『いろいろあれば決心もつくというものである』(200726)

 きょうの晩ご飯の買い物は、いつものように急いだ。なにしろいつもながら時間がないので。しかしお客の不自然な動きとかが目について、引っ付いてくる人はいなかったので良しとすべきなのだけれど、それがゆえにだったのか、
「なんなんだ(あの人)」という怪しいともいいえるような感じの人が気になった。

 そういえば、昨年、一昨年と肉体労働者で、近づきたくないような人たちが目立った。今は力なく、衰えて、心すさんだような人が目立つ。どちらにしても関わりたくないので、急いで帰るのだけれど、きょうはフロアーのあちこちが悪臭漂う状態で、うんざりしてしまうのだった。

 この国は歴史が深いので、つまり国がお年寄りなので、世界的に激変進歩する新しい社会の変化についていけない。かといって英国だって深い歴史を誇っている国だけれど、政策を見ていると、けっこううまくやっていて、少なくと努力している国民を見る限り豊かに暮らせて行けている。

 こうなったらアメリカも日本も世界中が鎖国になった方がいいのではないかとさえ思う。この国の教育の遅れは、(きょうの日経新聞を見ると)低所得国並になっている。

 少子高齢化とかいうけれど、それが問題ではない気がするのだ。この国の落ちぶれようは。


夜になり悪臭漂うスーパーを

急ぎに急いで後にするなり




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