『散歩帰りの山茶花の実』(180824)

 台風一過とはならず、曇り空のもと、昼近くの散歩に出かけた。

 階段を上がっていくのがつらいな、とか、
 将来どうやって生きていくのかな、とか、
 どこに住むのかなとか、つらつら思いながら、
 自然がこの期に及んでますます破壊されていく現実のなかで、
 人間は心身ともに安定を失い、
 盲目になっているように見える。


 散歩帰りの緑の中には、
 山茶花の実がたくさんついていた。

 わたしは夏休みになっても遠くへは行かないで、
 家の近所でまるで地に足が生えたみたいに暮らしている。

 人々はかつて、
「大きな地球の小さな世界」で暮らしていたけれど、いまは、
「小さな地球の大きな世界」に生きている。


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山茶花や緑数多みどりあまたの実を結び

宇宙を巡る旅に出るかな





注:「大きな地球の小さな世界」だったのがいまは、「小さな地球の大きな世界」になったという表現はストックホルム・レジリエンス・センター所長、ヨハン・ロックストローム氏。日経新聞の「限界を超えぬ成長を」より。

 つまり人間活動が地球規模を超えつつある、そういう世界で人間たちは経済活動をし、暮らしているということである。
posted by superbird at 23:11Comment(0)散歩

『散歩の時はもったけれど夕方からは台風の俄か雨』(180823)

 きょうは台風が近づくので、空はそれなりに変化が激しい。

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 いつもどおりに散歩に出かけた。

 歯は噛み締めるととても悪くなる。一度もう六月にものすごく噛み締めていて、自分が気づかない間にずう~っと噛み締めていたら、ものすごく痛くなって二ヶ月治らなかった。

 いまも先日の39度超えのときに知らぬ間に寝ているときに噛み締めていて、それが原因で歯が痛むし、歯根膜炎になったみたいで、膿が出るのだ。

 とりあえず一日ごとによくなっているので、
「これでいいのだろうな。ちゃんと治ってくださいよ」と願っている。

 きょうはようやく口を素直に開けて笑っても平気になった。

 とにかく歯っていうのは、消耗品みたいなところがあって、あるいは骨が疲労骨折するみたいに、使ってばかりいると、だめになってくる気がする。膝関節の軟骨だって使いすぎれば年とともに減って痛くなる。歯も休ませながら使わないと歯茎とともにだめになる。

 歯医者さんのHPを見たら、何しろ、
「歯周病よりも噛み締めることで歯を失うことの方が多い」という。

 スポーツジムのインストラクターも、
「お年を召した方はみんな歯がだめになる」と教えてくれてありがたいけれど、怖いことを言っておられた。

 歯は食べない時はできるだけ当たらないようにすることが大切である。気功というのは運動と同じで、いつしか歯を噛んだりしているので、噛まずにいろいろすることが大切である。


 ツクツクホウシが元気に鳴いている。時に大合唱のようにもなる。

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 これはメスのツクツクホウシのようである。
 近くではオスが盛んに鳴いている。

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気功して熟法師つくつくほうしも友となり


 散歩から帰って昼ごはんを食べて、ずう~っと地域を回るように自転車を走らせ買い物に行った。台風の俄か雨に当たった。びしょぬれである。

 買い物を終えて公園で休憩。その前には民家の庭先にきれいなノウゼンカズラの花が咲いていた。


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 きょうは折に触れては台風の俄か雨の洗礼であった。ネットカフェも行く時はびしょぬれだった。


台風の雨に濡れればまっしぐら


posted by superbird at 01:26Comment(0)暮らし