『きょういちばん驚いたのはシュディングといってワクチンを打つほど魔人が増えるということ』(240609)


 きょうは天気が悪そうだった。起きてすぐ窓の外を見たのだけれど、雲が薄く厚く覆っているようだった。

 コーヒーを飲んで新聞を見るけれど、空気が悪いのには閉口である。シュディング(きょう散歩の休憩のときにわかったこと)というものがあって(言葉のこと)、ワクチンを打った人から出てくる毒物のことをいっている、これがじつはいますごいので、すぐ感染してしまう。頭が痛くなったりのどがやられたり、胸が苦しくなったり、すぐである、そして、空気がいいところに避難が必要、という感じで可能なら移動する。

 これはシュディング(いまはやりの言葉)のせいだったのだ、ということに気づいて、納得したけれど、うれしくはない現実悪夢である。納得しても改善はしない、自分の思っていたことがたしかにあるのだということを確認するだけ。

 病院の関係者は当然コロナワクチンをたくさん打っているので、病院に行くと、シュディングによって、コロナの諸症状が一気呵成に顕現し、ほとんど再起不能になった人もいるようで、ワクチンの闇というべきものが、着実に濃厚に密度を増しながら、社会の底層を音を立て濁流となって、まるで社会基盤を崩壊へといざなうように、流れている。

 シュディングというあってはいけないことは、インフルエンザワクチンのころから、いわれるようになったようで、高校教師時代、
「むかしは春風邪とかあってもふつう冬だけだったのが、いまは年中風邪が流行っている」といってわたしが生徒にいったことは、インフルエンザワクチンのシュディングのせいだったのではないかと思ったのだった。

 つまりワクチンを打つと、ウイルスを周囲に発散、放出、ワクチンを打っていない人に感染させて、結果的に、インフルだろうとコロナだろうと、ワクチンを打つほど病気が収束しないという、まるで喜劇みたいな社会が出来上がってしまっているのである。


ワクチンを打てば打つほどインフルも

コロナもいっそう深刻化する




ワクチンも遺伝子治療も人間を

病魔にそして魔の親にする


毒まみれシュディングまみれの毒まみれ

病魔が乗っ取る人の行く道



 きょうも救急車が多いけれど、音は聞かないで新聞とか読んで、出かけていく。

 散歩の空。

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 きょうは一面雲という感じで、雨が降ってもおかしくないようでもある。

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 人さまはどうか知らないけれど、わたしの行く道は、見れば、
「まだいい」という感じであった。


 散歩道の花。

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 明るい花があれば、こういう曇り空の日には心惹かれるということだろうか。

 歩いていって、ふと一枚の虫食いみたいな葉っぱの上で(なかば擬態)、一匹の昆虫が休んでいるのか、むしろただ佇んでいるのだった。

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叩頭虫こめつきむし人が来てもまだ今は安心




叩頭虫こめつきむし行く所みな当然に

道理なりけり安心であり




 休憩のとき、身体を鍛えていたけれど、キノコに目がいった。

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半月のようなキノコが足元に見え



 見ていると、どうやら、細かいクズのようなものが下に出ていて、虫食いもあるようだった。


虫食いの半月茸が見えるかな



 きょうは雨が降った。休憩していて、雨に一度びしょ濡れになった。

「これは止むな」と少しして思ったので、そのままにしていた。

 いま人間社会は、気づかなくても、人間ははみんな、いままでになかったような病魔によって蝕まれている。さまざまにそれぞれ疲れている。有りえないような事故も起こったりする。ふつう以上にガンや心臓疾患、腎臓病などになって死んでいく人も多くなっている。

 そんなふうに思えたりして、政府官僚サロンの土下座が最低でも必要になってきたのかな、と、
「厚労省死んだな」とか、つい口をついて出たりもするのだけれど、――。


雨に濡れ体が冷えた休憩を

終えれば今日も死の世界かな



 これを書く段になって、もうきのうのことは書けない(時間がない)ということになり、きのう見た花を載せておくことにした(自分も見ておきたいから)。

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 こっちはきのう、散歩道で見た花。

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花びらが自分の中で握手している




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