『大国の大統領は大言壮語』(190628)

 プーチン大統領は、G20で日本にきていて、FTのインタビューで、欧米の自由主義の結果問題化した移民問題について、
「移民は移民として保護される権利を有するがゆえに、刑罰なしに殺人や略奪、性的暴行ができる」と指摘している(日経新聞にはこれしか書いてない)。

 いっぽうトランプ大統領は、(同じ日経紙で)欧州中央銀行(ECB)のドラギ総裁を高く評価し、
「(アメリカの)FRBの議長に据えるべきだ」といっている。

 同じ日の(日経別ページの紙面)に、岸本葉子さんのエッセイがあって、
「パンツに求める条件は年々厳しくなっている」という。

 これが笑わずにいられるだろうか?しかしあんがい真実をついているのかもしれないのだ。



注:FRBとは日本語で「連邦準備理事会」といい、日本の日銀と同じような役割を担っている。中央銀行制度の最高意思決定機関である。

 プーチン氏のいいたいことは、自由主義は「何もしないことを前提にしている」からだめだということのようである。「移民であるがゆえに、(SUPERBIRDが追加『アメリカの例でもお巡りさんから比較的自由だし』)、殺人略奪、レイプをしても野放しにされている。」ようである。「犯罪はすべて罰せられなければならない」と。これは当たり前ではなかろうか?

 こうしてみるとトランプ氏の移民政策(たとえばメキシコとの間の壁とか)は間違っていないのである。

 岸本さんの、「パンツ」というのは下着のことかと思ったら、そうではなくて、スラックスとかジーンズのようなものだった。そしてあまり細かいことをいうと、なにがなんだか分からなくなってしまうのである。

 


大国の大統領は大言壮語

でもそれはもしや正しいのかも





『きょうのシジュウカラは一貫して遠く鳴いている』(190626)

 朝の散歩の休憩では、カラスがすぐ近くに来て鳴いている。休憩の邪魔をするつもりなのかもしれないけれど、気にしないで一人休憩。いつのまにかまどろんで眠ってしまい、その後の出勤の準備に余裕がなくなってしまった。


四十雀烏の向こうで鳴いており



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posted by superbird at 00:31Comment(0)散歩

『学校帰りの空』(190624)

 講師控え室を急いで出て、バス停まで急いでいく。

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 地下鉄のいわゆる苦を乗り切って、トイレで一息、それから自転車でまずは買い物へ。

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 きれいな夕焼け雲といえる、(家まではまだ一息二息)。


家までは一息二息夕焼雲



posted by superbird at 12:00Comment(0)通勤

『休憩の新聞』(190623)

 日経新聞のなかで不意に現れる救いの瞬間。

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注:平塚運一作、「雲崗瑞雲、蒙彊」(日経新聞日曜版)。
posted by superbird at 01:47Comment(0)仏教

『さっこんの事件を見て』(190622)

 他人の迷惑を無視する社会の中で傷つく人たちが、自分を見失ったときに目覚めるのは、他者へ向けて「死ね」という感情である。目覚める感情は自分ではなく、悪魔であったり神であったりする。

 アメリカはどうだろうか。銃による大量無差別殺人がしばしば日本でも報道されているけれど。



注:例えば、2019年6月17日の 大阪府吹田市の拳銃強奪事件。「私のやったことではありません」と逮捕された男がいっているのは正しい。
posted by superbird at 01:56Comment(0)備忘録

『朝の散歩で見かけたハナムグリ?』(190622)

 近くの団地を見ていくと、いつものアオイにコガネムシがひっついていた。

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 帰り道にもう一度お目にかかる。

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いつだって幸せ一杯のコガネムシ




注:これはハナムグリではなくて、コガネムシのようだな。理由は花粉を食べているのではなくて、花びらを食べているから。アオドウガネという説もあるけれど、科学的にはともかく、アオドウガネがコガネムシであってはいけない文学的な理由がいま見当たらないので、これでよしとしておくことにした。

 日々の暮らしを忘れさせてくれる雰囲気を放っている。


posted by superbird at 02:42Comment(0)散歩

『朝の散歩』(190622FRI)

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立葵色とりどりに咲いており



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 散歩道の近くの団地にはタチアオイがたくさん、雑草のように育っている。

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注:アオイの花は写真に撮らなかったものもいくつかある。

posted by superbird at 02:17Comment(0)散歩

『朝の散歩(きょうは大安)』(190621)

 

四十雀におい葵の道もあり


 散歩に出て行く道のシジュウカラは重く疲れたような鳴き声だった。まだ通勤通学の人や学生たちが行く。

 近くの団地の敷地ではタチアオイが盛んに咲いていた。匂いを漂わせて、無の境地。

 シジュウカラは人里はなれて元気よく鳴いている。

posted by superbird at 17:43Comment(0)散歩

『日本が仏教国なら仏滅という言葉は普及しなかっただろう』(190620)

 きょうはさんざんだな。知れているといえば知れているけれど、朝の通勤電車の乗り換えでは人に進路を妨害されるし(まあこういうことはふだんからあまりにも多いけれど、サッカーの体当たりじゃあるまいしきょうのは筆舌に尽くしがたい)、帰りには自転車の鍵をいつのまにか落とし(たことに気づいて)、地下鉄を降りて近くの自転車屋さんによって決断、鍵を壊してもらい(390円)、新しい鍵(1280円)を買い、つけてもらって(手数料500円)、全部で税込み2240円かかったし。

 思い切ってさっさと鍵をつけてもらってほっとした。帰りは気持よく帰ってきた。部品の一つが新しくなると自転車が別物になったように感じた。自分で壊して新しいのを買ってつければかなり安いけれど、疲れているし時間もかかるだろうし、こういうのもありかなと。

