『シシャモは高くなったわけだな』(200130)

 シシャモはノルウェーのほうで漁獲制限をし、流通する量が減っている。いつの間にか高価な魚になっているけれど、絶滅危惧種にも指定されている。

 毎朝とはいわないけれど、思えばけっこう朝ご飯の時に食べていた。手軽だし骨まで食べられるし。それが徐々に値段が高くなって、最近はいつの間にかほかの魚を食べるようになっていた。

 安い魚を食べるのが正解である。

 朝ご飯を作りながら、
「しかし安くて新鮮ないい魚がなくなったなあ」と嘆き節が口をつく現実でもある。

 きょうはカツオのたたきの残り物一切れだ。シシャモ一匹より大きい。うまい魚も探せばあるはずで、魚屋さんしだいという気もするが。


 それにしても数が減り、絶滅危惧種に指定してもなお人間はそれを食料にして食べている。どこか違和感があるのだ。
 シシャモは貴重な食料だから絶滅危惧種に指定して、
「(ほかの生き物たちより)早めの対策を」という意味だろうか?

 それとも人間は、
「(ある一つの)種が絶滅しようが、自分の食欲には勝てない(から売っていれば高くても)食べる」ということだろうか?

 自問自答しても明確な答えが出てこないのは、人間が作った「絶滅危惧種」という言葉が乱用され、多様化し、おぼろげに意味不明になりつつあるからだろう。

 かつてはその辺にあった雑草がいつの間にか絶滅危惧種になっていたりもする。政府日銀に背負わされた十字架は重くのしかかって、人間はそれを知って何ができるだろう?


知らぬ間に絶滅危惧種の柳葉魚ししゃも食べ



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『きょうは早く外出するので健康的である』(200129)

 きょうは団地の屋上で大きな工事があって9時から3時過ぎまで断水をする。断水もそうだし工事の音がうるさいので早く外出して、もう日中は家には帰らない予定である。

 散歩の空。

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 ところどころ雲があって青空も見えるという、よくある冬の空。

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 団地によく来るセキレイかな。団地の人が部屋で大きな音を立てるとたちまちにげていく。静かに散歩する人には鳥もなつき、野蛮な人を避けるというのが、平和な鳥の世界といえる。

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鶺鴒や心優しき姿かな



 途中、前から来た人を避けてわき道に入ると、頭上の木の中から目覚めるような鳥の鳴く声が聞こえた。



思い出すツピツピツピツピ四十雀


(「もう春だよね」といっているのだろうか)


 
 さっさと歩いて行って、いつものように休憩。

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 散歩から昼の時間に戻ってできるだけ早くいつものご飯を食べて外出。

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 ガストへ行く途中、上空を見上げたら、はるか上のほうに小さく白く飛行機が見えた。

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 ファミリーマートの優待券を使って、ドリンクバーを注文した。ふつうにコーヒーを飲んだ。新聞にパソコンも持ってきたし、ゆっくりできるかなと。

 はじめてすることというのは、調子が出るまでに時間がかかるのだった。急いで何かさっさとすればいいのに、もしかして、ここはのんびりするところなのかもしれない。何もしないでしばらくすごした。

 ようやく新聞を見たり、パソコンを動かしたりした。

 黒豆茶というのがあり、試しに飲んでみた。
「これはすごくいいな」と思った。

 内臓にやさしく天使のようにふれてくる。

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黒豆茶しばしくつろぐ時があり





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『たまに外食できるのはうっとうしいけれど幸せなこと』(200128)

 散歩の空。

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 きょうは丸井亀製麺へ天丼を食べに行く。

 前に、鳥にと買っておいた安売りの食パンを忘れずに持っていく。買ったはいいけれど、やるのを忘れてしまっていたのだ。


 今年は水鳥が少ない。オオバンが数羽。

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 鴨も来るけれど、熱心ではない。

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 ゆっくりできないのは世間と同じである。こんな時間にのんきに犬の散歩をしているのは年寄と専業主婦くらいなものだな。

