『きょうはくもり時々雨』(190828)

 きょうは久しぶりにネットカフェに行った。駐車場はいっぱいだったけれど、人はそれほどでもなかった。しかし一時間いて外へ出たら、のどが痛くなっていた。やはりネットカフェは不健康なところである。あるいは、社会が不健康なのかもしれないが。

 ネットカフェでコーヒーを一杯飲んだので、晩ご飯の買い物をしたスーパーでは水だけ飲んだ。

 きょうの晩ご飯はサバ弁当(半額で約200円余り)で、二三日に分けて食べるので、おそらくきょうはサバとおかずの中のしいたけを食べ、あとはもやしとトマトのサラダ、キャベツの煮物、サンマの蒲焼一匹(西友で買った)、になるだろう。

 何しろこのサバは買ってくるよりこのサバ弁当のサバが大きくて美味いのだ。

 バナナとヨーグルト(自家製は格別)をまず食べた。実は先日あるスーパーのPBのヨーグルトを買った。

 そしたら、
「こんないまずいヨーグルトがあったのか」みたいな味で、二度と食べたくないと思った。

 いまは自炊する暇があってほとんど食べ物は自炊だけれど、要は自炊に限るし、野菜も果物も自分で作るに限る。現代社会ではこれが贅沢といわれそうである。

 惣菜は化学物質だらけでそのまま食べるのはあまりにも怖い。しかし社会がそれを受け入れているので、現代人は化学物質の怖さを知らず、将来の苦しみをいませっせと溜め込んでいるといえる。

 お金に余裕があればさっさとより健康的な暮らしができるように移住するけれど、それができないのは(神聖なる永遠の命に対して)わが不徳の致す所ということだろうか。


 なぜか「こうしたらいい」「ああしたらいい」と心のどこかで気づいていても、それができないことが多いのは、人間のカルマ、社会のカルマ、国のカルマとでもいうべきもののせいだろうか。



カルマかな旅は道づれ世は地獄

輪廻の闇を打ち破るかな






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posted by superbird at 02:15Comment(0)暮らし

『法華経では苦難の時代にこそ如来は現れるという』(190827)

 きょうは昼寝前に缶コーヒーを買いに行った。プレミアムボス30缶1480円(税抜き)。ワンダモーニングショットばかりだと飽きるので、200円(モーニングショットより)高いけれど、広告を見て買いに行ったのだ。

 帰りには小雨が降ってきて、昼寝して外出する時にはもうたくさんの雨が降っていた。いつもは外で体操とかして行くけれど、きょうは建物の階段踊り場とかで体操をし、ストレッチもし、それからいつものように晩ご飯の買い物をしに行った。

 休憩でコーヒーを飲み、新聞を読むと、いつもながらにすごいことが書いてある。いわゆる、金儲け第一の人が行く地獄(幸福の科学のいうところ)みたいなところが多いような気がする。

 中国っていうのはきっとみんなうすうす気づいていることなのだろうけれど、この記事を読めば、
「外資企業を支配して将来相手の国も支配しようともくろんでいるのではないか」と思えてくる『中国の本質』という記事とか、あるいは、日銀の銀行への補助金みたいなものが、表向きのマイナス金利(銀行は日銀にお金を払っている)の裏で行われていたとか、
「ええ~っ」みたいな。

 世の中そんなものかなと。いつだって庶民は割を食うのである(後者)。同時に国を顧みるより当然のように利益第一で中国へ出ていって、結果母国を売り渡すようなベクトルを内包し、国民に見えない不安を投げかける(前者)。

 われわれ庶民は地獄の住民にならず、あるいはできるだけならず、病気にならず、平和に自由に、感謝を忘れずに生きていけるようにするには、どうしたらいいのか。

 仕事で半ば殺人的なスケジュールとでもいうべき時間に追われる生活で、休暇は遊びほうけ、気がついたら人生が終っていたみたいな、では地獄の住民になっている確率が高いのではないか?

 顔を見て幸せそうな人がどれだけいるだろう?1930年代(の大不況)に似ているという記事もこのごろよく見るようになった。


空をゆく鳥の自由の世界には

地上を思う如来のこころ





『きょうは母から電話が来たけれど人間は心配ばかりする生き物である』(190825)

 きょうはまた急に涼しくなった。きょうの涼しさに、
「ほっと」しながら、ふと思った、
「(冬の寒さが駆け足でやってきたときの)また厳しい寒さもいやだな」と。

 きょうは昼ご飯の終り、母から電話が来た。

 母の口にするのは、
「夏は暑かったなあ」ということと、「すぐ寒くなるなあ」といって寒さを心配することだった。



涼しさの中に憂える寒き冬

電話が来れば母も口にし





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posted by superbird at 00:09Comment(0)暮らし

『いつものように業務スーパーまで走って行った』(190824)

 きょうは昼ご飯のあとすぐ買い物に行った。昼寝前に買い物をすませ、昼寝をして、趣味のことなどをしようという計画だった。

 しかし夜中から朝まで洗濯をする下の階の住民が相変わらず不法に洗濯(無届クリーニング所の営業)をし続けているので、夜もよく眠れなかったりするし、昼寝の時も洗濯をして音が響いてくるので、さいきん夏バテの上の内臓の疲れかなとも思う。

