『きょうは疲れることが多かったけれどおみくじは大吉で有難い一日といえる』(190920)

 きょうはあやふやだった予定を変更して、京都行きを奈良の観光に切り替えた。京都の周山からさらにその先まで行くとなると、帰りのバスの時間が遅くなって優雅に帰ってこれなくなりそう。

 きのう長谷寺へ行って聖地巡礼をたんのうしたので、きょうは奈良でまたどこかへ行こうと。

 帰りのバスは奈良交通と名鉄バスで予約ができるみたいだったけれど、一苦労二苦労で、けっきょく(奈良の窓口で)予約ができず、
「乗るときバスの運転手さんにお金をはらってください」ということになった。「席は空いてますから」と。「五分前にバスは来ますから」と。

 大和路の観光を山辺の道を歩き、バスの時間より40分くらい早く奈良駅へ帰ってきたけれど、こうしてバスの予約ができないので、バスが来るまでの時間、これ幸いといえばいえること、三菱自動車の株を買い、奈良の野菜を売っている店でお袋に野菜の種を買った。種は500円だった。

 株はナンピン買い増し、将来の年金向け、種は、
「(お袋よ)土いじりをして野菜の生長を眺め少しでも元気に長生きしてくれよ」という願いである。



 きょうの肝心の観光のことはといえば、観光案内所で、
「三輪神社へ行くんですが、その近くになにかいい神社仏閣はありますか?」ときくと、パンフレットを持ってきてくれて、三輪神社を通っているハイキングコースみたいのがあり、見ると、仏教発祥の地というものがあった。

 わたしは即座に、
「ここへ行きます」といった。
「そういうものに興味があるんでしたら」とその人はいった。何かいろいろいった。
「この道は(歩いていって)すぐわかります?」
「わかりますよ。天理よりこっちはわかりにくいですがね」


 わたしはきのうと同じ電車に乗り、三輪駅で降り、神社を目指した。

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 大きな鳥居が駅から見えるので、そっちへ行ったのだ。鳥居のところまで来たら、記念写真を撮った。珍しく自分の写真を撮った。しかしさて神社に進んで行こうと信号を渡り、振り返ったらそれはなんと参道の始まりだった。


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 Uターンである。何て馬鹿な奴だろう?!と思った。ところがわたしと同じように観光らしき人たちは次々と一人または二人で歩いて来てわたしとすれ違うのだ。
「そっちはちがうよ」というべきか、それとも黙っているべきか。なぜか忠告する雰囲気ではない。しかたない。そのままにしておこう。

 少し歩いて、わたしははたと気づいた。
「待てよ、考えてみれば、参道の始まりまで来て、そこから神様のところへ行くのだから、これは正しいのではないか?」

 歩いていくと駅から右折してそのまま大神(みわ)神社へいく人もいれば、わたしの後ろから来る人もいるのである。

 歩いていくと、その先に木々の緑が増え、たしかに参道らしき入り口になってそれらしい鳥居があるのだ。

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 鳥居をくぐるときに一礼する信仰心のある人ばかりである。日本最古の神社であるけれど、熱田神宮とも三島神社ともちがう。やはり神様の性質が大いにちがうのだ。それがはっきり出ているのが由緒ある神様ということもできるのだ。

 身体を清める祠(神さま)がまずあって、そこを通り過ぎたので、みんな通り過ぎる、Uターンして立ち寄って汚れをはらい、拝殿に向かった。

「本殿は設けず拝殿の奥にある三ツ鳥居を通し三輪山を拝するという原初の神祀りの様を伝える我が国最古の神社」とある。

「ご祭神は大物主大神(おおものぬしのおおかみ)」とある。

 お参りしようと思ったら、右の方に自分で自分をきよめる設備があった。そこで玉串を振って自分をきよめるのだ。

「はらえたまい、きよめたまえ、かむながらまもりたまい、さきわえたまえ」などと唱えるのである。

 拝殿。
 
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 (中略あとで書くかもしれない)

 山辺の道を歩いて、ついに来た「日本仏教発祥の地」、百済から使節が釈迦如来の像と経典類を持ってここに到着したのだ。

 地図で川を見ると、初瀬川である。きのうの長谷寺へ行くときに渡った川である。
「あそこからここへきているのか!」

 ここにはむかし大きな港があり、使節団がここにやってきたのだ。

 しかし発祥の地といってもお釈迦様が悟りを開いた場所でもないし、日本仏教発祥の地という雰囲気でもない場所である。大きな石碑がある。その横で寝ることにした。暇な人が平日の昼間から川で釣りをしている。一人(年寄り)はわたしの昼寝を邪魔しにきた。年寄りは近くに来ると、疲れるので駄目である。俄然そのあと疲れた。

