『むしょうに空腹をおぼえる仕事のあとの風』(191204)

 砂糖は健康jのことを考えてめったにとらないけれど、きょうは授業が終わって講師室で砂糖とミルク入りの紅茶を二杯飲んで、パソコンをいじり、それから図書館で新聞を少し読んで、どうしても空腹に耐えられず、LAWSON100で吹雪饅頭一個80円(税込み)を買った。

 風が強いのでバスを待つ間に急激に体が冷えた。気づくときょうはいつものコートを着ずに来てしまっていた。なんということだ。これじゃあ寒いわけだ。

 それにしてもきょうのはじめの授業は時間が足らなくなって、生徒さんに悪いことをした。われながらどうしてもっと時間に配慮できなかったかと悩んだけれど、いっぽうでやるべき中身はわたしが決めることではない上、90分でできるような内容ではないので仕方ないといえる。

 いわゆる非常勤講師の悲哀である。


冬の風饅頭食べてバスを待ち




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『晩ご飯の買い物を終えて帰宅両手を合わせて感謝の祈り』(191113)

 晩ご飯の買い物を終えて、再び家を目指して自転車で走っていく。

 きょうはどうやら疲れているので、
「これにしよう!」と中国産だけれど1090円のウナギ蒲焼(半額だった)を買ってきた。

「きょうは人が少ないな。(自分だけじゃない)みんな疲れているのかな」

(スーパーは)先日までの混みようとは別世界のどこか閑散とした店内だった。



どうも有り難う御座います無事帰宅





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『きょうは疲れているな』(191113)

 仕事を終えていつもどおりに帰ってきた。自転車をこぐ足が重い。きょうは行きもすでに重かったな。


お帰りとチチチチチチチチ冬の虫



 家の近くまで来て、草むらで鳴く虫の声になぐさめられる。




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『きょうは仕事だけれど始めはのんびり後は』(190930)

 散歩の空。

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 大きなきのこ。端のほうが少しかじられている。

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 シジミ蝶が一匹。静かに花にとまっているように見えるけれど、小さなハエが盛んに邪魔をしていた。

 ようやくハエが去って鎮まったところ。

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 散歩帰りの空。

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 きょうは仕事なのだ。時間を見るとけっこう差し迫っていた。時間が早い。ご飯を作って風呂にも入り、朝ご飯を食べ、いつしか必死に時間と戦っている。最後はご飯を食べながら着替えをし、出勤の準備になった。

 なんとか地下鉄には余裕で間に合った。

 金山駅のイチョウの木。見上げるように緑が大きく茂っている。

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 きょうは仕事が終ってから、学習支援の棟に顔を出しに行くと、仕事(持ち時間)が減らされていた。驚きであった。この時期に突然では困る。

 聞くと、わたしと同じ年に来た先生も同じ時間数に減らされていた。そうじゃない先生は減ってもそれほどでもない。

 帰りの通勤はやはり憂鬱だった。まだ増える余地はあるのにそのことははっきりいわず、減ったことのみ強調して謝られたので、元気が出ない。

posted by superbird at 19:41Comment(0)仕事

『仕事の時は暑いの寒いのといってられないけれどそれはまだ元気な証拠』(190930)

 きょうの最高気温は31.4度とある(気象庁12時31分)。

 電話でお袋が、
「暑かったらア。名古屋はきょう全国で一番気温が高くて34度」といっていたけれど、あれは本当だったのだ。

 きょうは仕事だったし、暑いとは思わなかったけれど、暑かったのだな。

 ズボンの裾がほつれてきたので夜遅くなっているけれど、針仕事をして寝る前の散歩である。


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『きょうで前期のすべてが終った』(190725)

 なんでこうなるのかわからないけれど、自転車で帰ってくる夜道は、溜息とも吐息ともつかない声が出てしまう。

 きのう急激に暑くなってばてていることもあるのか、それともきょう試験がすべて終って、要領よくかつ慎重に成績表も書き終え、学校を出てそれを封筒に入れ、コンビニのポストに入れてきたこともあるのか。

 長い前期の祝日も仕事だったという緊張、すなわち精神的な開放感からか。

 それらが交じり合った過酷さを物語っているのだろう。


前期終え帰る夜道はふうっはあぁ



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『仕事明けののんきな日和』(190719)