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 わたしは鳥たちといっしょに過ごす時間も惜しいということだろうか、まるでそそくさと自転車でガタゴト道を行く。

 虹が出ている。

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「お好きな天ぷら一個無料」のチケット(この前来た時フリーペーパーの端についていた一枚)を使い、優待券(100×4枚)を使い、70円で食事(と記録しておく)。

 天丼の味は最高といえる。

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(ただし味わうことができたのは食事時間の半分かな)

 わたしのいるところの周囲に何となく人が集まってこっちを向いているというか、向うのほうは一人も人がいないのに、いつもこうなるのだけれど、きょう特にひどいなと思ったのは、いつのまにか近く(左前)の年寄が一人、ずう~っと斜めになって、わたしのほうを向いてうどんを食べているのだ。こっちに足を出して体を向けてそんな食べ方をするな。

 おれはお前の家族でもなければ友達でもないぞ(食事の邪魔をするなという気分になる)。

 わたしはそっち(正面)を向かないように横を向いて窓の外を見ながら食べてみても、ちがった気分、さっきまでのいつもの絶品の天丼の味も何もわからなくなるのは不思議である。


絶品の天丼食べる幸せも

人の地獄で消えていくかな




 ここでもゆっくり食事を楽しみ食後のお茶をゆっくり飲むこともあきらめ、店を出て、
「あれっ、雨が降っている」

 空は急に回復したと思っていたけれど、いつしか曇って雨が降っていた。

 わたしの自転車の横で、店内にさっきまでいた父娘の三人が帰らずにいる。じゃまである。自転車は一台しかないのに引っ付いていなくてもいいのだ(わたしなら離れているが)。父親がなにやらさとすように話しかけている。

 父親は、あどけない幼いというべきかな、まだ二三歳の娘を洗脳するように、
「将来はお父さんを養うんだよ。何々で月何万円はいるからね」とかいろいろ注文を付けていた。

 世間とはそんなものだろうか?

 けっこう豪勢な天ぷらうどんを三人で食べていたのだけれど、(なかなか裕福だなと思ったほど)、しかし食後にこういうことがあったんだな、なんて思ってしまった。たまにだけれど外食をするといろいろなことがわかる。

 アメリカは子の独立心が強いけれど、日本人の親子のつながりはいつまでも濃密ということだろうか。先ほどのわたしのほうを向いて、わたしの中に入ってくるようにしてうどんを食べ続ける爺さんも、縁者ではない、他人であるにもかかわらず、わたしに向かって濃厚につながろうとしてくる息詰まるようないやらしさを感じるけれど、それも日本人独特の、どこか陰険さにつながる「落ちるなら皆が一緒に」あるいは「いい思いをするならおれにもさせろ」というような醜さで、自分は努力せず、人に寄生して生きていこうという日本人独特の島国根性のような気がする。

 そこにはキリスト教的な奉仕の心、あるいは自立しているがゆえに自然と出てくる愛の表れとはもちろん正反対の世界があるといえるだろう。

 思い出すと腹が立つので、
「さあっ、忘れていこう」と言い聞かせて帰路につく。

 地獄で苦しむ人を救済するのは、
「千手千眼観世音菩薩、オン バザラ ダルマ キリ(ク) ソワカ」

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『行く先々気づく無礼な貧しき社会(案外昔も今も同じかなと)』(200125)


家を出てふくれっ面に睨まれて

暮らす名古屋の貧しき街角



 さいきんの女は不満をため込んで人をすぐにらみ、男は暗くどこかうなだれている。きょうも出会った女はまだ若いのにはなっから不満足げにふくれており、人が来れば目つきも悪くにらみつけている。

「何を人を(追いかけるように)いつまでもにらみつけるんだ!?」というところである。

 いっぽう若い男はとついでに書いておけば、やはり有体にいって暗い。

posted by superbird at 01:07Comment(0)暮らし

『今も昔(釈迦牟尼仏陀の時代)も邪悪な思想がはびこる』(200125)

