『笑う門には福来たるなり』(190529)

 散歩帰りに笑いヨガ。家で出勤の準備をしながら、すべて順調で、順調ということはうまくいっているということで、しかもきょうは楽しい。



ハッハッハッハッハッハッハッハア~笑いヨガ

ハハハハッ!笑う門には福来ふくきたる



posted by superbird at 11:34Comment(0)暮らし

『きょうこれ(YOUTUBE)は歴史だなと思った』(190526)

 久しぶりというか、たまにYOUTUBEを見聞きする。きょうむかしのフォークをためし食いするみたいに数分くらい聞いてみた。

 拓郎さんとか、赤い風船のとか、曲を見て、
「これは岡林信康さんがうたっていたのではないか?」とか。



ユーチューブ歴史をたどる文化かな






posted by superbird at 01:42Comment(0)暮らし

『日曜朝の散歩で出会う鳥たちはみんな元気だった』(190526)

 朝の散歩で耳にする鳥たちはものすごく元気だった。近くの団地のスズメといい、散歩で休憩する木陰のおそらくはシジュウカラといい。シジュウカラたちはいつもとちがった鳴き声でやっていた。



鳥たちは日曜朝の元気かな


 散歩帰りはものすごく暑くなった。暑さに適応できないせいか、ばててしまう。

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posted by superbird at 19:45Comment(0)散歩

『朝の散歩』(190524)

 朝の散歩のアオサギは、夜中のそれとちがって平和の内にたたずんでいた。世界はやわらかくすべてを包み込んでいる。


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青鷺の無言を照らす朝日かな




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posted by superbird at 01:26Comment(0)散歩

『きょうは四時間眠れた』(190523)

 朝の散歩で出会ったムクドリは、みんなのんきに芝に来て朝ご飯をついばんでいた。

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椋鳥やみんな仲良くご飯かな


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 散歩の気功をして、一息の小便。


小便の色が茶色となりにけり



 きょうは四限目からなのでと時間をかくにんし、家を目指し、昼、いつもより一時間遅れで、あとはいつものように通勤をし、スーパーでトイレに入って、ほっと一息。

小便が茶から黄色になっており


 さて体が快方に向かっていることを目でもかくにんし、店内、かぼちゃとか安いかなと、見回しても残念、買うものもなかった。

 きょうの予定をもう一度思い巡らし、
「きょうは四限目五限目、まずは来週の試験問題の作成」、目と鼻の先のキャンパスまで歩いていく。

 講師控え室はできるだけ先生方のそばに寄らないよう仕事を進め、治ったとはいえ外から風邪のウイルスが体内に入るのを避け、これもいつもどおりかもしれなけれど、わが健康を大切にするのだった。


 ちなみに五限目の教室はあちらこちらでやたら立て続けに生徒の咳がひどかった。先生が近づくと生徒が咳をするのは最近の風潮だろうか?

 ひどかったけれど、ある生徒に質問を受けて、
「ちょっとまてよ」と真剣に考えなければならないとき、くだんの咳だらけの生徒が横に来てまた続けて咳をするので、
「とりあえず咳をするな」といったらぴたり咳がやむのは、なにかその生徒の心に本人の気づかない悪しきものがあるのではないかと思った。

 きのうの五限目にも同じようなことがあったのだ。
「早く治せ」と説教をしたら、なぜ先生に向かって咳をするかではなく、社会人としてのありかたとか、教室内でのマナーとしてとか、ぴたり咳が止んだ。

 これ、先生が近づくとそのたびやたら生徒が咳をするという現象もいわゆる病の気が健康を敵視していることの表れということもできる。



posted by superbird at 00:46Comment(0)仕事

『年中風邪が流行っている現実はシビアである』(190522)

 風邪ひきが多い。自分も今朝(散歩から帰って)二回目の大のとき、下痢をしていたので驚いた。

 学校では部屋で一番偉い人が咳のしづめで、わたしの教える部屋は風下なのでとても気分が悪い。

 授業が終わったらすかさずキャンパスへ出て外の空気を吸う。気温差が大きいのでみんな対応できないのだろう。

 わたしの場合きのうの晩ご飯のシイラの刺身がいけなかったのだと思う。今朝の散歩で気功して体が熱くなってとりあえず夜眠れないという悪条件をいつものように克服したと感じたのだ。それでも感染して下痢しているなんて‥‥。

 放課を待って学習支援の部屋から退散。しかし講師控え室は行けばめちゃくちゃに空気がこもっている。ウイルスの天国で。年寄りが多いのはよくない。わたしよりシビアにじっと耐えている先生が二人もいる。ここも退散である。そうだロッカーに保管してある濃い有機栽培の緑茶を熱いお湯で出して持っていく。

