『自転車保険の継続』(190926)

 二年前、朝日災害保険の「ラクラクWebサイクルアシスト」に二年で加入してて、「継続しようかな?」と思ってWeb上で進んでいったら、ずいぶん値上がりしていたのでやめることにした。楽天損保に会社が買収されていて、値上がりしたようだ。

 もともと「なごや市民の自転車保険」より高かったので、次回は「なごや市民の自転車保険」にしようと思っていたけれど、やっぱり「なごや市民の自転車保険」になった。値段は一年当たり1180円でおそらく最安値だ。


GDP資本の原理嫌になり



posted by superbird at 01:35Comment(0)暮らし

『団地暮らしの苦労』(190925)

 外国人はたしかに増えて不都合なことがままあるけれど、日本人も負けず劣らず悪人化しているといえる。挨拶をしてもまったく挨拶をしない人が増えたということの一つをとっても、表に出ないけれど、潜在的な悪を見て取れるだろう。団地の雰囲気が急激に悪くなったこの二年くらいだろうか。

 また若者は若者でバイクの騒音をまき散らしたり、平気で高校生が団地内でタバコをすったり、いまもむかしも景気がいいときによく見られるそれは共通しているけれど、むかしとちがって単独犯が増えた。

 団地のルールにしろ、社会のルールにしろ、悪人と呼ばれるべき人たちは、ルールを破っていても、けっしてその罪を認めようとはしない。巧妙に言い訳をしたり「やってません」などとウソをついたり、すると自治会にしろ警察にしろ、罪人を正したり取り締まることが困難になり、けっきょく被害者たちは泣きを見る、あるいは泣き寝入りをする。団地の場合多くの人が引っ越していったり、あるいは解決しても、長く長く苦しむ住民が増えることになるのだ。

 とにかく悪人が幅をきかせるようになると、悪人がふつうになってくるので怖いといえる。


悪人が増えた団地で苦労かな



posted by superbird at 01:02Comment(0)暮らし

『久しぶりできょうはコーヒーが美味かった』(190923)

 旅行中は別だけれど、このごろ美味くなかったコーヒーが美味いときは、ひときわほっとする。体調のせいなのか、それとも、きょうは雨が降ったりしてスーパーに人が少なかったせいか。
 それとも旅行でストレス解消になったからなのか。

 コーヒーを飲みながら新聞を読んだり考え事をする幸せ。


一杯の珈琲で知る有難さ



posted by superbird at 01:16Comment(0)暮らし

『きょうは疲れることが多かったけれどおみくじは大吉で有難い一日といえる』(190920)

 きょうはあやふやだった予定を変更して、京都行きを奈良の観光に切り替えた。京都の周山からさらにその先まで行くとなると、帰りのバスの時間が遅くなって優雅に帰ってこれなくなりそう。

 きのう長谷寺へ行って聖地巡礼をたんのうしたので、きょうは奈良でまたどこかへ行こうと。

 帰りのバスは奈良交通と名鉄バスで予約ができるみたいだったけれど、一苦労二苦労で、けっきょく(奈良の窓口で)予約ができず、
「乗るときバスの運転手さんにお金をはらってください」ということになった。「席は空いてますから」と。「五分前にバスは来ますから」と。

 大和路の観光を山辺の道を歩き、バスの時間より40分くらい早く奈良駅へ帰ってきたけれど、こうしてバスの予約ができないので、バスが来るまでの時間、これ幸いといえばいえること、三菱自動車の株を買い、奈良の野菜を売っている店でお袋に野菜の種を買った。種は500円だった。

 株はナンピン買い増し、将来の年金向け、種は、
「(お袋よ)土いじりをして野菜の生長を眺め少しでも元気に長生きしてくれよ」という願いである。



 きょうの肝心の観光のことはといえば、観光案内所で、
「三輪神社へ行くんですが、その近くになにかいい神社仏閣はありますか?」ときくと、パンフレットを持ってきてくれて、三輪神社を通っているハイキングコースみたいのがあり、見ると、仏教発祥の地というものがあった。

 わたしは即座に、
「ここへ行きます」といった。
「そういうものに興味があるんでしたら」とその人はいった。何かいろいろいった。
「この道は(歩いていって)すぐわかります?」
「わかりますよ。天理よりこっちはわかりにくいですがね」