 二人とも釣竿だけ置いて、わたしがきたと思ったらやってきて、昼寝するとすぐどこかへ行ってしまった。けれど、時間に縛られているわたしは、二人がいなくなるのと前後して再び三輪駅まで歩き始めた。来る時は小走りできたけれど、帰りは登りなので、ほぼ歩く。

 昼寝前にパンフレットを見て、あとから思うとさえない句を読んだ。さえないけれど、むかしここが大いににぎわっていたけたけれど、いまはなにもない、田舎の田んぼが広がる中に川が流れている、けれども、だた心の豊かさを感じさせる雰囲気を持っている、それと同じで、(この句は)長谷寺のあの雰囲気が、この発祥の地とどこかでつながっているような気もする、それを感じさせる句でもあるのだ。


初瀬川下って出会う発祥の地



仏教伝来の地(海柘榴市HP)より.jpg



注:「日本仏教発祥の地」は石碑や見たパンフレットには「仏教伝来の地」と書いてあった。
 桜井市のHPには、
「欽明天皇の時代に百済の聖明王の使節が訪れ、釈迦仏の金剛像一躯と経論若干巻物等を献上し、日本に仏教を最初に伝えたといわれている所」とある。
 しかし釈迦仏の像は、学者である田村圓澄著『仏教伝来と古代日本』の説明では、悟りを開く前の「太子像」ということになっている。
 つまり、悟りを開く以前、まだ出家前、この現実世界に悩む王家の子息、釈迦族のゴータマ・シッダールタが、半跏(か)思惟している像である。

 伝来の地の碑は自分の写真に写っていなかった。電池切れまじかだったので、推測するに、写らなかったようなのだ。海柘榴市のHPからもらってきた。


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『人とともにいる生き物』(190919投稿は28日)

 JR奈良駅に住みついている鳩たち。本屋さんの看板文字の上にいる。

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 桜井駅で乗り換え。いったん外へ出て戻ってくるとき駅の外壁横で見た花。

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 長谷寺巡礼を終え、奈良駅に戻って改札を出てふりかえると、ひっそり目立たないように生の生きたゴムの木の鉢植えがあるのだ。

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奈良駅の観葉ゴムに和むかな




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『きょうは長谷寺に行くことになった』(190919)投稿は9月21日。

 奈良へはきたけれど、どこへ行くかは決めていないので、二日目のきょうの予定を考えなければならない。きのうは歯が痛くなってしまってもう何も考えられないので、きょうは歯が少しよくなったのでどこへ行こうかという感じである。よくなったとはいえ一晩寝て朝なので痛みが少ないだけで、疲れてきたらきのうのようになってきたでは駄目である。

 ホテルで朝ご飯を食べ、部屋に戻ってやはり多少食べたりすると痛いのである。奈良駅周辺というのは東大寺とか春日山とかやはり行きたいところはあるけれど、まずは少し遠くへ行ってみようということになって、地図とか見て少しくつろいでいた。


 けっきょくどうなったかというと、それほど遠くないし、日本最大級の観音様というので長谷寺へ行くことにした。少し部屋で休憩してさていさんで駅へ行って切符を買い、改札を前にして電光掲示板を見ると、次の電車は約30分後だった。一時間に二本くらいあるみたいだ。これじゃあ駄目だな、時間がもったいない、一度ホテルへ戻って寝た。

 再び時刻を合わせ、駅へ行き、約数分前ホームに来て順調に桜井駅を目指した。知っている途中の駅は名前だけだけれど、天理、あとは名古屋ではまずないような名前の駅が次々来て、三輪という駅では大きな鳥居が見え、たくさんの人が下りていった。有名な大神神社というものがあるらしい。

 駅ホームの白い看板みたいのを見ると、その他観光名所案内で、神社仏閣は数ヶ所あるみたいだけれど、一つ一つ名前を見ていく。順々に距離が長くなっていく。これは無理だなと思った。今度きてもいいかと思ったのだ。


 次は桜井駅で、無人駅である。そこから近鉄に乗り換えて、次は長谷寺駅である。近鉄だけで来るよりJRを先に使ったほうが早いし安いのだ。320円プラス210円。

 ゆっくり電車を降り、ホームに立つ。


近鉄の長谷寺駅のホームでは

み~んみんみんみんみ~ん



 いっしょに降りた数人は先に行ってしまい、ホームにはわたし一人。ミンミンゼミのお迎えである。


 駅から十七分ということだ。

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『新横浜から出勤』(190508)

 きょうはいつもどおり、仕事である。いま新横浜のホテルにいるとはいえ、いつもどおり名古屋で仕事である。

 なんかすごいなあ。

チェックアウトいざ出陣のスーツかな



 ホテルの部屋でいつものようにスーツに着替えていると、いつもとちがってサラリーマン戦士になったような気分になった。さすが横浜のビジネスホテルで、エレベーターに乗ってもサラリーマンを多く見かける。そうしたこともあるのだろうか、着替える時の気分がどこか自分じゃないみたい。

