



旅に出て湯水のごとく温泉に

浸かり寛ぐ御殿場の夜


posted by superbird at 16:31Comment(0)

『御殿場へ行く』(180128)

 名古屋の空。きょうは雲が厚い。

180128nagoyasora.jpg


 バスに乗る前にコンビニへトイレに入って飲み物をひとつ買った。これが一番安くて一番よさそう。

 この前も高速バスに乗るとき買ったジャスミンティー。ラベルが一新されていた。

180128jasminteawokau.jpg


 高速バスから見える本宮山。故郷ではこの本宮山が一番大きい。

180128honguusankousokubus.jpg


 バスはすいているので快適である。風邪をひいている人もいないし。

 浜名湖で休憩するけれど、ここの景色はあいかわらずかったるいのである。

180128hamanakokyuukeigo.jpg


 東のほうへ行くにしたがってだんだんよくなる。

180128kousokubasukara.jpg


 富士山はもう見えてもいい辺り。

180128kousokubasukara3.jpg


 バスは御殿場インターに着き、ホテルへ向け歩いていく。

 ホテルを前に。

180128soragotenba2.jpg


 月が見える。

180128gotenbanotuki.jpg


 今回はホテルの部屋が富士山側である。

180128gotenbanohujisan0.jpg


 内心はしゃぐ。


posted by superbird at 16:19Comment(0)

『理由は知らないけれどうつ病である』(180127)

 きょうもあいかわらず寒かった。きょうの晩ご飯は秋刀魚とイカであった。きのう鶏肉(地鶏)のカツを食べたので、きょうは肉は食べたくなかった。さいきんうつ病である。たくさん寝ていたいし、いろいろやる気が出ないというか、風邪気味なのかなという気もするけれど、原因が風邪だとしても、それが風邪うつ病というものであろう。

 ブランチを食べていたら学校からいきなり電話がかかってきて、最後の試験に欠席した生徒の話で、急に神経を使った。胃が痛くなった。しかしまあ、これで成績表を出せるので、完璧に今年度の仕事は終わった。不幸中の幸いである。

 ネットカフェ(ネットがないので漫画喫茶)で新聞を読み、雑誌を読み、(換気が不健康で閉口)、その前はイオンで晩ご飯の買い物をし、ついでにちらっと本を立ち読みした。

 そしたら年金が無税でも、額が少なくて仮に税金がかからなくても、働いて所得のある人は、確定申告が必要であるという記事を見て愕然とした。年金だけならわたしは明らかに無税である。そう思っていた。年金分は申告しなくてもよいと思っていたら、非常勤で働いている分と合算して申告しなければいけないのだ。それじゃあ地方税などなどが増えてしまうのだ。

 将来が不安になるのは、これもうつ病の一つの表れであろう。税金はこれから増えるばかりかなと思う。

 大前研一さんは、
「国民は国にもっと怒るべきである。そうでないと国民みんなが足の引っ張り合いで社会がだめになる。(なぜなら自分のは棚に上げさせ他人の税金を増やせと言うから)」という趣旨のことを言っておられた。
 ただいまの現実は国民どうし仲間割れである。

 わたしはビル・ロジャースさんも言っておられたように、個人的には、
「外国へ行くべきだ」と思う。なにしろこの国は世界で一番税金が高い(少なくとも非正規労働者にとって)。だから難民じゃないけれど、外国へ逃げるべきだと本気で思う。

「そうでなければ」と、
 これもビル・ロジャースさんも言っておられた。
「農業をやるべきだ」と。

 果樹園を作ってのんびり暮らすのはいいなあと思う。わたしは植物を育てるのが昔からうまい。しかしなかなかいい土地がないのが現実である。農業に参入するには規制も多すぎて、二の足を踏むのが、この国の現実である。これはイノベーションに対して国の規制が多くて、たとえばウーバーが許可されないように、結果何かと消費者が高いコストを払わされていることと同じである。

 税金は高い科学技術が進んでもなかなか生活コストは下がらない。こうしたこともうつ病の原因である。

 日本という国は将来どうなるかは、わたしは言わない。ビル・ロジャースさんは知っていてあれこれ公言しているけれど、仮に知っていても言わないのがこの国では賢いと思う。こういうこともまたうつ病の原因である。