 わたしはきのうと同じ電車に乗り、三輪駅で降り、神社を目指した。

190920oomiyajinjatorii1.jpg


 大きな鳥居が駅から見えるので、そっちへ行ったのだ。鳥居のところまで来たら、記念写真を撮った。珍しく自分の写真を撮った。しかしさて神社に進んで行こうと信号を渡り、振り返ったらそれはなんと参道の始まりだった。


190920oomiyajinnjatorii2.jpg



 Uターンである。何て馬鹿な奴だろう?!と思った。ところがわたしと同じように観光らしき人たちは次々と一人または二人で歩いて来てわたしとすれ違うのだ。
「そっちはちがうよ」というべきか、それとも黙っているべきか。なぜか忠告する雰囲気ではない。しかたない。そのままにしておこう。

 少し歩いて、わたしははたと気づいた。
「待てよ、考えてみれば、参道の始まりまで来て、そこから神様のところへ行くのだから、これは正しいのではないか?」

 歩いていくと駅から右折してそのまま大神(みわ)神社へいく人もいれば、わたしの後ろから来る人もいるのである。

 歩いていくと、その先に木々の緑が増え、たしかに参道らしき入り口になってそれらしい鳥居があるのだ。

190920oomiyajinnjasandoutorii.jpg


 鳥居をくぐるときに一礼する信仰心のある人ばかりである。日本最古の神社であるけれど、熱田神宮とも三島神社ともちがう。やはり神様の性質が大いにちがうのだ。それがはっきり出ているのが由緒ある神様ということもできるのだ。

 身体を清める祠(神さま)がまずあって、そこを通り過ぎたので、みんな通り過ぎる、Uターンして立ち寄って汚れをはらい、拝殿に向かった。

「本殿は設けず拝殿の奥にある三ツ鳥居を通し三輪山を拝するという原初の神祀りの様を伝える我が国最古の神社」とある。

「ご祭神は大物主大神(おおものぬしのおおかみ)」とある。

 お参りしようと思ったら、右の方に自分で自分をきよめる設備があった。そこで玉串を振って自分をきよめるのだ。

「はらえたまい、きよめたまえ、かむながらまもりたまい、さきわえたまえ」などと唱えるのである。

 拝殿。
 
190920oomiyajinja.jpg




 (中略あとで書くかもしれない)

 山辺の道を歩いて、ついに来た「日本仏教発祥の地」、百済から使節が釈迦如来の像と経典類を持ってここに到着したのだ。

 地図で川を見ると、初瀬川である。きのうの長谷寺へ行くときに渡った川である。
「あそこからここへきているのか!」

 ここにはむかし大きな港があり、使節団がここにやってきたのだ。

 しかし発祥の地といってもお釈迦様が悟りを開いた場所でもないし、日本仏教発祥の地という雰囲気でもない場所である。大きな石碑がある。その横で寝ることにした。暇な人が平日の昼間から川で釣りをしている。一人(年寄り)はわたしの昼寝を邪魔しにきた。年寄りは近くに来ると、疲れるので駄目である。俄然そのあと疲れた。

 二人とも釣竿だけ置いて、わたしがきたと思ったらやってきて、昼寝するとすぐどこかへ行ってしまった。けれど、時間に縛られているわたしは、二人がいなくなるのと前後して再び三輪駅まで歩き始めた。来る時は小走りできたけれど、帰りは登りなので、ほぼ歩く。

 昼寝前にパンフレットを見て、あとから思うとさえない句を読んだ。さえないけれど、むかしここが大いににぎわっていたけたけれど、いまはなにもない、田舎の田んぼが広がる中に川が流れている、けれども、だた心の豊かさを感じさせる雰囲気を持っている、それと同じで、(この句は)長谷寺のあの雰囲気が、この発祥の地とどこかでつながっているような気もする、それを感じさせる句でもあるのだ。


