『夜の耳に聞く虫の響き』(180831)

 散歩の空。休憩中。

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 きょうは昼ごはんを食べたらブックオフへ急いだ。雷雨になってその合間に行った。

 300円のシャツの買い物をして帰り、土砂降りになっていた。
 
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 きょうの晩ご飯はサンマが食べたかった。売り切れだった。さもありなん。

 惣菜コーナーに行くと、鯖の塩焼き弁当が半額の199円(税抜き)だったので、あれこれ迷った末に買った。きょうは半額が多かった。

 男の人が多かった。時代は変わった。これがふつうだな。さいきん体臭が臭い人が多いのだ。

 週刊誌とか読むとみんな貧しくなったという記事が多くなった。男女とも体臭がにおったり、男の人が多いということもその表れかな。先日は女の人が高速道路下で車の中で一人。その横を通ったときの体臭がすごかったし。

 時間がない。昔はちょっと本屋さんで立ち読みとかもしたけれど、最近はとんと余裕がない。こうゆう余裕のなさも日本人が貧しくなったことの表れということもできるだろう。

 買い物を終えてまっすぐ帰らないわたしの、いうならばわずかな余裕。


夜になり虫の響きに気がつけば

あとに残したせわしなさかな



posted by superbird at 23:53Comment(0)暮らし

『サンマの塩焼きを食べて満足できるのは久しぶり』(180829)

 今年は漁師さんも驚くというサンマが豊漁。脂が乗っておいしいという。スーパーで新物のサンマ一匹150円を買った。

 少し前なら298円だな。150円なら買いだな。ニュースでは100円という説もあるようで。東京では108円でサンマの塩焼きを出す店もあるのだ。


新秋刀魚塩焼き食べて元気かな




posted by superbird at 16:13Comment(0)暮らし

『きょうの空』(180829)

 昼前の散歩。空は快晴。

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 帰りの空も快晴。

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 昼ごはんの後、南瓜や水を買ってきた。えのきも買った。ついでに郵便局でしゃれたはがきを買おうとしたけれど、先週の金曜で、残暑見舞いとかに使えるくじ付きのはがきはなくなったそうで、仕方なしにふつうのはがきを買った。

 外出の空は薄雲が出た。

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posted by superbird at 00:49Comment(0)散歩

『まあこれでも平和な一日といえる』(180828)

 きょうはありえないようなことがいくつも起きた。

 公園のベンチにいたら、
「個人的な利用は禁止」と公園の巡視員に言われた。

 話をしていて分かったのだけれど、明らかに知能指数が低くて、人を脅し暴力的で、もしかしていわゆる特殊学級出身なのではないかと疑われる人だった。ふだんからやたら木を切ったり、根っこから垣根を掘り返したりして、やることがおかしいのだ。


 散歩帰りの空。きょうは曇りだ。

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 昼ごはんを食べて安売りスーパーへ行って、リンゴを六個580円でまた買ってきた。ご機嫌である。
「一個百円以下はふつうじゃないか!」

 リンゴと特大キャベツ150円!を自転車のかごに入れ今年はじめて見せるような笑顔になった。

 公園で少しだけジョギングし、体操もし、静かな時を過ごした。まるでいい一日のようだ。ネットカフェではちゃんと新聞も読めた。悪くないかな。

 公園では白い百日紅が咲いていて、まだ若い木だけれど、自分の庭にこんなのがあったらうれしいだろうななんて思った。

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 しかしネットカフェを出て、この日二つ目の驚きを経験した。スーパーで買い物をしていて、かごの中に安くてお買い得な品三点を入れて、次に魚コーナーが安売りになっていたので、かごを置いて鰯のすしを取ってきた。するとかごがなくなってしまった。あっという間になくなってしまった。

 なんてことだ…。たったひとりうろたえている。

 近くで小さな子供がカートの上と下の段にかごを入れて何かしていた。その下のかごを見ると、たくさんの中身が入っているのだけれど、下の方にわたしが入れておいた品々の片鱗が見えた。

 なんとそれはわたしのかごだったのだ!!

「ちょっとそれ」

 三点以外はこの子供の親が集めてきたものなのだ。あっけにとられた。
 まるでたちどころに、
「どうしたんですか」などと親たち二人はやってきて言った。

 わたしは無言で自分の買った鰯のすしを手に、自分のじゃない品を上の別の彼らのかごに移し、取り返したかごと中身三点を持ってレジに向かった。

 きょうはなんという日だろう、と思いつつ、子供のしたことでもありたいしたことないかなとも思った。母親はすみませんといってくれたのだし。

 しかし結果はあれは窃盗だな。わたしが驚くのも無理はない。わたしが集めた値下げの札がついた品はもうないのだ。どうしてこういうことが起きるのか、子供は無邪気ゆえにああゆうことをすることもあるのだろう。いまだ思い出すと当惑するのはなぜなのか?