 そうだとしても、新横浜から新幹線に乗って1時間半弱(そこから乗り換えて2時間くらいか)、名古屋の学校へ仕事に行く気分は、いつもとちがって高級感がある。

 コントレックス1.5Lを買い、きのうの夜駅構内の何台もある自販機を見学した折、切符を買ったので今朝はさっそうと、新聞を買い(読売一部150円)、すぐ来たのぞみに乗り込んだ。

 新幹線はいまややたら来るので、時刻を気にしなくてもいいし、名古屋まで停車駅もなく、なんて素敵な旅だろう、お客さんもそこそこ少なくて快楽的でもあった。


 時々思う。名古屋の家からじゃなくてこうして新幹線で(横浜から)通えたら、これはいいだろうな、とか。

 もちろん名古屋の家が居心地がよければそんなことも考えなくてすむだろうけれど、心身の健康のことがあるので現実は考えて思ってしまうのだ。


 そうしたどこか俗っぽいけれど、切実でもある願いや思いも、富士山が見えてくるといつのまにか高尚な気分に変容している。

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富士山を見ればやっぱり感動し



富士山を見れば涙がにじむかな




 天気もよくて申し分がない。


 たださっこんの事件を受けてか、快楽にひたっていると、警備の人が男女交互にやたら行き来する。不愉快な気を出してやたら横を通る。そのたびに空気が穢れる。

 快楽的な旅は諦めて、歯を磨きに席を立った。出会うサラリーマンは紳士的であった。これでいい。

 もうすぐ名古屋である。

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『予定通り総持寺へ行けた』(190507)

 総持寺を探していく途中、すぐ近くに成願寺という禅寺があった。中に入ってお参りした。小さなお寺だったけれど、たしかにいいお寺だった。

 その先を左折して総持寺へ行った。


 きょうの写真はもう暗いのにもかかわらず、なぜかこれだけがよく映っていた。

 大祖堂。

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(おそらく)また来るだろうな。

 どこか大きすぎて俗化されているところがあると感じたのは、思えば女子高生の無数の行列が建物の中を延々と歩いていたことも大きいのかもしれない。

 学校授戒法要とかいうものをやっていて、功徳を積んでいるので仕方ない。禅寺・曹洞宗の総本山だからこそ(こうしたことも起きること)なのだろう。

 また昼間明るい時に来なさい、ということか。





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『きょうの予定は内房線を南下して土地めぐりをすることだった』(190507)

 新横浜から横浜へ出るのは地下鉄・バス・JRと三つあるようだ。適当にJRで行った。そこから高速バスで行くことにした。アクアラインで行けばショートカットで近くて早いだろう。

 聞いたまま、SOGOの先の階段、Cの階段を上がっていくとそのバス停はあったけれど、30分に一本しかなかった。見ると、5分前に出たばかりか。床掃除のまっただなかで、機械を使うのでいつまでもうるさい。

 運が悪いな。

 自販機で1550円の切符を買い、ベンチでひたすら休む。

 高速バスの旅は快適だった。ただそのあとJRがいけない。

 木更津へ着いて、さっそく少し待って内房線に乗って南下。電車が不都合なほどにやたら停車して、時には20分あまりも停車したりして(君津)、名古屋では考えられないような時間の流れを体験し、じれたホームを歩きながら体操をして、‥‥。


 乗り換えの電車を待つ間に見かけた鳥。

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(きけん!と書いてある)

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 土地とかを見に来たんだけれど、この辺りはいい。

「こっちは伊豆半島よりきりっとしていて緑も多いんじゃないか」
「半島が大きいからな」、
「いいんじゃないかな」と、思ったりして、‥‥。

 電車に乗れば時折、きれいな海をながめ、時折深い緑をながめ、‥‥。

 下車した駅から見た山。

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 駅を降りると急に明るくなって山を照らしている。

 反対側の景色。

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 土地を見に来ると天気が回復することは多いけれど、急に明るくなって気分がいい。


 山を行って見えた観音像。

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 山を登って、(待てよ、電車で)来るときにものすごく時間がかかったので、もう「すぐ戻らないと」という感じで再び駅に向けて走ったりして戻って、なにしろ目前の16時55分の電車に乗らなかったらまた1時間くらい来ない、あわてて(無人だった)駅で入場券みたいのだけを(地元の高校生に聞いて)かなり単純なつくりの自販機で買って、ふつうに良心的にホームに入場。ほっ。

 さっき来た山の向こう側に高校があるみたいで、まわりは高校生ばかりといった感じ。

 木更津まで(途中青柳で8分停車があっただけで)帰りは順調に来て先の入場券みたいのを見せ、電車賃(410円)を払い、あと残り(高速バスまで)3、4分、走ってコンビニで缶コーヒーを100円で買って再び高速バスに乗り、アクアラインで海をながめて瞑想し、横浜駅まで戻ってきた。

