『人間は酔って盲目である』(180108)

 明日は仕事である。自分にとって仕事始めである。学校はすでに五日から始まった。

 世の中には悪いことをする人がいる。そういう人は案外自分のしていることが悪いからとか善いからいうより、陶酔感に酔って悪いことをしているいるようなところがある。悪いことをして人に迷惑をかけ、周りから指摘されても、かえって逆にいっそう、悪いことを行うものである。

 人の過ちの典型的な例である。孔子の論語にも、
「過ちとは、過ちを指摘されて正さない、それを過ちという」という一文がある。

 嘘つきはドロボーの始まりというけれど、小さなときから些細なことでも善悪を教え、悪いことをしたらそれを正す習慣を身につけさせないと、大変な大人になってしまうのである。

 では善いことをしてそれが習慣になったどうか。善いことをしてそれをほめられ、よりいっそう善いことをたくさんするようになる人もいる。先の例とは逆の場合である。社会にとっては好ましい人であろう。しかしさっきの例とはまったく逆向きのこれらの善き人たちは、「よりいっそうたくさん」という面、善なる行為に酔ってしまっているということにおいてはさっきの悪しき人たちの例と似ているのである。

 人間はおかしな生き物である。悪にしろ善にしろ欲望の結果で、無欲にただ生きていくことがなかなかできないのだ。無工夫という生き方がむずかしい。当然かもしれない。無工夫という禅の教えは悟りの境地で生きる高僧たちの生き様である。

 皆様方に神様の思し召しがありますように。

posted by superbird at 22:54Comment(0)仏教

『昼になった朝の散歩』(180108)

 雨の中のあまり歩かないけれど、時間は長いという散歩は寒い。

 これは樒(しきみ)だな。密教の修行に使う木である。

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 ロウバイが咲いていた。今年は雨の中のロウバイである。昨年はたしか雪だった。

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 このロウバイも素人管理人たち県の職員にめちゃくちゃ切られてしまったので、少しになった。



posted by superbird at 22:00Comment(0)散歩

『成人式は雨』(180108)

 きょうは成人式の月曜である。成人式にしては珍しく雨である。今年の成人の将来をふと心配する散歩であった。オリンピックは2020年(予定)である。
posted by superbird at 16:07Comment(0)散歩