 世の中はどうなっているんだ、という思いにとらわれるのは、寂しいことではある。

 法華経の一節に、
「福徳の少ない彼らは苦悩にさいなまれ、死を繰り返した。種々の邪悪な思想の密林の中をさまよい、62種の邪悪な思想を頼りにし、虚偽を固く守ってはばからない」
 というのがある。
「心がねじれ、高慢で、不実で、頑固で無知で愚かである」と。


現代の病は邪悪な都市化の中で

生まれ広がり人を苦しめる



 さいきん企業の不祥事がまた増えた。

 例えば、きょうの新聞の架空取引は、また東芝かと思ったけれど、それだけでもなかった。

 架空取引(2015年から)400億円。

 東芝の子会社(東芝ITサービス)を巡ってネットワンシステムが指図したらしいけれど、物が動かずお金が動いて、暗がりで誰かが損をし誰かが得をしたわけだな。

 さてそれで誰も不満がなければいいけれど、ふつうの従業員は直接的には給料が下がるわけではないし。しかし企業の株主は大損である。損した会社も、得した会社も、(会計上得しても、そこの誰かが悪いことをして金を横領しているかもしれないので会計上儲かってもその金がない)。

 後者はバレて罰金を払わされるだろうし、損した会社も社員のだれかが悪いことしてどこかから金を得ているだろうし、けっきょく得したように見えている会社も共に株価は下がり、大損するのは株主である。

 株主は誰か。大株主は、案外国民なのである。個人的に株を買って持っている人もいるけれど、日銀や年金機構が会社の大株主だからである。

 いまだに現場の社員、日本企業は社長も従業員も会社は誰のものかわかっていないので、平気で悪さをするといえる。株価が下がってその先自分たちがどういう憂き目にあうか、その責任が不明瞭なので、知らぬ存ぜぬであるな?



注:昔はそこら中に木々があって、案外密林が身近だったのであろう。だから「邪悪な思想の密林」、現代では密林に代わってさながら「コンクリートジャングルと化した都市」が身近といえるのではないかと。

『きょうの空』(200124)

 散歩に行く。

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 御嶽山が見えている。雲が多いけれど。

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 いつもこのあたりまで来るとけっこう特徴的な空に出会える。

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 散歩帰りの空。

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 夕方四時過ぎの空。

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posted by superbird at 00:00Comment(0)散歩

『土地探し家探しする大津かな(疲れたといえる)』(200122)

 きょうは琵琶湖の向こうのほうまで出かけなければならない。

 散歩も忙しい。

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 散歩の休憩は、のんびりするとカラスが邪魔しにくる。のんびりリラックスすると邪魔しにやってくる。そうそうに引き上げる。忙しさは仕事の時並みである。


 高速バスに乗って名古屋駅を目指す。

 バスを降り、歩いていくと、JR名古屋駅の方へのビルとの境目にハトたちがいた。ハトたちはたくさん、盛んに何か食べていた。こんなところで何か食べ物を撒いていく人がいるのだ。へ~っ。

 ハトたちは(こんな都会の真ん中で)元気に生きている。

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 快速で行こうと思った。特急がはじめだったけれど、特急は時刻表になかった。もっと早く来ないとだめか。

 しかし人が多すぎる。こんなに人が多いのか。

 先頭に立っていたけれど、あまりに人がたくさん急に後ろに並ぶので、
「どうする。やめるか。新幹線にするか?」

 米原まで、それともいっそ京都までだな。

 特急券を買って京都まで行くことにした。のぞみは快速よりも次々とやってくる。どれもみんな100%乗車って感じだった。これじゃあいやだな。ひかりで行くか。ひかりで行くかな。ひかりだな。

 ひかりはまるで新幹線の「ふつう」といった感じである。車内はガラガラだった。運がいいのかな。数人しかいない。

 久しぶりに新幹線からの車窓の眺め。山並みはこんなものだけれど、やはり快速とは天と地の違いがある。すぐむこうに快速電車の車内が見える。昼過ぎなのに通勤電車みたいに100%混んでいる。お金のある人とない人。余裕のある人とない人。めったに電車に乗らない人と毎日乗る人。めったにどこにも行かない人と毎日の通勤で乗る人。