 しかしきょうの下の階から臭ってきた病的な臭いからすると、下の階の人は洗濯のし過ぎで(わたし以上に)病気になっているんじゃないかと思う。

 きょうの買い物はくるみにこんにゃく、(リンゴは高いので、LAWSON100のほうが安いし、止めて)、かぼちゃが何よりの目当ての品だった。リンゴを食べているよりメキシコ産だけれど、かぼちゃを食べているほうがいいかなとも思ってしまった。リンゴは季節はずれだし。

 でもなぜかぼちゃはいま旬なのに国産のが売っていないのかな。国産のかぼちゃは高くて売れないのだろう。あるいはいままでと同じ品種のかぼちゃは利幅が少ないので世代交代しつつある若い農家の人が作らなくなったのだろう。地産地消は死語である。

 利益ばかりの追求では日本人の健康は守れないだろう。くるみもアメリカか中国産だし、魚も外国産が増えたし、国民の健康が守れず、このまま将来日本が没落してアメリカや中国の自治区になったら地産地消が復活するということもできるけれど、それは一つの悪夢ということもできるだろう。

 先進国はどこもベイシックインカムを検討しているという。格差貧困は日本だけではないのだった。それでも国力は日本ばかりが低下するのは、何かが間違っているということだろう。報道の自由が悪化していることと関係が深いとは思うけれど、このへんのところはよく考えていないのでわからない。報道の自由が悪化していても国民がよく勉強すればもう少しましだとは思うが‥‥。

 外国へ行く(旅ではなく日本脱出の)日本人は(年金暮らしの)年寄りより若い人のほうが多いという。優秀なやる気のある人、お金をかせいだ若い人はさっさと外国へ行くにちがいない。

 一つ悪いことに出会ってもやり過ごすことができたら、そのあとは順調に楽しく一日を過ごすことができる。きょうも業務スーパーの駐輪場横にいやなやつがいたけれど、上手く無視できたので、些細なことだけれど、その後は笑っていられた。

 案外世の中はこんなことの積み重ねなのだろうか。


結論は考えて何も言うなと




posted by superbird at 19:41Comment(0)暮らし

『空を見て帰ってくる』(190822)

 散歩に行く空。

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 散歩帰りの空。

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 きょうきのうと蒸し暑くてかつ蚊が多いので、二日続けて休憩で蚊に悩まされ、気功もばてたといえる。

 種の絶滅のなにがいけないかといって、それはさまざまあるだろうけれど、人にとっての害虫が増えるというのが厄介である。自然は上手くできているといえる。

 さっこん問題になっているのは、人間が原因の種の絶滅なので、要は人間が減れば(豊かな自然界を取り戻すには)いいということなのだろう、自然界にすれば。

 今年は蚊もゴキブリも多いといえる。


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posted by superbird at 02:24Comment(0)散歩

『ときどき頭がずきずきするのは熱中症か』(190821)

 久しぶりの運動で疲れたのかときどき頭がずきずきする。以前もこういうことがあったような気がするけれど、これは熱中症の症状かなとも思う。

 ずきずきがきついので、寝床ではもういつものように法華経を読めない。(開いてそれまで。)



夜になり法華経開く暇もなし





posted by superbird at 19:05Comment(0)暮らし

『本山覚王山日泰寺まで自転車で行く』(190821)

 きょうは本山からさらに覚王山の日泰寺まで行って帰ってきた。本山のキャンドゥで600円分の買い物をするのが一つの目的で、伯父さんのお墓が日泰寺にあると聞いていたので、寄ってきたのだ。

 こっちのほうは人の格がちがっているようで、アジア人みたいに並んでいる時べったり引っ付いてこないのがよかった。住むなら高級なところということだろうか。家の方ではやたらべったり人が引っ付いてくるのだ。

 常日頃日本はアジア化しているなと半ば嘆くように思っているけれど、こっちの方はそういうことはなかったというか、以前とさほど変わらない。松坂屋がなくなりマックスバリューになっていたり、いろいろ街の変化は激しいけれど。

 家に帰ってきてもう一つすぐ気づいたのは、香料のニオイがやたらきついということだった。本山や覚王山の方でこういうことはあったろうか。東山で男なのに女のニオイを発散させている若い子がいたけれど、あれはおそらく通学とかで女のニオイが付いてきたのだろう。わたしも経験がある。

 さいきん女の人が石鹸を使わないというけれど、あれはおかしいのではないか。無香料無添加の石鹸くらいは使ったほうがいいと思う。もし体のために石鹸を使わないというのなら。うちの団地の若い女の人もそうだけれど、やたら臭うのだ。


 それにしても、夜遅くなって足のモモとかが痛むのは、身体がなまっているのか、夏バテのせいなのか。きょうは曇りでよかった。




posted by superbird at 01:19Comment(0)暮らし

『法華経の方便品で明かされる仏陀の言葉の威力』(190817ころ~20)