 親は子供の教育をしているのか?


時が過ぎ時代が変わり見回せば

暮らす世界の常ならずかな



 自転車で行く夜道。幻想の世界が走馬灯のように過ぎていく。



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posted by superbird at 01:15Comment(0)暮らし

『日本の大地が豊かであることを生かしていないのかなと』(180827)

 いつもより多少早めに散歩に出かけた。

 出かける時は魅力のなかった青空も帰りにはそれなりに魅力的な空になっていた。

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 用があって一宮まで来た。名鉄で16分くらいだった。特急はすいていた。快適だった。

 外を歩くと暑くて。すれ違う人の顔はきつそうだった。

 真清田神社が見えたので寄ってきた。

 参拝。ここはいいところである。

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 おみくじは小吉だった。まあまあかなと。

 外を歩いていくと桃らしい街路樹が並んでいる。

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 豊橋には柑橘類の実のなる街路樹があるけれど、
「桃というのはすごいな」と思った。

 害虫もつかずにたくさん実っている。
 街路樹を見れば日本の豊かさが分かるということだろうか。


有難き日本の国の豊かさを

忘れさすかな都会の暮らし





posted by superbird at 01:11Comment(0)

『言い古されたようなことは言わないのが大人というものかな』(180826)

 散歩に行く。

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 きょうは暑い。きのうよりまた暑くなった。

 蚊などの昆虫にとってはけっこう快適な気温かもしれない。蚊が多い。

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 昼ごはんを食べ、風呂に入り、仏陀の像にきょうも金を塗った。

 テレビは見ないし、部屋にいると近所からの洗濯の香料が入ってくるので、できるだけ早く外出。


 世の中喧嘩を吹っかけることがふつうになっている。よく聞く車のあおり運転もそうだろうし、先日も自転車に乗っていたら、広い道路ですいているのに後ろからいきなり一台がぶつかりそうになって抜いていったり、きょうも広い公園でたった一人わたしが出口に向かって歩いているのに、斜め向こうから犬の放し飼いをしながらわたしのほうへまっすぐ、真正面に顔を向け、いつまでも向かってくる人がいたり。

 すれ違ったり近くを通るときの咳の仕方一つとっても、地下鉄電車の出入り口に立っている人の足の動かし方一つとっても、日常のふつうの出来事が名古屋ではまるで喧嘩である。

 こんな時代がいままであっただろうか?

 健康とは一人になることである。人を避け、あちこちの公園でまた人を避け、人のいないところで、体操をしたり休憩をしたり。

 ふと目にする花の美しさは誰も気づかない。それが名古屋というところである。

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 きょうは満月である。

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花は咲き夜空の月は満月で

人を離れて水となるかな



posted by superbird at 00:51Comment(0)暮らし

『月が見えればゆっくり帰るに限る』(180825)

 散歩に出る時は、どちらかといえば曇りがちで、蒸し暑かった。

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 暑さが増していく散歩。

 昼ご飯を食べて、仏像を金色に塗り、外出。
 仏像の金色はまだ一二回塗り重ねないとだめかもしれない。

 何となく夏の空である。

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 いつもどおりの日常が過ぎ、公園で休憩して帰る。

 きょうは満月だろうか。

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十五夜を眺めて帰る静かかな




注:きょうは望月で十五夜だそうである。
posted by superbird at 00:58Comment(0)暮らし

『純粋なボランティアを見た』(180825)

 尾畠さんは65歳になったら自分の好きなことをしようと決めて、店をたたんでボランティア人生になった。尾畠さんの人生を読むと、案外人は皆自分の好きなことができないで生きているのだなと思った。

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ボランティア人生の尾畠さんのこと

読めばいつしか勇気づけられ



 貯金なし、年金月五万五千円。軽自動車を13年乗り続け、健康保険証は11年間使っていない。大きな病気は40歳ころの腸捻転かなと。

 オオバコ、ドクダミ、ヨモギ、タンポポ……、といった野草を集め、茹でて酢醤油で食べ。ボランティア中の主食は、持ち運びに便利なパックご飯とインスタントラーメンです。ご飯は3パックで198円。ラーメンは5パックで158円。

