『きょうは雲が多く蒸し暑かったけれど夜にはきょうもありがたい雨が降った』(200627)

 散歩の空。

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 きょうはかぼちゃとしょうがを買わないといけないので、散歩から帰るとゆっくりする暇もなくご飯を食べて、数分横になって出かけていった。

 扇風機のタイマーが効かなくなってしまったので、回しっぱなしである。

 相変わらず空の雲は多く蒸し暑そうである。

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 わざわざ業務スーパーまで出かけていった、にもかかわらず、店内生鮮食品売り場は一変していて、いままでと商品が違うのであっけにとられた。

「あれっ」

 かぼちゃがない。しょうがもない。いやあった。おあぼちゃは今までのように半切れまたは一玉で売っていなくて、1/4カットになっていて、値段も明らかに高い。まったく。ここまで来てこれではな‥。

 よくみると、
「なんなんだこれは?」鹿児島産のカボチャは高級かもしれないけれど、「なぜ『岐阜めぐみの会』の商品なのだ?」

 ふざけたことをするなよ、といいたくなった。今までのかぼちゃやしょうがはどうしたのだ?「岐阜めぐみの会」が仕入れた鹿児島のかぼちゃを高く買わせるなよ。

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 帰り道腹が立った。こんなにインフレになるんだったら、本当に早く自分の土地を手に入れてかぼちゃくらい簡単に作るし、薬草茶や薬草酒だってその辺の雑草でいくらでも作ってしまうんだ。

 アルコールは業務スーパーまで行く必要なんてない、西友とかイオンで買って漬ければいいんだ。酒のビックだってあるんだし。

 自転車のかごには高くて驚く鹿児島のかぼちゃに、やはり「岐阜めぐみの会」の高知産のしょうが(これも高級な袋に入っていて以前と比べめっぽう高い)、それから‥。

 これじゃあ西友で買った方が時として安いかもしれないのだ。いちばん理解できないのは、愛知県にいて岐阜の農業関係の団体の商品を買わされるということだ。小売は物流が命というけれど、消費者にいろいろな中間の、差額の金を転嫁させる行為がまことに腹立たしい。


 家でふとネットで確認し、アマゾンでまとめて安く買う選択肢もあるのだと分かった。一安心ではある。

 きょうはその後西友へ行ったら予定のバナナも売り切れで三倍もする(台湾産)バナナだけが残っていた。

 公園で新聞を読んでいると雨が降ってきた。新聞には、野菜類の値段が高止まりだとか、庶民の生活必需品が高くなっていて、この傾向は当分続くとか、そんな話が小さく載っていた。少し前、外食が営業自粛などで商品が売れず困っていて、野菜もタダで配っているというニュースもあったけれど、名古屋ではそういう話はなかったし、とにかくインフレ一辺倒といっていい。

 年を取るとお金の話が多くなる。若いころは勉強と趣味だけという感じだったけれど、将来のことはなにも考えずにやっていた。将来のことを考えずにやって来たから、いまこうしてお金のことを考えるようになったのか、それとも時代が悪魔的なのか?

 なにしろわたしが高校生の時代には、郵便局の金利が1割くらいはあって、2000万円貯めれば金利で暮らしていけるという時代だったのだ。今はマイナス金利。出口戦略は見えないし、やはり悪魔的な時代背景が庶民の暮らしを破壊しているというほうが正しいのだろう。

 世界をおおいつくそうとしているのは人間の欲望を是とするがゆえの不可解な経済政策である。


 雨はすぐ止んだので、さらに別の公園へ行って、体を鍛えて休憩していると、また雨が降ってきた。

 今度は本降りになった。

追記

買物し山菜採っていく帰り道



有難き道が広がる夜の雨


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