 寝床で寝る前に読むせいか、何度も読まないと複雑である。とにかく、よくいわれているようなことがまちがいなく疑いなく、みんなの前で起きるのだぞという話があって、仏陀は詩を唱えるのである。

 こうして以心伝心、仏陀の前で縁あって話を聴くことのできるものは、みんなすべて悟りに到達してしまうのである。



法華経や仏の威力偈一頌



 たとえばの話、法華経の中で仏陀は、
『お前たちは未来において人々の幸福を願い、人々を憐れむ仏となるであろう』という。
 これを聞いたものはみな喜びの花が開く。おそらくこれが絶大なる以心伝心の始まり発端、一つのみそである。

 そして、
「この広大な教えを説いた経典を広めよう。この経典を聴いた人は仏の弟子である。この頌(偈ともいう)の一つでも心に留めるものはすべて悟りに到達すること疑いがない。」という。

 仏陀は韻文(日本語訳によっては漢詩)でもって(詩の)頌(じゅ)を唱える。言語を絶する悟りの言葉である。






注:頌(じゅ)、偈、偈陀、すべてサンスクリト語のゲーダ。(梵)gāthāの訳。
posted by superbird at 19:16Comment(0)仏教

『きょうはキャベツを買うことが大きな目標になっている』(190819)

 
 

食事して急いでキャベツを買いに行き




 おとつい業務スーパーに行ったらキャベツ一玉298円だった。驚いて帰ってきた。高すぎる。

 きのう西友でキャベツを買うつもりで行ったら158円で夜すでに売り切れだった。むなしく値札だけが残っていた。

 きょうはまだ昼過ぎ三時ころ、いつもとはちがう外出だけれど、西友まで自転車で走っていった。

 キャベツはどこにある?一玉177円だった。きのう買えればよかったのだ。
 キャベツは食べたいので迷わず買って行く。
 

posted by superbird at 00:27Comment(0)暮らし

『階段そして上り坂と山登り、いつしか聞こえるつくつくほうし』(190818)

 昼前のいつもの散歩でアブラゼミが盛んに鳴いていた。

 階段そして上り坂と山登りをすると、
 いつしか耳に遠く「ほうしつくつく」。

 つくつくほうしが聞こえてくる。



油蝉あぶらぜみ山を登れば寒蟬つくつくほうし




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posted by superbird at 01:46Comment(0)散歩

『台風が近づいたせいかセミが急に元気になること』(190815)

 大型台風10号が四国の方から本州を縦断するとかいってニュースではさかんに報道している。新幹線も東京大阪で55本(約50%)の運行、山陽新幹線は運休?

 名古屋は強風域に入っているみたいである。窓からの風は強いけれど、台風直撃の時の風よりはまし。ふつうに散歩に出かける。

 時折ものすごい音がしたりする。休憩。なんだか台風の気のせいか気功も気が硬くなった。カラスの鳴き声が奇妙である。気にせず気功を続け、耳栓をはずしたら、セミ時雨がすごいことになっていた。世界は蝉時雨一色である。

 ちょっと待てよ、散歩に来た時はセミ時雨なんてなかったんじゃないか。

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台風や台風並の蝉時雨



posted by superbird at 14:06Comment(0)散歩

『法華経を読めばこの世は仏国土』(190814)

 法華経方便品を読めば、地上は過去も未来もまるで仏国土。

 仏教でよくいわれるのは末法の世という思想(末法思想)である。いまはもちろん「釈迦の死後1,500年(または2,000年)以降の時期」であり、いわゆる「末法の世」といわれる。「仏の教えのみが存在して悟りに入る人がいない時期のこと」である。

 ところがしかしながら法華経(方便品)を読めば、(未来において)完全なる悟りに到達した過去からの無数の如来はこの世間を憐れみ、教えを説き、この世の人たちは親しく正しい教えを聞き、なんと、すべてこの上なく完全な悟りに到達するというのである。


末法といえども無数の仏の世



posted by superbird at 14:00Comment(0)仏教

『きょうは台風が来るという』(190814)

 散歩に行く空。

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 散歩に行く。疲れている。きのうの夜散歩したとき、いつもより早めだったけれど、多くの団地の窓の明かりは早々と消灯し、ほとんど真っ暗だった。みんな疲れているのだ。

 気功しても疲れはいっぱいだ。木の新芽を食べて帰ってくる。

 散歩帰りの空。西の空はよく気象衛星で見る台風のもくもくの雲の絵のような台風の雲の端みたいだった。時折風がすごい。写真を写したかったけれど、建物とか電線がいっぱいなのであきらめた。

 北の空。

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 団地まで戻ってきて見ると小さなバッタが一匹。草葉の陰に潜んでいる。

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 今年はバッタが少ない。


草陰の飛蝗を見ればお盆かな



posted by superbird at 18:55Comment(0)散歩

『散歩して気功をして帰ってくる』(190813)

 きょうもまた暑かった。帰り道、百合が公園の生け垣の隙間から茎を伸ばして咲いていた。

 写真を撮っておこう。見ていると風が吹いて揺れてしまうのだ。

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気功して揺れる二輪の百合に会い



posted by superbird at 16:57Comment(0)散歩