 キャンパスの木の下で休憩である。体の節々がめちゃくちゃに痛い。

 あと六分くらいある。ひたすら耐えるのみ。思わずベンチに横になってしまう。

 次の学習支援が終るとまた、同じことを繰り返した。濃い緑茶を耐えるように飲む。次の5限目の授業をなんとしてもしっかりやり終えなければならない。来週は中間試験である。



『立ち止まればあちこちでシジュウカラが音色を変えていろいろに鳴いている(朝の散歩)』(190520)

 朝の散歩の空にさまざまなシジュウカラの歌が響いている。空は白いベールにつつまれている。平和の中でおだやかな鳴き声が響いている。


さまざまな無数のように四十雀



平和かな散歩の空は四十雀



posted by superbird at 01:25Comment(0)散歩

『艦艇の名前を見て』(190517)

 日経新聞に艦艇の名前の由来、命名の基準が書いてあった。目に留まったのは、ひらがなで「こんごう」(金剛)、「あたご」(愛宕)など。戦後世代の艦艇の名前である。

goeikannnikkeikongou.jpg「こんごう」


護衛艦金剛山に愛宕山

仏の心を思い出すかな




注:旧日本海軍時代からの「いずも」(出雲)や「かが」(加賀)そして「ひゅうが」(日向)はどうも不快感が出てくる。旧国名でヘリコプター搭載護衛艦であるけれど、先の大戦からのカルマを引きずっているのだろうか。
「あたご」や「こんごう」には(未来志向で)日本のそして世界の平和のためには、と思ったけれど。


posted by superbird at 00:43Comment(0)雑記

『きょうの空』(190516)

 散歩に行く。

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 散歩から帰って食事の準備をし、ニュースを見て、風呂に入って食事をし、暇なし出勤。

 団地のエレベーターホールの上を見ると水漏れがあって、床に水たまりができている。前から気になっている。

 窓の壁を見ると、緑色の蛾がとまっている。これも前から気になっている。

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 水漏れはもうだいぶ前からで、ほとんど変化がないけれど、いつのまにかひどくなっているのは自然のなりゆきであろう。

 緑色の大きな蛾はおとついころからとまっているけれど、生き延びている姿を見れば安心する。


 出勤の空。

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空は久しぶりにいい空である

すべてがうまくいっているのであろう





posted by superbird at 14:27Comment(0)自然

『一杯のコーヒーで休憩』(190514)

珈琲で想う菩薩の人の世を


弘法大師修法図西荒井大師より.jpg


 この北斎の絵は、
「(弘法大師空海が)法力をもって鬼(厄難)を調伏する様子が描かれている」ということになっているけれど、
 修行をする空海の心を読めば、
「一心に修行をする空海に(異界の)鬼がおそいかかり、そして背後右からやってきた犬こそは、犬が鬼の眷属となって(この世で)吠え立て(空海の修行を邪魔し)ている様子」(Superbird著より)である。


 買い物をすませこの社会を振りかえれば、幸せな人間を不幸にしようとする力が溢れている。社会が不幸な証である。

 不幸な社会では幸せな人間は迫害・攻撃の対象である。


 人ごみは病の気に溢れている。病の気は御仏や菩薩の世界によって癒される。(本来の)幸福な世界を取り戻すことができる。

 病にとって健康な気は目の敵である。かっこうの攻撃対象である。

 みんなが不幸になれば社会はよりいっそう不幸になる。それに気づいて行動できないのは、人間に知性がたらない証である。


注:絵は西新井大師・總持寺所蔵品より

posted by superbird at 01:15Comment(0)仏教

『慈善行為が悪徳とみなされることもある格差社会』(190511)


格差かな慈善行為が悪徳と

人の心に響く悲しみ



 フランスのノートルダム寺院が火災にあって再建に向けた寄付が富裕層を中心にして我も我もというように集まった。

 いっぽうでそれを見て、
「深刻な貧困・格差問題は放置されているのに寺院再建には富豪から莫大な寄付が集まる」という事実に腹を立て「黄色いベスト」による暴動が過激化したという。

「不平等が拡大する時代に善をなす人々は恵まれた層である。寄付によってそれをアピールする行為は我々を傷つけ怒りを買う行為だぞ」ということであるらしい。

 むかしわたしも夜間定時制高校で教えていたとき、なにげない一言が彼ら生徒の心を傷つけ怒りを買ったことがあった。わたしも無知な一教師だったのだ。

 しかしこうしてみると、恐ろしい世の中になっちゃったなと、悲観するより(乗り越えて)笑うしかない。


『バス停を前に街灯の上でスズメが一羽』(190508)


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街灯の上で雀が一羽かな




 仕事が終っていつもどおりバス停まで歩いていく。バス停を手前にして、目の前の街灯に、一羽のスズメがいる。一羽で世界を見渡している。わたしは仕事の疲れがあるのでそんなことは分からないのである。


posted by superbird at 02:02Comment(0)通勤