 いまは大寒である。しかし、
「寒の入りから9日目に汲んだ寒九の水は薬にもなる」という。

 日本の国の神様はやさしくてこういうお恵みを用意してくださっているのだな。

 今年は13日ころであったらしい。寒九の水、どこかに飲みに行けばよかった。

 わたしも年を取ったけれど、毎日年なりに運動をして健康に気を配っているので、後は事故にあわないように、休みの時期は特に謙虚に表に出ないように、平和に暮らすことである。

 寒いときは「おお寒っ」などと言わずに、だまって体を鍛えて、あとは月をながめて帰ればよいのである。


気功して寒波の中で鍛えれば

月をながめて家路なりけり


posted by superbird at 02:19Comment(0)暮らし

『日進の月』(180125)

 きょうは寒いのだった。外出の空を見ると、雲がどこか富士山を思い起こさせる。

180125gaishutusora.jpg


 近々御殿場へ行くので、高速バスの乗車券をコンビニで印刷していく。

 日進まで来ると昼間の月が明るく光を放っている。体操をして行く。手が急に暖かくなった。たとえラジオ体操でも効果抜群である。

 自転車に乗っているとまず手が凍りつくようになって感覚がなくなってきてしまうのだ。


180125NISSINTUKI.jpg


posted by superbird at 01:30Comment(0)暮らし

『昼になった朝の散歩』(180125)

 散歩に出かける空。

180125sanposora1.jpg


 このごろ毎日のように見る鳥。

180125sanpotori1.jpg


 人が来ないせいか、ハトも食事のために数羽、また数羽地面に降りて何かついばんでいた。

 いつもどおりに散歩して帰る。

180125sanpo3.jpg


 きょうも月が見えている。満月はあまり昼間に見たことがないな。

 暦では九夜月というらしい。

180125sanposora2.jpg



180125sanposora4.jpg


大寒の昼の散歩の九夜月くやづき

気づかぬように青空に居り


posted by superbird at 00:50Comment(0)散歩

『寒気がやってきた外出の帰りは雪だった』(180124)

 外出の空。

180124gaishutusora1.jpg


 きょうも白金のネットカフェに行くと、途中ギンナンが落ちていた。この時期にギンナン?

180124ginnannoki1.jpg


 強風で半ば干しギンナンになっていたイチョウの実が落ちてきていたのだ。イチョウの木を見上げると、たくさんの干しギンナンが見える。

180124ginnannoki.jpg



大寒波干し銀杏が零れ落ち




 ネットカフェは風邪の人が横のブースに来て、咳がうるさかった。ほとんどやまないので、気分が悪い。とにかく新聞を読んで、雑誌を読んで、確定申告の資料を少し作り、このブログの記事も書き、といったところか。

 帰り、道路は雪だらけになっていた。雪が積もるとアスファルトよりもひざにかかる負担が軽くなるので、久しぶりに走った。



posted by superbird at 20:20Comment(0)暮らし

『昼前の朝の散歩』(180124)

 きょうは風が強くて、寒いようである。
 ニュースでは、
「上空には、過去最強と呼べる非常に強い寒気が」という文言が出ている。

180124sanpo1.jpg


 近所のおじいさんも団地前で出会ったけれど、ふだんとはちがういでたちで、誰なのかわからなかった。

180124sanposora2.jpg


 歩いて行っていつも休むところできょうもストレッチ。きのう暖かい上着を洗濯してしまったので、きょうはきのうより薄着である。

180124sanposora3.jpg


 雲の流れるのを見ながらストレッチをしたり休憩したり。

180124sanpora4.jpg


 休みになってエネルギーが強くなってくると、いろいろな雑念が涌きやすい。
 いまいちばんのトラウマは、
「親父が死ななくてもよかったのに死んでしまった」とたびたび思い出すことである。
 思い出すたびに、
「自分はやるべきことをやったな」といつも同じ結論に達する。

 そうした雑念はわたし一人の妄想である。

180124sanpokaerinotuki.jpg


 散歩帰りの空。

180124sanpo5.jpg


 何もかもがうまくいっているのである。

180124sanposora6.jpg


posted by superbird at 17:54Comment(0)散歩

『日進へ行ってそれから平針で大根を買う』(180123)