 もう暗くなっていた。


 考えていたけれど、土地を買うのはやめだな。

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『千葉へ行くのでまずは新横浜へ行く』(190506)

 世間が十連休とかいうとやはりだれしも頭がおかしくなる。


片隅に夢見る薔薇の花の家



 連休中はどこへも行かなかったので、きょうの夜から授業後遊びに行こうと思った。ところが金山に来てみると、意外や意外、いつものように金券ショップで新幹線の切符は買えないのだった。

 こういうこともあるのか。世間知らずだったというべきかな。自販機で切符は買えるけど使えないのでは仕方がない。

 茫然としながら金山駅前をなんとなく歩いていると、こちらはまっすぐ歩道をそのまま歩いているのに、横から出てきて傲慢に、ふだん見ないような無礼な歩き方をして「どかんっ」とぶつかってきて何もなかったかのように歩いていく若者。きょうは運が悪いな。見ればイヤホンをつけて周囲のことなど我かんせずで歩いていく。そう思っていると、今度は先ほどでもないけれど、かすかに体が当たった程度ではあるけれど、そのもう一人は昼前なのに酔っ払いみたいにふらふらである。いい若者が。

 連休ゆえの不運、彼らにしてみれば、連休ゆえの無知なる唯我独尊というべきであろうか。

 いまは自分も旅行のことがあるので、授業が終わったらどうしようか。何が何でも新横浜まで行かねばである。


 学校へ行くと、生徒は病気で遅刻したり、病気で休みますなんていう連絡がいくつもわたしの元に届いていた。

「だめだな、こいつは」なんて厳しいことを口にしながら、日本はこんなものかなと思う。そして、教壇からは、「世間はまだ連休できょうは連休最後で疲れているでしょうから」と微笑を浮かべて「休むのも悪くはないでしょうけれど」などとお茶を濁す。

「将来この国はぼろぼろになる」というのがわたしの持論である。が一方で若者は、どうやら報道では、右肩下がりよりも日経平均が7000円台の底を脱したあとの時代を生きてきて、景気回復を目にしてきた層が増えてきて、楽観しているようだ。

 この国がよくなることはいいことではあるけれど、「よくなる」と信じる者が増えれば理不尽でも「よくなる」のでそれはそれでいいのだけれど、マイナス金利がいかに不都合なものであるかを知らない無知な若者といえる。

 経済の話は学生たちがいかにいま勉強していい企業に就職して夢のような暮らしを手に入れるかを語ることがあっても、物理や化学の先生なのでしかもきょうは遊びにいくので、いつものように封印し、地道に計算のしかたや、未来の科学の話などをに目を輝かせながら、いまやっている座標平面を使った物体の運動の分析方法や、などなどを説明して、問題をたくさんやってもらって、無事終了した。

 ものすごい雷雨になった。

 講師控え室で紅茶とコーヒーを飲み、自家製パンを食べ、さて雨も止んできたので出かける。はじめは友達の車で近くの駅まで送ってもらおうと軟弱なことを考えたけれど、その人ものすごく早く(三十分以上早く授業を)終わって(実はこういう人が多い)、帰ってしまったので(わたしはほぼ定刻までやるけれど)、ゆっくりにわか雨が止むのを待つしかない。

 新幹線は混んでいたけれど、案ずるよりやすし(なにしろJR CYBER STATIONで見たら指定席はほぼ売り切れ、でも)「ひかり」自由席で座っていった。そして小田原でたくさん降りたので、もう楽ちんだった。十分くらいだったかな。極楽だった。極楽はあっという間に終わった。

 新横浜ははじめてだったので、さっぱりわからない。もうなんかお店がほとんど閉まっているみたいでどうしようもない。

 新横浜は学校から家に帰るより早く着くので、いっそ新横浜に家があって通えたら幸せだな、人生ばら色だなとか思った。(実際は名古屋の家がもう少し心地よくてよく眠れたらそっちのほうが幸せだろうけれど)。

 春休みと秋休みは名古屋を離れて静かで空気のいいところに住みたいな。

 このごろは見ていると、不幸な人と幸せな人が両極端である。それは団地の人を見ていてもそう思うし、ある一人の人が何かをきっかけにして振れることもまたよく目にする。

「禍福はあざなえる縄のごとし」のひとつの現れだろうか。

 

幸せは禍福を編んだ太き縄

という仏によく出会うなり









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『仏舎利塔からは平和が広がっている(お絵描き)』(190314)

 仏舎利塔で少し寝て、富士山の絶景スポットまで戻って絵を描きに行く。なんだか体がだるいので、ゆっくり歩いていく。手提げ袋に入っているのは絵の道具、スマホ、それくらいなもので、あとはカメラとかメモとかも携帯しているけれど、重いのだ。

