『きょうは蒸し暑かったけれど』(200626)

 散歩に行く。

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 きょうは蒸し暑いけれど、休憩していると、ごくたまに風が涼しかったりもした。直射日光は避けて木陰を選ぶけれど、紫外線はきっと強いのであろう。

 皮膚がんも、皮膚がんでなくても皮膚の疾患には注意が必要だ。なにしろ今まで平気で直射日光の下でいろいろしてきたし、休憩するのだって太陽を気にせず寝ていたりもしていたものだから。


 散歩帰りは池で一羽の水鳥を見つけた。水中に潜って盛んに何か食べているのだ。わたしもこれから食事の準備をするけれど、人がいないので、近寄って見ていた。

 一羽しかいないのでまるで池を独占して自由に食事を楽しんでいる。

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気持ちよく水と戯れ食事する

川鵜が一羽で生きているかな



 空は相変わらずといえる。

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 きょうは郵便局に用があるので、食事をしたら十分ほど休憩し、出かけていった。

 記念切手を貼って送ろうとしたらなんと一枚もないので驚いた。ふつういろいろなのがあまっていて、適当に選んで貼ることができるのだ。

 なぜかな?

 クレジットカードのお金(ほとんど食費など生活費)も入れ、銀行のATMで家賃も払い、家に戻ってきた。めんどうくさいので家賃は二か月分払ったのでお金がなくなった。

 人間は生き物としてのにおいを捨て、化学物質の臭いで体を包んで自分の病気を隠している。いくら抗菌剤や香料で隠しても、病気の空気はその人の周囲をおおっているのだ(すぐわかる)。

 そういうことをして隠しても、逆に余計病気は悪くなるし、他人に大なり小なり(病気を)うつしているので早くやめた方がいい。

 こうしてみると人間はまずは隠し事をせず、自分の素の姿と向き合うことが必要だと気づく。それじゃあ人前に出られないというかもしれないけれど、上に考察したように、余計病気は悪くなり、他人さまにも迷惑をかけ、これでは社会が病人だらけになっていく(もうなっているともいえるけれど)。

 自転車で帰る。(いっぽう自分は)早くいい土地を見つけろよと。そして一人で暮らしていけよと(ずう~っと前から同じことを考えているな)。健康な人間は(こんな時代は)一人で生きていくものではなかろうか?

 家に帰って来て見る空(北)。

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 帰宅してしばらく、急に雷雨になった。名古屋の南西では激しい雨になっているという。


俄雨隠れた功徳の有難さ




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