 わたしはめったにどこにも行かない人なので、満員の快速で地獄を味わいながら遠出しなくても、たまには新幹線で行ってもいいだろう。

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 ふつうに新幹線を降りて在来線に乗り換え。そのまま何となく歩いていく。ちょうどいいぐわいに何とか快速という電車が来た。

 はじめてくるところではあるけれど、比叡山の坂本は行ったことがあるので、(さらに先ではあっても)多少土地勘がある。それとなく電車に乗ってうまくいった。

 どんどん走っていく。早い。頭がぼんやりしてなんとなく蓬莱という国がどこかにありそう‥‥。

 湖西線からの眺め。(左側の席に座ったので)琵琶湖は右側で見えない。左が山。山の方の土地を見に行くのだ。

 これはとんがり山(正式な名前は知らないのでいま仮にこう呼んでいる)である。

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 ホームの景色。曇り空である。東海道線から乗り換えてから、何となく雰囲気が良くなった。こういうところはいいよな。

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 家はボロボロである。安いので仕方ない。しかし解体費用とかを考えるとかなり高いと思った。鳥たちの遊び場になっていた。長く空き家のようだ。基礎は白アリさんがたくさんすぐっているな。

 その家は前住んでいた人が京大の教授みたいだった。部屋の中は本棚だらけで、残り物の本類に加え、愛教大の社会学部かなんかからの贈呈の灰皿なんかが残っていた。

 こういうものはなにか縁があるのかなと思った。もし買ったらどうしようこうしようとか。

 どうかなと腕組みして考えていたら一瞬がまるで一時間近くたっていた。
「えっ!」

 あの世の一日はこの世の三十年という説もあるけれど、まるで一瞬である。

 慌てて引き返す。

 走る。とりあえずわからなくなってはいけないので、まったく同じ道を引き返すに限る。それでも時おり間違いそうになる。

 花が咲いている。

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 走った。走った。旅に出るとこういうことが多い。電車の時刻に縛られ地獄の苦しみを味わう。走る。走る。走る。

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 来週か再来週かとりあえずもう一つまた(別の)家を見に行く(予定)。引退後の住処をどうするか。アメリカに移住しようかという思いもある。前からアメリカがいいなと時々思う。日本にて功徳を積みながら生きていくのが一番いいのではないかと思うけれど、それができなきゃ仕方ない。

 名古屋に住んでいると分かりづらいけれど、みんなアメリカや、友人の話ではタイとかハワイとかフィリピンがいいとか、いろいろ考えている。つまり誰もがこの国から脱出したいという思いが大なり小なりあるのではないかと。

 せんだっての元日産のゴーンさんの逃亡劇でも、この国の言い分はまるで北朝鮮のように独善的で、理性が欠如して、ある種情けなくもあり、怖くもあり、いやこれは日本だけではなく、世界を覆う潮流でもあるのかもしれないけれど、世界は変わったとしか言いようがない。

 国の借金を見てもこれは戦争状態の時の特徴をよく表していて、平和な日本で育ったわたしたち世代からすると、日本はやはり平和とかいうけれど、生きづらい社会になったというのが共通の認識である。

 そうはいってもわたしたちは(GDPを増やすために、それこそが国益であり社会の安定を保つには必要不可欠であり我が信条であるかのように国民をだましながらほとんど人の幸福を犠牲にして日夜努力する)政府日銀の政策を横目に、努力を重ね、それでも幸せに平和に勤勉に死なないように生きていくしかないのである。それこそがまさしく庶民にしてみれば功徳を積むことにつながるのである。


 大津まで戻ってホテルにチェックイン。疲れた。しかし晩ご飯の買い物に出かけるのだ。自家製パンは家から持ってきた。大津は買い物が不便である。100円ショップもないことは知っていたので、軽い晩ご飯である。フレスコで98円で大きなリンゴがあったので買った。HEIWADOのスーパーで138円の豆腐も買った。茄子の天ぷらも買った。半額になっていた。