 中国人たちは富士山が見えているときにやってきたグループはもう大はしゃぎで、童心に返ったみたい。しょうがない人たちだなあ。

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 わたしはどこで絵を描こうかと考えながら、この前はどこだったかな、この辺で描いたんだったっけとか、以前書いた斜面を探したりする。

 中国人観光客の邪魔をしてはいけないし、スマホでずうっと動画を撮っている人もいるし、何となく新聞紙をひいて座って描き始める。適当になにげなく絵の具を出して溶いて薄めて描いていく。

 富士山が雲に隠れてしまうと中国人観光客のグループはとても静かである。はしゃげて幸せなグループもあれば、静かに観光をして帰っていくグループもある。後者の人たちの中にはわたしの絵を見ていく人がいる。

 わたしの絵の写真を撮って満足していく人たちもいる。名刺でも作っておけばよかったかな。などとあとで思った。

 わたしが絵を描いていくところを見ていくのは自由である。画面に太陽の影(わたしの頭とか)ができている時には、わたしはあえて立って後ろに下がり、ちゃんと絵がきれいに撮れるように配慮する。

 どことなく(中国人が)満足し、感謝して帰っていくのが分かる。

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富士山や世界平和の祈りかな



 帰り道、境内には法華経に出てくる菩薩の灯篭が立っていて、一つ一つ名前を口に出して唱えていく。それらは宮沢賢治の『雨ニモマケズ』の最後に出てくる、

南無無邊行菩薩
南無上行菩薩
南無多宝如來
南無妙法蓮華経
南無釈迦牟尼佛
南無浄行菩薩
南無安立行菩薩

 というのとそっくりである。

 参拝の道にはもっとたくさんあって、一つ一つ唱えていく、すると観音菩薩の像が左手に見えたので、そっちにも参拝していく。延命十句観音経の大きな石碑が立っている。

 その先に、観音菩薩像が立っておられる。

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 これはいわゆる山門なのだろう。

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御殿場の日本山妙法寺

平和祈願の山の中かな



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『仏舎利塔からは平和が広がっている』(190314)

 平和公園までたどり着いて、日本山妙法寺を参拝し、ほとんど中国人観光客というなか富士山をながめ、予定通り絵を描こうと思う。

 その前に仏舎利塔の仏陀に参拝することにした。

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 世界平和への道の一つが示されている。

「人には皆仏様と同じ尊い心が具わっている。
 その心をお互い拝み合うことで、
 世界平和で幸福にくらすことができるのです。」

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 すなわち、
「この地上の人間の世界においては、お互いに相手の仏様の心を拝みあうことで、世界平和が実現する。幸福な世界になりますよ」という思想である。


 以下は仏陀の背光の中に浮かび上がった文字。

「この三界は、みなこれ我が有なり。
 その中の衆生は、ことごとくこれ吾が子なり。
 しかも今この処は、諸の患難多し。
 ただ我(仏陀)のみ、よく救済をなす。」

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 すなわち、
「人間のもっている世界(三界)に生きるすべての有情(衆生)はその仏様の心の子供であり、しかもそこ三界で子供たちはさまざまな困難に出会って苦悩することおびただしい。ただわたし仏陀のみが救済となるであろう」


 正面の仏陀は北を向いて平和の象徴である富士山と向き合っている。

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 西には涅槃に入る仏陀がおられ、

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 南には仏陀誕生の像がある。

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 東には悟りを開いた仏陀の初転法輪。

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 何しろ睡眠不足なのと疲れているので、しばらく南の仏陀誕生の前で寝ることにした。


(注:上の仏陀の言葉の中で、もとは「我一人のみ」とあるところを「我(仏陀)のみ」と著者が僭越かもしれないけれど、書き換えました)

(注:三界とは「衆生が生死を繰り返しながら輪廻する世界」のこと。
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『きょうは三島大社へ行く』(190313)

 予定どおり11時27分の電車でまず沼津まで、それから三島まで東海道線で行くわけだ。沼津は意外に大きな駅であった。


 沼津から三島はすぐ。

 ここは一度来たことがあるので、見覚えがある。以前来たときは駅前だけ見て明るいなと思った。

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 さて歩いていく。

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 民家の庭にきれいな花が咲いている。先が分からないのでさっさと歩いていく。

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 一遍上人ゆかりの地と聞けば立ち寄る。

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 ガラスケースの中に

「身を観ずれば水の泡」


 という歌(句?)が書いてあった。

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 水の泡というのは、「水泡に帰す」ということでもあるわけだけれど、
 自分の身を観照する事なかれということか?