 途中牧野が池を見ていく。きょうは水鳥たちがたくさん岸のほうに来ている。いつもより時間が早いせいかな。

180123mizudori1.jpg


 カメラマンが一人たいそうな装備で写真の機会をうかがっていた。

180123mizudori.jpg


 クレジットカードのお金を銀行口座に入れ、丸亀うどんに寄ってブランチを食べていく。1月中に使える100円の券と株主優待券で支払い20円で420円の野菜かき揚げうどんを食べた。店内はごくすいているけれど、すいているけれど人間はすぐ近くの席に寄ってくる傾向があり、二回席を移動した。後ろの席にやってきて人の迷惑を顧みず大声でしゃべる女は若くても年寄りでも下品である。

 日進の空。風が冷たくなった。

180123nissinn-sora.jpg


 平針で今度は家賃を別の銀行口座に入れ、隣のコンビニに来たら店前で市みたいのがあって、おもむろに歩いていくと、大根が128円で売っていた。

 目が丸くなった。例年と比べたらばか高いけれど、今年の値段からするとまあまあの値段なので、即買った。税込み134円である。

 きょうの晩は大根を食べよう。高いけど薬の代わりだな。

180123daikonhirabari.jpg


 このコンビニにはセキレイが居ついている。前もいた。そのときは食べ物をねだるようにわたしの前で体を動かしていた。きょうはちがうな。

180123konbininotori2.jpg



180123konbininotori.jpg


 ネットカフェはやはりすいていたけれど、薄い板があるとはいえまん前の席に来た人がわたしのほうを向いて咳だらけである。世間ではインフルエンザ警報が出ていることもあって、気分がよくないけれど、時間内に新聞を読んだりできることなどをして過ごして帰る。

 わたしが店を出てドアのところで月を見たりコートを着たりしていると、そのさっきの咳の人もまた出てきて咳をして行くのだった。

 人のいるところに来ると、こういうことがまことに多い。夜空には宵月が見える。

180123matuyoiduki.jpg



宵月や人の暮らしをちらりかな


posted by superbird at 19:08Comment(0)暮らし

『昼近くの散歩』(180123)

 なんとはなしに散歩に出かける。

180123sanpo-sora1.jpg


 いつものようにコケの生えた地面で、しかし(休暇に入ったので)急ぐことはなく、のんびり軽くストレッチ。

180123sanpo-sora.jpg


 人のいないところで横になって休憩である。風が時折吹いていく。気功もする。

 歩いていく。

180123sanpokaeri.jpg


 人を避けながら歩いていくと、きのう近くの団地にいたような鳥が二羽いた。林のほうへ行った。

 ふつうの公園に来ると、これもまた知らないような鳥が二羽いた。

 木の枝で背中を見せている。

180123sanpokaeri-tori1.jpg


180123sanpokaeri-tori2.jpg


 知らない鳥が多い。

posted by superbird at 19:00Comment(0)散歩

『きのうは試験をして今年の仕事は終わった』(180123)

 今年はあと成績表を送るだけである。成績表はもう完成といっていい。今年はなぜか疲れた。さいわいよく眠れるのはありがたいことである。

 たまたまきょうの日経新聞(夕)を見ると、クラウドファンディングで資金を集めて実業的な学習をする学校もたくさんある。動機のひとつに、自分たちの学んでいることが社会とどうかかわっているのかわからないという生徒の気持ちがひとつ書かれていた。教育者は自分たちの教えていることに誇りも尊厳もないのだろうか。

 たとえば基礎的な理科の学習はないがしろにしたまま、ないがしろにしてというのは、言いすぎかな。しかし現実として大学へ来た生徒らを見ていて感じることは、高校で基礎学問である物理や化学をちゃんと修めずして、この化学物質やさまざまな電気製品のあふれかえった世界で、しかも人間は自然の一部であるという現実を理解する手助けを身にまとうこともなく、どうやって正しい生き方の選択ができるというのか。ということである。物理や化学の計算ができればよいなどということを前提にしているようでは理科という教科に誇りも尊厳も生まれはしないということはいえる。

 社会に出れば病人だらけになってしまっている原因もこの辺りにあるのである。学校は人間の存亡を左右する。知性の欠如が社会の姿になってるのである。人間の行動、特に通勤バスやなどを見ていると病気になるように彼らの心のベクトルが向かっている。

 わたしはもう昼ごろから学校へ行くことにして過激な通勤地獄はなくなったし、帰り道だけ中くらいの通勤地獄を味わって帰るわけだけれど、この一年、秋休みはあったけれど、やはり疲れたわけである。しばらくそんな通勤地獄の一端から開放されて療養である。




 
posted by superbird at 18:23Comment(0)仕事