 菜食主義みたいだな。これでもけっこうな晩ご飯だな。缶コーヒーもある。

 買い物の帰りに旧東海道の記念碑みたいのを見つけた。

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 もう一つ。

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 そういえば大津宿という言葉もある。

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 これは東海道ではなく木曽街道の大津。歌川広重『木曽街道六十九次・大津』(大津は70番目)。
 次は信州の土地を見に行くのでこっちの浮世絵にした。




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posted by superbird at 00:52Comment(0)

『今年の後期も無事に終わった』(200120)

 きょうは納豆がなくなっているので、どうしてもとイオンまで納豆を買いに行ったら、5%引きの日でいつもの納豆がなかった。PBの納豆でもう一つ高いのもなかった。

「やめた」という感じになって何も買わず、今度は西友まで足を延ばした。
 あんな高い(残り物の)納豆は買えない。自転車で走りながら思った。誰が買うんだろう。わたしの前にいたおばさんもじっと見ていてけっきょく諦めて去っていった。安い納豆は5%引きの日はいつも売り切れになっている。

 夜道はもう車が少なく楽である。ただ信号待ちしていたらわたしのすぐ後ろにこっそり止まって待っているやつがいて腹が立った。大きな信号でほかにあいているスペースはごまんとあるのに、わざわざ端のほうで待っているわたしのすぐ後ろに引っ付くように止まって信号待ちするな。

 気づいてすぐ離れて歩いて行って道路の近くへ行き、青になってもわたしは後ろのやつが先に行ってしまうまで待っていて、動かずゆっくり西友を目指した。こうするとたいがい急にものすごいスピードで行ってしまうのだ。さいきん人にへばりつくようにしてくる奴が多すぎるのだ。

 まずは納豆売り場を目指してまっすぐ歩いていった。
「やった」
 今度はかろうじてなんと半額になった納豆があったのだ。一つだけ。

 今晩はアジの塩焼きと、サンマの塩焼きだな。卵もあるし。これで納豆も買ったし。これで家に帰るだけ。早く帰らないとまた寝るのが朝になってしまうのだ。


後期終え買い物終えて顎が出て




注:アジは、きのう二匹297円で買った残りの一匹、サンマはきょう運よく1パックだけの残り物、三尾入って半額になっていたサンマの一尾。アジは何となく太っていて一匹二匹だけれど、サンマは細くてしっぽみたいなので尾になってしまうのだ。

posted by superbird at 18:11Comment(0)暮らし

『きょうはきょうで特徴があるといえる』(200118土曜日)』

 きのうは遊ぶ人が多かった。きょうは、晩ご飯の買い物の時だけれど、衝撃的だったのは、わたしより十か二十くらいも若いのに極端に肌が病んで老け込んでいる人にやたら出会うのだった。

この頃は無知で身勝手を積み重ね

老け込む若きらに出会うなり


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posted by superbird at 01:49Comment(0)暮らし

『WIN7の更新がいっかな進まないので暇を見つけてつらつら書くこと』(200114)

 きょうはWIN7の更新最終日なので、なんとか更新を成功させようと、ネットカフェまで行くことにした。何度もやっているのにうまくいかないのだ。最終日が近くなって皆が集中してアクセスするのでうまくいかないのかな?

 USBも「I/Oデバイスエラーが発生したため、要求を実行できません」となって書き込みができなくなった。自分のパソコンではこういうことはまだ一度もないけれど、学校やネットカフェなど、外のパソコンを使っているときにUSBが壊れることがもう数度くらいある。

 パソコンの世界は疲れることが多いといえる。



 散歩のあとはいそいで食事をすませ、大曽根(DINOS CAFE)まで出かけていった。ここでもやはり延々と更新の時間が過ぎていく。手持無沙汰なので、この記事を書いたり昼寝をしたり、雑誌をながめたり、コーヒーを飲んで、ペパーミントティーを飲んだり、‥‥。

 TVでもやっていたけれど、
「WIN7がまだ使えるのにメーカーがサポートを終了って勝手じゃないですか」とふくれているアナウンサーがいた。

「たしかにそれは一理ある」メーカーは金儲けしたいがために新しいまるで派手な(装飾ばかりの)パソコン(OS)を出してくるのだ。前の質素なXPだってわたしには十分使える。

 でも「古いパソコンはセキュリティーが云々」というメーカの言い分を聞けば一番悪いのは、
「悪意のあるハッカーたち」ではないのか?

