『晩ご飯の買い物をして帰る道(闇に気づいて帰る夜の道)』(190712)


買物は輪廻の闇の人たちに

気づいて帰る夜の道かな



 夜になって家で晩ご飯の準備をして、合間にこの記事を書いていると、買い物でやたらへばりつくように寄り添うように引っ付いてきた人たちが、買い物のあとには「輪廻の闇にいる人たち」と思えた人たちが、観音菩薩の慈悲のもと、いまはまるで一本のくもの糸(芥川龍之介の短編小説)一人が一本のくもの糸で救われようとする人のあとを追ってはい登って来る地獄の人たちのようにも思えた。

 とすれば、こういう人たちから悪しき思いや病んだ気を受けても、夜の(買い物のあとの)気功の時に思ったこと(雑念妄想)と統合してみれば、自分のいますることをだけに進んでいくことが、けっきょくは、輪廻の闇を消し去り、悪しき思いや病んだ気の影響を受けないですむことになるのではと思えてきた。

 自分のいますることをだけに進んでいくことというのは、けっきょくは、過去も未来もない、いましかないということなのだ。




注:芥川龍之介の『蜘蛛の糸』という短編小説は、お釈迦様の自らの行為による(法の下の)どこか気まぐれな救済のように描かれているけれど、仏教では、地獄の人の救済をまかされているのは例えば観音菩薩(特に千手千眼観世音菩薩)である。

 あるいは地蔵菩薩。