『ちゃんと休憩しようとすると誰とも話す時間はないな』(190710)


授業の合間にお茶を飲むことは

当たり前のようで難しい



 休憩十分の間で別棟の教室から講師控え室へ、講師控え室からまた別棟の教室へ。授業の合間に控え室で正味十分の滞在は至難のわざといえる。

 講師控え室はとても空気が悪いので、キャンパスでお茶を飲むことにした。伊藤園のお茶(ティーバッグ)をコップに入れてお湯を入れて持っていく。

 今年の前期から学習支援で毎回最後に生徒に授業の感想を書かせることになったので、どういった手順でやればいいか分からず、先日、
「(生徒にこれを書かせるのに授業の)最後に何分くらいとればいいですかね?」と聞くと、返事がなく、
「そうですねえ‥」
「十分くらいとればいいですかね?」とさらに聞くと、それでいいようなどこか生半可な口調ではっきりしないので、まあ適当にやっておこうと思った。

 化学の授業は比較的時間をうまくコントロールでき、生徒もよくいうのは、
「もう終り?!」とか、時計を見て「早い!」とか。

 笑ってばかりいてあっという間に終ってしまうのがわたしの授業である。

 しかしながら十分早く終って教室をあとにすると、ほかの先生はたいがいまだ一生懸命やっているので気が引けてしまうのだ。うしろめたさを感じながらきょうは八分くらい早く終って教室をあとにした。
「(各生徒の持っている受講票に自分のサインを入れ)これ(感想欄)を書いたら帰っていいからね」といい残して。

 学習支援の出入り口のところにはいわゆる管理者が二人いて机で仕事をしつつ出入りする人間を見ている。

 学習支援のある棟を出て、別棟の控え室に行って自分の湯飲みにお茶(ティーバッグ)を入れ、給湯室へ行ってお湯を入れ、いっけんかなり優雅にキャンパスの青空の下で休憩し、お茶をすすった。いささかのうしろめたさを感じながら。

 ふと次の五限目の授業のこと(他人の中間テストの仕方)を考えていると、その他人がきょうはもうあがりで、後ろを通って、
「おつかれさま」といって帰って行った。

 わたしは早めに授業を終えて、いわれたとおりに生徒に授業の感想を書く時間を与えている。大学のキャンパスは広いので、生徒にも移動時間がないと次の授業に遅れてしまうのだ。いっぽうこの先生は学習支援できっかり(一時間半)授業をやっていま帰って行ったわけだけれど、わたしと同じ五限目の授業の中間テストを(生徒から聞くところでは)やっていないみたいなのだ。

 この先生に限らず、大学ではどうも変わったことを平気でする先生がいるわけだけれど、そういうのはわたしはいろいろ知っているけれど、管理者たちには案外見つからないのである。(たまに見つかると大きなことになるので小さなうちに軌道修正したほうがいいと思う)

 なぜか自分は、(そうした決められた中間テストをしないという大事からすると、小さなことでしかも自分は正しいことをしているはずなのに)ものの八分早く終ってキャンパスに出てきたことが(たった一人で)いやに目立つので気になってしまうのだ。





posted by superbird at 21:23Comment(0)仕事