 もしそうならこれはすごい境地である。

 西福寺。

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 お地蔵様のお寺。

 いわれは怖い。

「時宗の開祖一遍上人が三島大社を訪れた時、
一度に往生を遂げた七、八人の従者達が
この地の高台に葬られ」という

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 何事も成らぬということはなし、というような成就地蔵尊である。

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 本堂のほうへ戻ってもう一度ながめる。

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 成就地蔵尊のお堂の前へ来て、再び縁起をよくよく読みながらしばし熟考。


水上に成就地蔵が居りにけり




 西福寺を出てファミリーマートによって、急遽pdfのプリントアウト。

 境内の縁起(上に記したのとは別)を見ていて、お地蔵様のいわれから、とりあえずこの世のことを一仕事しておこうと。

 コンビニを出るとなんとみずばしょうが無造作につややかに咲いている。

 生活の排水路でもあるようで、しかしきれいな水が流れている。

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 観音蓮ともいうらしい。


巡礼の三島の水に観音蓮



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 水が豊かな三島である。水鳥が平和に住み着いている。


 なんとなく三島大社に到着した。

 鳥居をくぐるごとに一礼をした。

 天皇陛下在位30年記念である。晴れやかな気分である。

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 参拝をすませて境内をなんとなく歩く。

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 おみくじ200円、「幸福みくじ守」に頬が緩んだ。

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 熊手が出た。末吉である。

 記念の品みたいなアクセサリーみたいなものが入っている。
「福よせ熊手」にまた頬が緩んだ。

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 いろいろな種類があって目の先にそれぞれの意味が書いてある。

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 絵馬(500円)も買った。

 これも頬が緩む。

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 家族ともども無病息災としておいた。


 神馬。神様の乗るお馬様であろう。

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 きっと天馬のように駆けているのであろう。丁寧にお祈りしておいた。



 樹齢1200年という金木犀。国の天然記念物。

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 1200年生きていると聞けば、これはまさしく神様のような金木犀ということになる。
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 帰り、ここは鳩が多い。

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 熱田神宮には鶏の類はいるけれど、鳩はいない。


巡礼の三島大社に鳩がおり



 神社の池の鯉を見ていくと、いつのまに来たのか、足元には鳩がいて鯉を見つめていた。

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鯉を見る三島大社の鳩もおり


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 あれは。よく縁起を見ておく。

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 外へ出て振り返る。

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 もっとお寺めぐりもと思ったけれど、疲れてしまうので帰ることにした。道を一つ右折し忘れて、まっすぐ違うほうへ行ったら業務スーパーがあった。

「三島にもある」って感じで中へ入って、アルコールなしの甘酒とラッキョウの酢漬けを買った。

 レジをすませて驚いたのは、
「ここは袋がないんだ」ということで、三島は意識が高いのかなと思った。地域によってまったくちがうのである。

 地図を見て、逆方向すぐ、駅の方角へと左へ道を折れていくと、上り坂である。途中の公園でトイレに入った。

 公園内は地面がむき出しになっていて、溶岩が出ている。そのことを注意喚起するタテカンがあった。なるほどたしかに。歩くには注意が必要といえる。黒っぽくてデコボコである。

 このあたりは富士山の火山灰でできているのであろう。


アスファルト一皮むけば溶岩と

水が湧き出す三島の景色


 さらに坂道を登って歩いていくと、
「これは熱海といっしょだな」と思った。

 坂道が駅に向かっているし、両側にある店の雰囲気も近いし‥‥。

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 JRは来るときも帰りもそれなりに混んでいる。昼間なのに人が多いのは名鉄よりすごい。


 東海道線を沼津で乗換、かなり三十分弱くらい(「こんなに待ち時間があるのか!」)、車内で待って沼津から御殿場線で出発。

 御殿場線からの富士山。

 世界遺産だけれど、どこか粗末にされているという印象の富士山。

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 御殿場駅からも富士山は見えるけれど、大きな建物が建ってしまってかすかしか見えない。我も我もと富士山の展望を求めて高い建物を建てるので、御殿場駅に到着してもだれも見えない富士山になってしまったのであろう。

 逆の箱根方面はよく見渡せる。

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『三島まで往復(2)』(190313)

 ホテルへ帰るけれど、大通り沿いは気分が悪いので、一本内へ入る。

 ここは浩宮さまが昔立ち寄られた神社(藍澤五卿神社)。時々ここを見る。

 藤原宗行の石碑。

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 きょうは珍しい花が咲いている。(前も咲いていたろうか?)
 
