『きょうは晩ご飯の前に桃を食べた』(170813)

 公園で寝て、夜晩ご飯の買い物をし、再び公園で休憩した。できるだけ人のいないところへ避難する。人間はたいがいみんな霊にとりつかれている。といっていい。

 人間とかかわるということは、悪霊であれ善の霊であれ、自由でない世界の息苦しさを知ることである。学校で教育者として生徒と接するときは、よりよい人間、善なる世界へ導くための霊的な存在となって仕事をしている。ということができる。

 これは善なので楽しい。

 いまは夏休みである。自由な世界をわたしは知っている。と思っている。これはふだんと比べてといえば相対的なものである。そうであるなら自由な世界は方便である。と思っていただいてかまわない。

 もらいもの(株主優待)なら高価な桃も食べられるけれど、ふだん桃を自分で買って食べることはできないものである。

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