初瀬川下って出会う発祥の地



仏教伝来の地(海柘榴市HP)より.jpg



注:「日本仏教発祥の地」は石碑や見たパンフレットには「仏教伝来の地」と書いてあった。
 桜井市のHPには、
「欽明天皇の時代に百済の聖明王の使節が訪れ、釈迦仏の金剛像一躯と経論若干巻物等を献上し、日本に仏教を最初に伝えたといわれている所」とある。
 しかし釈迦仏の像は、学者である田村圓澄著『仏教伝来と古代日本』の説明では、悟りを開く前の「太子像」ということになっている。
 つまり、悟りを開く以前、まだ出家前、この現実世界に悩む王家の子息、釈迦族のゴータマ・シッダールタが、半跏(か)思惟している像である。

 伝来の地の碑は自分の写真に写っていなかった。電池切れまじかだったので、推測するに、写らなかったようなのだ。海柘榴市のHPからもらってきた。


続きを読む

posted by superbird at 23:53Comment(0)

『人とともにいる生き物』(190919投稿は28日)

 JR奈良駅に住みついている鳩たち。本屋さんの看板文字の上にいる。

190919hatonaraeki.jpg


 桜井駅で乗り換え。いったん外へ出て戻ってくるとき駅の外壁横で見た花。

190919sakuraiekisoto.jpg


 長谷寺巡礼を終え、奈良駅に戻って改札を出てふりかえると、ひっそり目立たないように生の生きたゴムの木の鉢植えがあるのだ。

190919naraekigomunoki.jpg



奈良駅の観葉ゴムに和むかな




posted by superbird at 00:11Comment(0)

『きょうは長谷寺に行くことになった』(190919)投稿は9月21日。

 奈良へはきたけれど、どこへ行くかは決めていないので、二日目のきょうの予定を考えなければならない。きのうは歯が痛くなってしまってもう何も考えられないので、きょうは歯が少しよくなったのでどこへ行こうかという感じである。よくなったとはいえ一晩寝て朝なので痛みが少ないだけで、疲れてきたらきのうのようになってきたでは駄目である。

 ホテルで朝ご飯を食べ、部屋に戻ってやはり多少食べたりすると痛いのである。奈良駅周辺というのは東大寺とか春日山とかやはり行きたいところはあるけれど、まずは少し遠くへ行ってみようということになって、地図とか見て少しくつろいでいた。


 けっきょくどうなったかというと、それほど遠くないし、日本最大級の観音様というので長谷寺へ行くことにした。少し部屋で休憩してさていさんで駅へ行って切符を買い、改札を前にして電光掲示板を見ると、次の電車は約30分後だった。一時間に二本くらいあるみたいだ。これじゃあ駄目だな、時間がもったいない、一度ホテルへ戻って寝た。

 再び時刻を合わせ、駅へ行き、約数分前ホームに来て順調に桜井駅を目指した。知っている途中の駅は名前だけだけれど、天理、あとは名古屋ではまずないような名前の駅が次々来て、三輪という駅では大きな鳥居が見え、たくさんの人が下りていった。有名な大神神社というものがあるらしい。

 駅ホームの白い看板みたいのを見ると、その他観光名所案内で、神社仏閣は数ヶ所あるみたいだけれど、一つ一つ名前を見ていく。順々に距離が長くなっていく。これは無理だなと思った。今度きてもいいかと思ったのだ。


 次は桜井駅で、無人駅である。そこから近鉄に乗り換えて、次は長谷寺駅である。近鉄だけで来るよりJRを先に使ったほうが早いし安いのだ。320円プラス210円。

 ゆっくり電車を降り、ホームに立つ。


近鉄の長谷寺駅のホームでは

み~んみんみんみんみ~ん



 いっしょに降りた数人は先に行ってしまい、ホームにはわたし一人。ミンミンゼミのお迎えである。


 駅から十七分ということだ。

続きを読む

posted by superbird at 00:00Comment(0)

『ときどきわたしは背中が丸くなっているんじゃないかと思うことがある』(190916)

 きょうは敬老の日である。さすがに敬老の日に値する年ではないけれど、西友に買い物に行ったら、よくいる小学生の女の子がきょうもいた。それはいいのだけれど、背中を見ると、はじめて気づいた。まるで年寄りのようにふくらんでいるのだ。これはよくないな。

 小学生から見ればわたしは年寄りである。あの子はわたしに教えてくれたということもできる。



姿勢の悪い小学生を見れば

背筋を伸ばす敬老の日




posted by superbird at 00:39Comment(0)暮らし

『昼寝前の散歩(暑さ涼しさによって盛んになるのは虫だけじゃない)』(190914)