 ベランダのミニバラ。少し前に大量に咲き誇っていて、その後虫がついて弱ってしまい、日差しが強すぎるとよくないかと思ってジョテイとミントの鉢のそばの半分日陰のようなところに移したら、そこのところの緑は少し盛り返し、小さな花が一つ咲いた。

(左の緑はジョテイ、ミントはそのすぐ左下に)

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 散歩に行く途中のキノコ。

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 きのうで授業の半分は終わって、あとは来週、三つ期末試験をやれば今年の前期も終わる。

「終わったな」というのんきな気分で急に体が楽になった。

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『授業中に見つけたコガネムシ』(190717)

 授業中、廊下へ出て換気をしようとドアを開けたところにコガネムシがいた。

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 五限目の授業は、いつも部屋(教室)に入ると前の授業からのこもった空気に満ちていて、空気を入れ替えないと間違いなく感染する。生徒たちはけっして窓を開けようとしないので、(前期、これまで開けた生徒は一人だけいた)、わたしが遠慮がちに一つ少しだけ開ける。教室の窓は安全対策なのか少ししか開かないのだ。それから授業の合間に出入り口のドアを少しだけ開け、さらに差しさわりのないときを見計らって、廊下へ出て外をうかがい、廊下の端の外階段へのドアを開けないと、廊下も空気が悪い。

 外階段のドアを開けると、くだんのコガネムシが、時間が止まったように身動き一つせず、踊り場の柵のフェンスに止まっていたのだ。

 きょうは授業中、配布プリントが足らなくてジョギングで講師控え室まで行ってプリントを抱えて再びジョギングを半分だけして戻ってきて、再び見たらまだこのコガネムシは同じかっこうで、時間が止まったように身動き一つせずたたずんでいた。立派である。


黄金虫時々無になり生きており




 授業が終って
二階通路に出て空を見ていく。

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『ちゃんと休憩しようとすると誰とも話す時間はないな』(190710)


授業の合間にお茶を飲むことは

当たり前のようで難しい



 休憩十分の間で別棟の教室から講師控え室へ、講師控え室からまた別棟の教室へ。授業の合間に控え室で正味十分の滞在は至難のわざといえる。

 講師控え室はとても空気が悪いので、キャンパスでお茶を飲むことにした。伊藤園のお茶(ティーバッグ)をコップに入れてお湯を入れて持っていく。

 今年の前期から学習支援で毎回最後に生徒に授業の感想を書かせることになったので、どういった手順でやればいいか分からず、先日、
「(生徒にこれを書かせるのに授業の)最後に何分くらいとればいいですかね?」と聞くと、返事がなく、
「そうですねえ‥」
「十分くらいとればいいですかね?」とさらに聞くと、それでいいようなどこか生半可な口調ではっきりしないので、まあ適当にやっておこうと思った。

 化学の授業は比較的時間をうまくコントロールでき、生徒もよくいうのは、
「もう終り?!」とか、時計を見て「早い!」とか。

 笑ってばかりいてあっという間に終ってしまうのがわたしの授業である。

 しかしながら十分早く終って教室をあとにすると、ほかの先生はたいがいまだ一生懸命やっているので気が引けてしまうのだ。うしろめたさを感じながらきょうは八分くらい早く終って教室をあとにした。
「(各生徒の持っている受講票に自分のサインを入れ)これ(感想欄)を書いたら帰っていいからね」といい残して。

 学習支援の出入り口のところにはいわゆる管理者が二人いて机で仕事をしつつ出入りする人間を見ている。

 学習支援のある棟を出て、別棟の控え室に行って自分の湯飲みにお茶(ティーバッグ)を入れ、給湯室へ行ってお湯を入れ、いっけんかなり優雅にキャンパスの青空の下で休憩し、お茶をすすった。いささかのうしろめたさを感じながら。

 ふと次の五限目の授業のこと(他人の中間テストの仕方)を考えていると、その他人がきょうはもうあがりで、後ろを通って、
「おつかれさま」といって帰って行った。

 わたしは早めに授業を終えて、いわれたとおりに生徒に授業の感想を書く時間を与えている。大学のキャンパスは広いので、生徒にも移動時間がないと次の授業に遅れてしまうのだ。いっぽうこの先生は学習支援できっかり(一時間半)授業をやっていま帰って行ったわけだけれど、わたしと同じ五限目の授業の中間テストを(生徒から聞くところでは)やっていないみたいなのだ。

 この先生に限らず、大学ではどうも変わったことを平気でする先生がいるわけだけれど、そういうのはわたしはいろいろ知っているけれど、管理者たちには案外見つからないのである。(たまに見つかると大きなことになるので小さなうちに軌道修正したほうがいいと思う)