 頭もたいそう疲労していて、晩ご飯に鯰の蒲焼を買ったつもりが鮭孕みの蒲焼になっていた。よく見なかったのがいけなかったのだ。チリ産の養殖なので、まあ脂っこいのが不健康に映る。

 総じて何もかも自分の不注意といえば不注意かもしれない。しかしきょうは暦を見ると仏滅だ。

 仏滅というのは、仏陀がひどい目に合うという意味だろうか?なぜなら仏陀がひどい目に合うということは、よろず仏の道の人間がひどい目に合う。だから注意しろということといえるのではなかろうかと。仏滅は仕事をするにはいいけれどそれ以外は駄目なことが多い。

 じっさいきょうは仕事はつつがなく終った。

 じゃあどうしたらいいのか。あすが仏滅なら、前日から頭が疲れないようにふだんにもまして体調を整え、神様にもお祈りをし注意深くするということかな。


posted by superbird at 00:00Comment(0)通勤

『見かける古くからの鳥たちが少し余裕を取り戻している』(190619)

 学校の芝には毎日ムクドリがいる。

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 特に好きではないけれど、あんがい孤独そうに暮らしているところは共感できる。

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 そういえばきょうは、学校へ来る時、植田川にひさしぶりにアオサギが飛んできた。

 自転車で走っていたら上空から飛んできた。羽をしっかり広げて悠然と飛んできた。いっしゅん首をすくめるほどに大きかった。そして悠然と降下して、中州に降り立った。以前のように人間の行き来する橋の所には来ないのだ。アオサギも賢くなった。そのまま走っていってアオサギを見た。

 アオサギは中州の中の目立たない雑草の茂ったところに悠然と立っていた。

 橋の所では人間にひどい目にあったので、こうして人間から離れて孤独を楽しんでいるのだ。

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 異常な金融政策というカンフル剤の多用で善良な人間たちは未来を奪われ、消費税増税前の駆け込みもなく、人心がすでに疲弊している結果だろうか。人間社会の景気も悪くなってきたので、そのぶん鳥たちは孤独を楽しむことができる。


人間社会の景気が悪くなれば

鳥の孤独は豊かさを増し

posted by superbird at 21:29Comment(0)鳥たち

『きょうやるべきことはと考えていく』(190617)

 さっこん被害者からすれば理不尽ともいえる交通事故が多いので、仕事はまず無事に行って帰ってくることが第一である。

 きょうはうっすらと御嶽山が見えている。

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 通勤の空はまあまあである。

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 もう前期も半分余り終って、後半戦に入り、生徒も忙しくなってきたせいか、教師を平気でだましたりする事案が急増した。

 課題を出していないのに、
「だしました!」と二週連続でいってきた生徒。生徒は二回同じ手を使ったことをおぼえていないかもしれないけれど、こっちはおぼえているのだ。

 先週水曜日は他人の課題をふつうにコピーして(番号と名前だけ自分のに書き換えて)出して平然としている生徒。わたしはすぐ見破ったので、名前を呼んだらなんとその生徒勝手に帰宅してもう教室にいないのだった。

 後者は主任に相談したら、
「原先生こういう悪質な生徒は落としてください」というのでもう落第させることに決めたわけだけれど、
「なんと理屈をつけていうか(その生徒へ)」、そして他の生徒にいかに教育効果をあげるようにこの一件を説明するべきかを先週末から思案している。

 物理や化学を教えるだけじゃないのがいまどきの大学生である。



 学校前の雑草の花。

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足もとにただ一輪の小待宵草


posted by superbird at 20:33Comment(0)通勤

『買い物を終えてスーパーで休憩』(190616)

 新聞ばかりを読んでいると暗くなるのは必然という気がする。悪いことをする人が多い結果の新聞という気もする。ときおり日曜美術館じゃないけれど、絵画の特集があるけれど、(きょうは版画家の平塚運一だった)まあ一服の清涼剤ともいえる。

 きょうはベランダに五匹の芋虫がいて、すっかりみかんの葉っぱを食べつくしていて、もう彼らの未来はないことは明らかだった。これはもしや今の社会の表れではないか、などと思えたりもした。

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ぱくぱくと葉っぱを食べる芋虫は

上から見れば明日はない世界


 これではいけないと思い直した。

人生は明るい未来に包まれて

こころやすらぐ暮らしなりけり



 スーパーでもう一つ。



一杯の珈琲を飲んでやすらげば

暗い未来も光さすかな



 夜、家で平塚運一を日経で見たら、2018年の記事が出てきた。

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「伊豆の段々畑」(1933年)



posted by superbird at 01:33Comment(0)暮らし

『晴れると人が増える』(190613)


仕事後は梅雨の晴れ間の人出かな



 学校を出てすぐ。

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 久しぶりに月が出ていたので、ちらと見て、帰路を急ぐ。


 きょうは意外に晴れた。きょうは意外に晴れたけれど、仕事が終わってやれやれなんとか、といった気分をこころのどこかに抱え、目の前のバスの時刻を気にしながら重い荷物をかかえて歩いたり、バス停を降りれば、
「あと三分弱」などど気にしながら地下鉄駅まで走ったり、
「これじゃあ背骨の軟骨がちぢんでしまうな、あとで伸ばしておかないと」などと思いながら地下鉄の階段を駆け下りたり。

 いつもどおりきつい仕事帰りの通勤の道だけれど、地下鉄も、地下鉄を降りてからいく自転車の道路もやけに混んでいるのだった。

 きょうは梅雨の晴れ間で人出がすごいのだ。


posted by superbird at 20:30Comment(0)通勤