 パックご飯は温めるとガス代がかかるのでそのまま食べ。おかずなんていりません。梅干しがあれば十分。寝泊まりするのは軽ワゴン車の後部座席。軽自動車の走行距離は約20万㎞。故障したことは一度もなし。

 生まれは1939年。78歳と8ヵ月。大分の自宅にいるときは毎日8㎞ほどジョギング。健康の最大の秘訣は「とにかく体にいいものを食べる」。

 おいしいものはいらない。楽しみは甘酒、肉も魚も食べますよ。



注:参考週刊現代。

posted by superbird at 23:50Comment(0)備忘録

『散歩帰りの山茶花の実』(180824)

 台風一過とはならず、曇り空のもと、昼近くの散歩に出かけた。

 階段を上がっていくのがつらいな、とか、
 将来どうやって生きていくのかな、とか、
 どこに住むのかなとか、つらつら思いながら、
 自然がこの期に及んでますます破壊されていく現実のなかで、
 人間は心身ともに安定を失い、
 盲目になっているように見える。


 散歩帰りの緑の中には、
 山茶花の実がたくさんついていた。

 わたしは夏休みになっても遠くへは行かないで、
 家の近所でまるで地に足が生えたみたいに暮らしている。

 人々はかつて、
「大きな地球の小さな世界」で暮らしていたけれど、いまは、
「小さな地球の大きな世界」に生きている。


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山茶花や緑数多みどりあまたの実を結び

宇宙を巡る旅に出るかな





注:「大きな地球の小さな世界」だったのがいまは、「小さな地球の大きな世界」になったという表現はストックホルム・レジリエンス・センター所長、ヨハン・ロックストローム氏。日経新聞の「限界を超えぬ成長を」より。

 つまり人間活動が地球規模を超えつつある、そういう世界で人間たちは経済活動をし、暮らしているということである。
posted by superbird at 23:11Comment(0)散歩

『散歩の時はもったけれど夕方からは台風の俄か雨』(180823)

 きょうは台風が近づくので、空はそれなりに変化が激しい。

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 いつもどおりに散歩に出かけた。

 歯は噛み締めるととても悪くなる。一度もう六月にものすごく噛み締めていて、自分が気づかない間にずう~っと噛み締めていたら、ものすごく痛くなって二ヶ月治らなかった。

 いまも先日の39度超えのときに知らぬ間に寝ているときに噛み締めていて、それが原因で歯が痛むし、歯根膜炎になったみたいで、膿が出るのだ。

 とりあえず一日ごとによくなっているので、
「これでいいのだろうな。ちゃんと治ってくださいよ」と願っている。

 きょうはようやく口を素直に開けて笑っても平気になった。

 とにかく歯っていうのは、消耗品みたいなところがあって、あるいは骨が疲労骨折するみたいに、使ってばかりいると、だめになってくる気がする。膝関節の軟骨だって使いすぎれば年とともに減って痛くなる。歯も休ませながら使わないと歯茎とともにだめになる。

 歯医者さんのHPを見たら、何しろ、
「歯周病よりも噛み締めることで歯を失うことの方が多い」という。

 スポーツジムのインストラクターも、
「お年を召した方はみんな歯がだめになる」と教えてくれてありがたいけれど、怖いことを言っておられた。

 歯は食べない時はできるだけ当たらないようにすることが大切である。気功というのは運動と同じで、いつしか歯を噛んだりしているので、噛まずにいろいろすることが大切である。


 ツクツクホウシが元気に鳴いている。時に大合唱のようにもなる。

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 これはメスのツクツクホウシのようである。
 近くではオスが盛んに鳴いている。

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気功して熟法師つくつくほうしも友となり


 散歩から帰って昼ごはんを食べて、ずう~っと地域を回るように自転車を走らせ買い物に行った。台風の俄か雨に当たった。びしょぬれである。

 買い物を終えて公園で休憩。その前には民家の庭先にきれいなノウゼンカズラの花が咲いていた。


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 きょうは折に触れては台風の俄か雨の洗礼であった。ネットカフェも行く時はびしょぬれだった。


台風の雨に濡れればまっしぐら


posted by superbird at 01:26Comment(0)暮らし

『空は平和を語っている』(180821)

 散歩の空。

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 きょうはよく人に出会う。暑いと昼日中は人が少ないけれど、きょうは暑くないのだろうか。

