『雨のち晴れの気持よい空気の中に悲しみがあり』(180910)

 きょうは無気力といえる。一ヶ月前に歯医者で切開したところの傷がまだ治らない。大きく笑うと古傷が開いてまた血が出るみたいなので、きのうから素直に笑えなくなったのがひとつの原因かな。

 旅行もなんか行く気になれないのもそれかなと。

 きょうの散歩は雨が降った。休憩していると、激しく降った。まっすぐ下に降る激しい雨だった。

 雨が降るとカラスが来ないのがいい。人間も来ない。

 静かに休憩である。

 このごろは世界平和のお祈りである。


 外出の空は晴れてきた。

 きょうは無気力で風呂に入ったあとは、横になって本を読んだ。

 本を読むと言っても軽い禅の基本を書いた文庫(花山という人の)で、時間がなくてすぐに起きて外出になった。

 きょうは絵を描こうと思って準備をして外出。準備も大変なのだ。

 あとはいつもどおりの日常かな。


 それにしても天気が急回復して無気力なのは変といえる。

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 人間は環境を大切にするべきである。腸内細菌が健康に影響することはもう皆さん知っている。植物のたくさんいる所に住むと腸内環境がよくなるのだ。

 逆に化学物質は基本的にだめである。

 ネットカフェで新聞などを読んで、スーパーにいくと、ワーファリンの副作用で、多くの人が消化管の出血で入院しているという事実を知った。うちの親父も入院して亡くなるはじめのきっかけが十二指腸からの出血で、ワーファリンを飲んでいたので悲しくなった。

 わたしは薬漬けみたいな親父のことを考えると、何度も薬を見直すことを提案しようとしていたけれど、それを見透かすように母親が(父のことを思って)、
「ワーファリンは止められんね」と言うので躊躇していた。

 入院している親父を見舞って(はじめで最後)話した時も、思わず口から、
「うまい納豆を食べてろ」と言ったけれどそれは正しかったし、もう遅かったのだ。

 またその日わたしは一人一晩病室についていて、翌日までに十二指腸からの出血が止まったので、一か八かで家に返したらどうかと思ったけれど、(そんな無茶なことは)家族が反対するのは明らかだと思われて言い出せなかった。

 そうしたことがあったので、「ワーファリンの副作用で、多くの人が消化管の出血で入院している」という事実を知って悲しくそして悔しくなった。

 自分の無力と親父のカルマ、いまは親父の冥福を祈るばかりである。


人の世は雨のち晴れの気持よい

風の中にも悲しみがあり




 帰宅前に寄った公園のトイレでは、一人の年寄りが一つしかない蛇口を占領して、体を洗っていた。



公園のトイレに寄れば諦めて

世の貧困を眺めて帰り



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