『土地探し家探しする大津かな(疲れたといえる)』(200122)

 きょうは琵琶湖の向こうのほうまで出かけなければならない。

 散歩も忙しい。

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 散歩の休憩は、のんびりするとカラスが邪魔しにくる。のんびりリラックスすると邪魔しにやってくる。そうそうに引き上げる。忙しさは仕事の時並みである。


 高速バスに乗って名古屋駅を目指す。

 バスを降り、歩いていくと、JR名古屋駅の方へのビルとの境目にハトたちがいた。ハトたちはたくさん、盛んに何か食べていた。こんなところで何か食べ物を撒いていく人がいるのだ。へ~っ。

 ハトたちは(こんな都会の真ん中で)元気に生きている。

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 快速で行こうと思った。特急がはじめだったけれど、特急は時刻表になかった。もっと早く来ないとだめか。

 しかし人が多すぎる。こんなに人が多いのか。

 先頭に立っていたけれど、あまりに人がたくさん急に後ろに並ぶので、
「どうする。やめるか。新幹線にするか?」

 米原まで、それともいっそ京都までだな。

 特急券を買って京都まで行くことにした。のぞみは快速よりも次々とやってくる。どれもみんな100%乗車って感じだった。これじゃあいやだな。ひかりで行くか。ひかりで行くかな。ひかりだな。

 ひかりはまるで新幹線の「ふつう」といった感じである。車内はガラガラだった。運がいいのかな。数人しかいない。

 久しぶりに新幹線からの車窓の眺め。山並みはこんなものだけれど、やはり快速とは天と地の違いがある。すぐむこうに快速電車の車内が見える。昼過ぎなのに通勤電車みたいに100%混んでいる。お金のある人とない人。余裕のある人とない人。めったに電車に乗らない人と毎日乗る人。めったにどこにも行かない人と毎日の通勤で乗る人。

 わたしはめったにどこにも行かない人なので、満員の快速で地獄を味わいながら遠出しなくても、たまには新幹線で行ってもいいだろう。

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 ふつうに新幹線を降りて在来線に乗り換え。そのまま何となく歩いていく。ちょうどいいぐわいに何とか快速という電車が来た。

 はじめてくるところではあるけれど、比叡山の坂本は行ったことがあるので、(さらに先ではあっても)多少土地勘がある。それとなく電車に乗ってうまくいった。

 どんどん走っていく。早い。頭がぼんやりしてなんとなく蓬莱という国がどこかにありそう‥‥。

 湖西線からの眺め。(左側の席に座ったので)琵琶湖は右側で見えない。左が山。山の方の土地を見に行くのだ。

 これはとんがり山(正式な名前は知らないのでいま仮にこう呼んでいる)である。

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 ホームの景色。曇り空である。東海道線から乗り換えてから、何となく雰囲気が良くなった。こういうところはいいよな。

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 家はボロボロである。安いので仕方ない。しかし解体費用とかを考えるとかなり高いと思った。鳥たちの遊び場になっていた。長く空き家のようだ。基礎は白アリさんがたくさんすぐっているな。

 その家は前住んでいた人が京大の教授みたいだった。部屋の中は本棚だらけで、残り物の本類に加え、愛教大の社会学部かなんかからの贈呈の灰皿なんかが残っていた。

 こういうものはなにか縁があるのかなと思った。もし買ったらどうしようこうしようとか。

 どうかなと腕組みして考えていたら一瞬がまるで一時間近くたっていた。
「えっ!」

 あの世の一日はこの世の三十年という説もあるけれど、まるで一瞬である。

 慌てて引き返す。

 走る。とりあえずわからなくなってはいけないので、まったく同じ道を引き返すに限る。それでも時おり間違いそうになる。

 花が咲いている。

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 走った。走った。旅に出るとこういうことが多い。電車の時刻に縛られ地獄の苦しみを味わう。走る。走る。走る。

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 来週か再来週かとりあえずもう一つまた(別の)家を見に行く(予定)。引退後の住処をどうするか。アメリカに移住しようかという思いもある。前からアメリカがいいなと時々思う。日本にて功徳を積みながら生きていくのが一番いいのではないかと思うけれど、それができなきゃ仕方ない。

 名古屋に住んでいると分かりづらいけれど、みんなアメリカや、友人の話ではタイとかハワイとかフィリピンがいいとか、いろいろ考えている。つまり誰もがこの国から脱出したいという思いが大なり小なりあるのではないかと。

 せんだっての元日産のゴーンさんの逃亡劇でも、この国の言い分はまるで北朝鮮のように独善的で、理性が欠如して、ある種情けなくもあり、怖くもあり、いやこれは日本だけではなく、世界を覆う潮流でもあるのかもしれないけれど、世界は変わったとしか言いようがない。

 国の借金を見てもこれは戦争状態の時の特徴をよく表していて、平和な日本で育ったわたしたち世代からすると、日本はやはり平和とかいうけれど、生きづらい社会になったというのが共通の認識である。

 そうはいってもわたしたちは(GDPを増やすために、それこそが国益であり社会の安定を保つには必要不可欠であり我が信条であるかのように国民をだましながらほとんど人の幸福を犠牲にして日夜努力する)政府日銀の政策を横目に、努力を重ね、それでも幸せに平和に勤勉に死なないように生きていくしかないのである。それこそがまさしく庶民にしてみれば功徳を積むことにつながるのである。


 大津まで戻ってホテルにチェックイン。疲れた。しかし晩ご飯の買い物に出かけるのだ。自家製パンは家から持ってきた。大津は買い物が不便である。100円ショップもないことは知っていたので、軽い晩ご飯である。フレスコで98円で大きなリンゴがあったので買った。HEIWADOのスーパーで138円の豆腐も買った。茄子の天ぷらも買った。半額になっていた。

 菜食主義みたいだな。これでもけっこうな晩ご飯だな。缶コーヒーもある。

 買い物の帰りに旧東海道の記念碑みたいのを見つけた。

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 もう一つ。

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 そういえば大津宿という言葉もある。

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 これは東海道ではなく木曽街道の大津。歌川広重『木曽街道六十九次・大津』(大津は70番目)。
 次は信州の土地を見に行くのでこっちの浮世絵にした。




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posted by superbird at 00:52Comment(0)