 きょうはまた暑くなった。食後の散歩は少し嫌気がさす部分もどこかにあった。暑く感じるのはきのうまでの涼しさだろうか。土曜日(で人が多いのでは?)ということもあるけれど、いっぽうでまあ暑ければ人も少なくなるだろうという希望もあるかなと。

 それにしても、外出して気分が悪くなるような人が多くなったのには閉口する部分もある。これじゃあだめだろう。もっといいところに住むべきじゃないか。いままでもさんざん思ってきたことを思い出す。

 人が多すぎるのもあるだろう、外国人が多いのもあるのかもしれない、とにかくアジア化して、人がやたらかかわってくる、引っ付いてくる、そういうもともと田舎といわれる名古屋独特の人がアジア化によってよりいっそう名古屋化しているという言い方もできるのだろうか。

 都会ほど、教育レベルが高いほど、個人という考えができてくる。戦後教育はどこへ行ったのか。いい面だってたくさんあったことがわかる。むかしから変わらない日本人の自分と他人の区別がつかないというあり方が、貧困格差で徳を失って、先祖帰りというよりいっそう悪く出ているのがさいきんの社会ではないかなと?

 さいきん何年かで人が変わったという言い方もできる。


 帰りに寄った公園、トンボが多かったのはきのうの散歩である。同じ公園でなぜかきょうはトンボはいない。

 おや、また萩の花が咲いている。きのうはトンボがたくさん舞っていた公園だが。


190913haginohanasanpo.jpg



(復活したのか?)



萩の花残暑厳しき散歩かな




注:家で、気象庁のHPを見ると29℃、これで29℃か。部屋の温度計も30℃はなかった。29点何度か。
posted by superbird at 19:31Comment(0)散歩

『仕事の時とちがって緊張感も乏しくなんとなく散歩に行く』(190913)

 散歩に行く。気功をすることが目的といえる。

 また萩の花が咲いている。

190913haginohanasanpo.jpg


 クサギの実が割れ出ている。

190913sanpoyuki.jpg



 休憩していると、ときおりなかばうつらうつらと意識が遠くなったりする。

 休憩からなかば蝉の声で目が覚めたりする。(別記事の:「蝉達が広がる宇宙で鳴いて居り」)



 昼寝前の散歩に行く。

190913hirunemaenosanpo.jpg




posted by superbird at 16:50Comment(0)散歩

『きょうの散歩は体に楽である』(190912)

 散歩の空。

190912sanposora.jpg


 散歩の休憩はアリが多くてよくかまれた。蚊もものすごく大きなのが来た。

 気持よく気功をしていたら、土鳩がすぐ横に来て、鳴き始めた。大きな声である。はじめはすぐ近くで大きな声で鳴いていたのだけれど、気にせず気功をしていたら、目と鼻の先みたいなところにきて鳴き始めたのだ。

 鳩といい小鳥といい、カラスといい、こういうことはよくある。(じゃまではある)


 散歩帰りのきのこ。

190912sanpokaerikinoko.jpg


 このごろきのこが増えた。


190912sanpokaerikinoko2.jpg


 萩の花は急に実になった。暑さが急に三日四日おそってきたので、暑さが去れば突然のように実になったのだろうか。

190912sanpokaerihaginomi.jpg



190912sanpokaeridantinoaki.jpg



 ご飯(きのうきょうとバナナとヨーグルト、クルミ、自家製パンだけ)を食べて、昼寝前の散歩。

 団地の一階に来ると、知っている人に出会った。

「こんにちわ!」
「ひさしぶりだな!」
「ええ。療養していると聞きましたが」と挨拶をしてわかった。

「一週間検査入院しとったもんで」という。
「一度病院に入ると帰れなくなる人が多いからそれはよかったですね」(実はFさんも親父もそうだった)
「おおう」と以前より小さくなった声で言った。「悪いところはないもんでよ」
「それはよかったですね!」
「おおう」と声がまた小さくなって左の肺をさすっている。