 まずはマイクロソフトもおまわりさんも徹底的に悪意のあるハッカーを退治するべきで、消費者に負担をかぶせるのはいかがなものか?それができないなら、必死になってXPでもWIN7でもいつまでも使えるようにサポートをすればいいのだ。

 シリコンバレーでもシンセンでも、頭のいい人たちは五万といるはずなのだ。もちろん彼らはもっと大金持ちにもっと大金持ちにとなることを夢見ているので、そういう地味で大して大金持ちにはなれない作業には没頭しにくい。

 だったら世のため人のため、どこかの政府や組織がお金を出して慈善活動をしたらどうか。宣伝効果抜群である。昨今の社会が悪くなっている一因は、ネットの世界、パソコンの世界が身勝手で消費者に時間とお金の負担をかけ、それがもとで金儲けしようというシステムになっていて、ネットじゃない世界までそうなってきて、人心が乱れる大きな原因になっている気がするからだ。

 人は昔も今も夢を見る。多くの人は大金持ちになることを夢見るものだ。そうすると、その大金持ちのすることを尊敬するようになる。これはよくない兆候だよ。今の社会では。

『昼の散歩』(200213)

 きょうは成人の日で、いつも成人の日は寒くなるように、やはり今日もきのうまでと比べて冷える。

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 散歩道にあった橙色の木の実。

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木の実には自由の空がよく似合い


posted by superbird at 00:00Comment(0)散歩

『物質化が進んで暮らしは便利になったような、そうでないような』(200111)

 物質化が進んで暮らしは便利になったような、そうでないような。さいきん便利というより物に対して腹が立つことが多い気がする。ところで物とは石ころだろうか。そういう面もあるけれど、物は人間が作っているんだな。

 人間は何か。昨今の人間に心はあるだろうか?

 昔は物を大切にということが当たり前だった。しかし今はいつの間にかちがってきてしまっている。

 日本人は物にも心があるかのように扱ってきたのだ。しかしこのごろのネットにつながった物や機械やらは、その例としても、あるいはそこらへんの喋るエレベーターにしても、人間にとって何が便利なのか、わからないような物が多すぎるのだ。



物質化が進んで人が物になり

物が人を馬鹿にするようになった


posted by superbird at 01:32Comment(0)暮らし

『やはり暖冬かなと』(200111)

 ベランダのジャスミンにまた新芽が出てきた。

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 少し前(もう昨年の冬?)にも一度こういうことがあったけれど、いつの間にかなくなっていて、また新芽が出ていた。


暖冬か異常気象かジャスミンの

新芽は吹けば枯れてまた吹き



『散歩の空』(200110金曜日)

 雪をかぶった御嶽山を見ていく。

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 散歩の空。

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 散歩の休憩は、ときおりこころせわしく、世のお金にかかわるあれやこれやの忙しさがあった。

 それらを忘れてほっとする。


 散歩帰りの空。

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『きょうは丸亀製麺に天丼を食べに行く』(200106)

 体調が悪くないし、ちょうどいい頃合いの時間だったので、優待券を使って丸亀製麺に行く。

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 かき揚げばかりである。野菜と小エビとかいうもので、あととろろと生卵とふつうのごはんで540円だった。

 キャッシュ40円を払い、天つゆとかねぎ(少ししかなかった)とか、ゴマやしょうがを取って、席を探す。店に入ったころから目をやって探しているわけだけれど、ようやく妥協できる席を決めてそろりそろりとお盆を手に着席。

 旨いとしかいいようがない。


人を避け天丼食べる旨さかな



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posted by superbird at 23:00Comment(0)暮らし