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 記念樹も成長したかなと。

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 もうすぐ天皇になられるのである。


 神社をあとにしてホテルへ向かうけれど、風が強い。

 御殿場線で帰ってきた電車内では、通勤電車で味わうような無礼な若者が引っ付いてきて、眠って寄りかかってきたりして、すいたらすぐに別の席に移ったけれど、ここは年寄りとか身障者とかの優先席だし、
「高校生か大学生みたいな若者がアベックで来て年寄りにもたれかかってくるな」という気分なのだ。「もう席がすいているのに引っ付いてくるな」

 などと思ったりしながら外の風景を見たり制服姿の高校生を見たり、疲れて寝ている旅行中の若者を見たりして、あとは静かに黙想であった。

 人間は欲があるから人と関わる。心が満たされず貧しいから他人に引っ付こうとする。そのとき礼がない人間は相手にされないものである。さっこんの若者は名古屋でもやたら他人に引っ付いてくる。

 名古屋にいるとよく、時代が変わったというか、日本人は教養のない新興国レベルになったわけだ、などとよく思うものだけれど、御殿場も似てきたのかなと。


御殿場や富士と箱根に守られて

されど世間の風は吹くなり



 さらにホテルまで歩いて、もう湯につかってゆっくりしたい。足が痛いのだ。(きのう)来るとき充電池をコンセントにさしっ放しで家を出た事に気づいてUターンし、自転車で高速のバス停まで必死になったのがまだ響いている。

 温泉は、「あざみ」というけれど、ここは湯河原温泉の湯であるらしい。多くの文人の傷を癒してきたというふれこみになっている。



あざみの湯つかって落とす世間かな



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『帰りのバスの中でまあ幸せな旅だったなと思う』(190220)

 ほとんど相国寺と御所でかなりもう時間がなくなっていて、しかもコインロッカーを入れたのがまた勘違いがあって四条河原町だったので、戻って荷物を取り、京都駅に出るのにそれはしんどい思いをする羽目になった。重い荷物を手に持ちリュックを背負いたくさん歩いたり階段を上り下りするのだから。

 ネットカフェの外にあるコインロッカーは200円で格安だったけれど、けっきょく高くついた。

 京都駅でのんびりネットカフェとかで休憩する暇がないので、人目を避けて階段に一人座って休んでいく。

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 御所の一般公開を見てくればよかったかなとも。

 だんだん天気が回復してきた。青空が見える。

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 いつもバスの予約チケット売り場に隣接する進々堂でサンドウィッチを買ったりするけれど、きょうもそういうことになりそう。

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 高速バスの中で食べる卵サンドは、なぜかものすごくうまく感じだ。ホテルの朝ご飯がひどかったせいが大きいと思う。いつもは朝食バイキングで健康的なものを選んでたくさん食べていたのに、いかにも不健康な安物の弁当だったのだ。

 駅で買った291円の卵サンド。

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進々堂卵サンドの旨さかな



 ホテルの電子レンジで焼いたサツマイモ、バナナ一本、野菜ジュース二本(朝ご飯の時もらえた)、これらを卵サンドのあと次々食べた。頭が疲れてぼんやりしているせいか、たんにバスに乗ってのんびりしているせいか、バスが止まって(名神八日市で)たくさん人が下りていったので、(名神多賀で)休憩なのかと思ったら単なるバス停だった。

「お客さん!」と運転手さんは目をむいて叫んだ「八日市ですよ!!」

 危うく降りていってしまうところだった。

 帰りがバスの旅というのは人が少なければ、いろいろ考えることができるのがいい。



posted by superbird at 18:15Comment(0)

『京都には愛すべき文化があるけれど変わったな』(190220)

 きょうは相国寺へ行った。ホテルから歩いていった。はじめは地下鉄で行こうと思った。途中古本屋があって覗くと、広重の版画があった。

 トビウオである。青い。

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「赤尾照文堂より」


「15000円かあ」15000円(?)だった。

 こころ惹かれる思いがしばらく続いた。

 ほかにもだれそれのなかなかこころ惹かれる梅の肉筆画があった。これも腕組みしてしばらくながめていた。実はきのうも壬生寺へいくとき、どこかの大きな会社のウインドウに同じ作家とおぼしき梅の絵があった。なかなかにいいのだ。

 名古屋ではこういう場面に出くわすことはない。

 さらに歩いていくと、大きな観光案内所があったので、立ち寄って、
「相国寺に行くんですけれど、その辺りに何か他にいいところはありますか?」と聞いてみたら、
 片手を上げて思案しながら、
「ここから歩いていって、御所を散策してはいかがですか。ちょうどいま梅が見所です。ここから二十分くらいです」という。
「ああ、そうですか」とわたしは梅が見所という言葉に心奪われてしまった。
「ええ、このあたりです」とその年齢的にはもう引退後とも見受けられるご老人は地図を指さしていった。
「はあっ、そうですか」とわたしはいいかなと思った。
「御所は一般公開中ですから、散策しながら出かけたらいいんじゃないでしょうか」