 どんぐりを拾って昼ごはんのパンにまぜる。こんな楽しみは秋を思わせるけれど、意外に暑かったりもする。きょうの収穫はどんぐり三個。休憩していると疲れる。カラスじゃなく、どこか大型の鳥の鳴き声が聞こえている。

 疲れるというのは暑いからである。

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 散歩から帰ると昼ごはんの準備、ニュースなどを見て、世の中のことを見回し、昼ごはんを食べ、洗濯もした。

 洗濯機が壊れた。排水のつまみがきかなくなったのだ。洗濯を終えて、修理に取り掛かった。腰が痛くなった。姿勢が悪すぎる。けっきょく元のようにすることは諦め、とりあえず、「排水」と「洗濯」(排水しない)のメカニズムだけは維持できるようにした。

 この洗濯機も年寄りになった。

 ほとんど休むこともできず外出。

 大きな鳥のような瑞雲。

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 公園で体操をしたいと思う。行く道で見えたのは、昨年も八月下旬に見たような空である。

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 人のいないところがあればちょっと走ってラジオ体操第一だけやって、人が来たので、さっさと退散。

 月が出ている。

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 ネットカフェでコーヒーが飲みたい。公園の中には、いつものように悪に染まって生きる遊び人たちがいる。きのうの帰りの地下鉄の中(4時過ぎ)もそうだったけれど、世の中にはまるで遊んで暮らしているように見える人たちが多いのだ。とにかく関わらないように、ネットカフェへたどり着いた。

 カフェオーレをお湯でわって飲む。無糖である。


一杯の自分好みのカフェオーレ

たった一人の味わいがあり


posted by superbird at 01:51Comment(0)暮らし

『街歩きになった』(180820)

 外出。真上の空。

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 きょうは荒畑まで行ってきた。花がたくさんあった。

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 家の近くでは花は見なくなった。

 てくてく歩いた。意外にきょうは暑い。

 蒲郡信用金庫で定期を下ろしてすぐに別の金融機関に預けた。
「いま預けると金利が0.15%」といわれたけれど、もうここには預けないのだ。

 0.01%の金利で、途中解約なので、0.005%だった。別に文句はない。

 ドラッグストアをめざした。目当てのビール酵母がなかった。

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 民家の軒先には意外に緑が多い。昭和区はかなりいい。

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 コンビニでコーヒーを買って、公園で休憩した。
 
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金下ろし金を預けてカフェオーレ




 すたれたような家が目立ったかと思えば、古い喫茶店がコメダになっていた。

 精神病院があって、救急車が止まっていた。精神病院というところは、用心棒みたいな人がいて、患者に有無を言わせず拘束するところである。こういうところとは一切関わらないに限る。

 さっこん日本の精神病院のあり方についても、いろいろと問題が指摘されているけれど、何もかもが時代遅れみたいなところがある。福沢諭吉はとうの昔に、欧米を文明国、日本を半開国(「未開国、半開国、文明国」の)と位置づけ文明国を目指したけれど、いまの日本は数年前くらいと比べ、二歩三歩と後退し、せいぜい半文明国くらいだろうか?


中性といわれる水の本性は

酸でもあり塩基でもあり



「うつ病というのは、少々なら思慮深くなっていい面もある」と思った。「けれど、過剰になるとだめだな」とも。そして、
「何事も過剰になるとだめだな」と。「知らぬが仏の楽観も過剰はだめだな」と。



注:水は中性といわれるけれど、酸の性質と塩基の性質の両方を併せ持っている。超臨界水になったとき如実にその本性を表す。
posted by superbird at 17:24Comment(0)暮らし

『なぜかきょうは引退後が気になった』(180819)

 きょうもネットカフェへ行く。

 空は薄雲がかかり、あちこちで印象的な雲を作っている。
 雲に囲まれるように薄雲の中にいる月。

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 公園を通り抜けたけれど、あいかわらず犬の放し飼いが多い。ああいうことをする人たちは他人に迷惑をかけていることを知っているだろうか。知らなくても分かっているのが人間というもので、自分勝手に楽しんでいるようで、心底楽しんでいるかは別である。

 ネットカフェで日経新聞とか楽しんだ。日が暮れていつもどおりに晩の買い物である。

 政府日銀のさじ加減で庶民の暮らしは一変する。若いうちは働けば対応できるだろうけれど、引退後のお年よりは、簡単ではない。

 自分では自分の将来がどうにもならない部分が多々あると思うと、へたをするとうつ病になる。


引退後の金の不安がよぎるかな





posted by superbird at 00:45Comment(0)暮らし