「悪いところはない」といわれたそうで安心したけれど、話していると、
「左の肺に水がたまっている」といわれ「薬でなおした」とかいう。

 じゃあ悪いところはあったんだけれど、一週間の検査入院で治ったってことだな。

 そのIさん以前は元気で歩いていたのに、杖を突くようになっていて、ぎこちなく誰かの黒い車に乗り込んでいく。

「どちらに?」とうしろからきくと、
「(病院に)薬をもらいに行ってくる」という。

 悪いところはないといっていたけれど、まだ悪いところは多少はあるのだな。わたしより十歳くらい上の人か。怖いなと思う。早く元気になるといいなと。
 Iさんは常日頃明るく屈託がなく素直で貴重なお年よりである。


 一人散歩に行く。きょうもきのうも午後から曇りがちで助かる。

 やはり萩の実を見る。

190912shirunemaenosanpohaginomi.jpg



萩の実や夏の暑さにサラバかな



posted by superbird at 19:15Comment(0)散歩

『蟻もそうだけれど蝶々もやってくる帽子』(190911)

 散歩の空。

190911sanposora.jpg



 休憩して、さて帰ろうかというとき、蝶々がやってきた。

 蝶々は置いてあった帽子にとまって動かない。帽子についているわたしの体臭がいい匂いなのだ。

190911sanpokyuukeichoucho2.jpg


 よく見ると、妖精のような足をしている。

 むかし見た英国の妖精の絵を思い出す。

190911sanpokyuukeichoucho3.jpg



 蝶々の足もすごいものがある。

続きを読む

posted by superbird at 00:00Comment(0)散歩

『暑くて疲れて性無しになっている人が多いと思う』(190910)

 人も車も人にぶつかるようにして向かってくるのは、人間が忙しいか、あるいはあまりに疲れているせいだとこのごろ気づいているのだけれど、きょうは暑さという面が大きいのだ。

 なにしろ名古屋は九月だというのに、三日連続の35度超え。

 気象庁のHPで昼間早々に調べたら、きょうは36.6℃(2時23分)、きのうは36℃(2時34分)、おとついは35.2℃(まだまし)。

 腹が立っても性無し人間たちにかかわると自分で自分を駄目にしてしまうので、一切口もきかないようにし、さっさと無視して立ち去るのが一番である。


 
しょう無しか残暑酷暑の人の群れ




posted by superbird at 01:23Comment(0)暮らし

『落ちていく国というのはこういうものである』(190910)

 きょうはいやなことがいっぱいあったけれど、一日が終わってみれば、
「まあたしたことはないか」ということもできる。

 だけどそのときはそれぞれ腹が立ったり落胆したりしたもので、人間そんなものである。

 その中の一つをメモにとって置いたので、記録しておこうと思う。イオンに晩ご飯の買い物に行ったら、先日わざわざ5%引きの日だったので、日本酒を買ったのだ。いつも買っているような1.8Lのパックの(宝酒造の)なんだけれど、きょう見たらその値段がちがっていたのだ。

 5%引きの日に値札を見ると、
「ずいぶん値上がりしたな、インフレだから仕方ないかな。5%引きだから買っておかないと、そのうち消費税で2%も上がるんだし」と買ったのだ。

 ところがきょう、値札を見たら元の値段に戻っていたのだ!
「なんなんだこれは‥」

 イオンはよくこういうことをするのだ。けっきょく5%引きなのに、計算すると、5%くらい高い値段で買わされてしまっていたのだ。大損である。

 というわけで、気分悪く家路をたどるのである。


えげつないイオンの値札に騙されし

後々来れば後味悪し




 イオンも国と一蓮托生、おそらく現場の判断でこういうことをしているのだ。これが初めてじゃないし。

 人間があらゆるところで足の引っ張り合い、奪い合い、他人を蹴落としながら生きていくという社会になってるようである。


posted by superbird at 00:58Comment(0)暮らし

『わたしもしんどくなったのだな』(190908)

 高校の先生をしていた時、F先生は、授業が一つ終って帰ってくるたびに控え室で大きな(声で?)「ふうっっ」と吐息をついていたものだ。

 わたしはいままだ夏休みというか秋休みなのだけれど、晩ご飯を作りながらいろいろしながら同じような吐息をついてしまうのだ。

    これはわたしがしんどくなったからだろうか、それとも社会がしんどくなったからだろうか。


ふうっっと大きな吐息で思い出す

高校の同僚の先生


posted by superbird at 01:23Comment(0)暮らし