 御所まで歩いて二十分、御所の端から端、御所は広いので相国寺までまた二十分。けっきょく歩いていくことにした。けれど、疲れるのだ。

 御所の中でもう疲れてしまった。大木があちこち倒れるままになっているのには驚いた。昨年の強風台風で倒れたままになってるのか。名古屋の牧野ヶ池緑地よりある面ひどい。

 倒れるものは倒れるままにしておくのが自然といえば自然で、これが正しい管理という言い方もできる。もちろん意味があるからこうなっているのだ。

 昨夜3時過ぎまで本を読んだりメモを書いたりしていて、歩いているともう疲れて駄目なので、ベンチで寝ることにした。空は回復してきていて、青空が見える。日差しが暖かい。

 歩き始めると白の混じった小鳥が一羽。逃げることなく目の前にいる。珍しい小鳥である。

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「これはにげない」

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 人が来ると逃げていった。


 御所を出て道路を渡り、同志社大学のふちを回るように歩いて、遠回りになった。

 相国寺にようやく着いた。

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 以前の知っている禅寺とはちがっていた。
「ここは禅寺じゃないな」と思った。

 救急車の音が耳につき、外の音もうるさいし、境内だというのに自転車が道路を行くみたいにひっきりなしに走っている。通勤通学の道路である。
 関係者以外の車は入れないとあるけれど、関係者の車だとしても中を走っているのは気に入らない。おそらくいろいろあって座禅によって出てくる雰囲気がないのだ。

 雰囲気がないせいか、日本人観光客が禅寺を味わっていない。

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 法堂。

 法堂(はっとう)は住持(住職)が僧に説法をするところである。本尊の釈迦如来がおられる。

 開山が夢窓疎石だとは知らなかった(というより何度か来てだいぶん前には知っていたけれど、さいきん忘れてしまっていた)。


 美術展があるようだったけれど、興味がわかないのでUターン。

 一本の白梅の木が満開で、この白梅だけがじっと見つめていればその美を無言のうちにかもしている。

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 すずめが境内の道にいる。名古屋の散歩道とあまり変わらない光景である。

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 ここは変わったな、と何度も思う。

 さっき「雰囲気がないせいか、日本人観光客が禅寺を味わっていない」といったけれど、
 観光客に禅寺を味わうこころがないから、禅寺の雰囲気がないともいえる。

 外国人が視線をちょろちょろするのも駄目である。ここは遊園地じゃない。遊園地と同じベクトルで来られても困るところである。彼らは日本文化を理解する下地がないので、門外漢である。

 日本人が教育を受けてなくて禅寺を理解できず暴れたりするのは門外漢というより、いかれたやつという感じがするけれど、外国人はそれとの比較でいえば門外漢である。


相国寺門外漢の鼻が見え



 再び御所へ戻ってまた疲れたので、人の来ないようなところ、松の木の根元で寝た。今度は少し本当に眠った。




posted by superbird at 02:41Comment(0)

『けっきょく京都は都会なのだ』(190219)

 業務スーパー(三条川原町)へ買い物に行った。ホテルから出てすぐなので、かっぱ寿司とあわせていつも利用する。

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 京都にもある業務スーパーだけれど、名古屋とちがうのは、値段の安さと商品を入れてくれる買い物の袋の丈夫さ、そして店員の人当たりのよさである。

「なにこれ?」

 名古屋の買い物のあの袋は、印刷は同じだけれど、あまりにも薄くてすぐにやぶれてしまう。同じお店とは思えない。

 値段もちがうのが不思議、まあ場所がちがえば物の値段がちがうのは当たり前かもしれないけれど、京都が安くて名古屋が高いということである。これは名古屋が暮らしにくいということではなかろうか?

 店を出る時、
「京都に住みたいな」と思った。

 名古屋ではお店で買い物をしても程度の差こそあれ、比較してお客さんという雰囲気がないといえる。けっきょく京都は都会なのだ。

 都会ということは買い物袋も丈夫で使いやすく、値段もぼったくらず、そもそもそうしたことがどこから来るかといえば、人間の質がいい、文化・教育レベルが高いからということだろう。


買物を終えて京都のよさを知り


 持ち帰ったかっぱ寿司のねたのサイズも名古屋とちがって小さいなりにも大きい。かっぱ寿司は京都で食べるにかぎる。

 ホテルでかっぱ寿司を食べ、朝ホテルでもらった野菜ジュース、ジャガイモを電子レンジでふかし、納豆2パックともどもすべてをカレーに混ぜ、ニシンも入れた。カレーは2パック。

 今朝の弁当の白米をすこしだけ、食後にきのうやはり業務スーパーで買ってきたクルミを食べ、紅茶を飲んで満足の晩ご飯だった。

 野菜ジュースを入れたカレーがこんなにおいしいとは思わなかった。などとクルミをかじるように噛み砕いて食べて思うのだった。


晩ご飯食べて京都をジョッギングし


posted by superbird at 00:00Comment(0)