 なぜか自分は、(そうした決められた中間テストをしないという大事からすると、小さなことでしかも自分は正しいことをしているはずなのに)ものの八分早く終ってキャンパスに出てきたことが(たった一人で)いやに目立つので気になってしまうのだ。





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『きょうは雨のち晴れ』(190704)

 朝の散歩は学校前の緊張よりも、自分以外の散歩人や公園関係者とかのほうがやっかいだ。

 散歩人の犬を吼えさせたりや、公園関係者の無法をおそれなければならない。

 きょうは犬の吼え声だけですんだのは運がよかったといえるかもしれない。

 一時間弱休憩して、ふと見ると、きれいな水玉の浮かんだ葉っぱが宝石のように澄みきっていた。

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 すべてを忘れさせてくれる透明な輝きでもあるかなと。

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 そばでは小さなカタツムリもはっていた。

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 朝ご飯や小さな弁当もつくって、いつものように出勤。

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 名鉄を降りてスーパーで買い物(弁当のおかず一品海老のフライ)をすませていく。

 学校は目と鼻の先。

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 なんとかあと一ヶ月無事に乗り切ろうと思っている。

 きょうもなんとか乗り切った。

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『むかしとはちがう』(190701)


仕事は楽しくやらんといかんなと

気づけば笑みがこぼれてくるよ





注:むかしはなにも思わず考えず楽しくやっていた。そういう時もあった。楽しかった時を思い出していまを救済しているのだろう。




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『なかなか授業以外のことに取りかかれない』(190606)

 今週は気づけば中間試験の結果を生徒に伝えたりしなければならなかったことがしんどさの原因だったのだ。

 ふだんのように授業だけやっていればよいというわけにはいかず、「採点や成績処理」、「合格者」、「成績優秀で合格受講免除候補」、「不合格者」、「不合格者はどこが駄目で不合格になったかを分類」し、「合格者は番号を掲示」し、「不合格者は生徒を呼んで期末向けにどうしたらよいかを説明」する。

 こうして振り返ってみれば、「なんと親切な先生だろう!」

 しかも学校からは一切こうした何時間にも及んだ作業への報酬は(特別手当があるわけでは)いっさいなく、(当然)いわゆる奉仕活動で、さっこんいわれている、
「学校の先生はブラック企業で働いている」という言い方が当てはまるといわれれば当てはまる、時間外労働で(貧乏?)暇なしである。

 こうして何十年も学校の先生を続けてきたけれど、年を取るにつれてこうしたことがより体にこたえるようになったのかなと思う。同一労働同一賃金という言葉がふとこのごろ頭をよぎるけれど、いつだって、
「文句を言うより、しっかり仕事をしようかな」という感じでやってきたのである。

 そういうことを考えると余計に疲れるといえる。


せせらぎに夜の眠りの夢が見え


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『きょうは四時間眠れた』(190523)

 朝の散歩で出会ったムクドリは、みんなのんきに芝に来て朝ご飯をついばんでいた。

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椋鳥やみんな仲良くご飯かな


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 散歩の気功をして、一息の小便。


小便の色が茶色となりにけり



 きょうは四限目からなのでと時間をかくにんし、家を目指し、昼、いつもより一時間遅れで、あとはいつものように通勤をし、スーパーでトイレに入って、ほっと一息。

小便が茶から黄色になっており


 さて体が快方に向かっていることを目でもかくにんし、店内、かぼちゃとか安いかなと、見回しても残念、買うものもなかった。

 きょうの予定をもう一度思い巡らし、
「きょうは四限目五限目、まずは来週の試験問題の作成」、目と鼻の先のキャンパスまで歩いていく。

 講師控え室はできるだけ先生方のそばに寄らないよう仕事を進め、治ったとはいえ外から風邪のウイルスが体内に入るのを避け、これもいつもどおりかもしれなけれど、わが健康を大切にするのだった。


 ちなみに五限目の教室はあちらこちらでやたら立て続けに生徒の咳がひどかった。先生が近づくと生徒が咳をするのは最近の風潮だろうか?

 ひどかったけれど、ある生徒に質問を受けて、
「ちょっとまてよ」と真剣に考えなければならないとき、くだんの咳だらけの生徒が横に来てまた続けて咳をするので、
「とりあえず咳をするな」といったらぴたり咳がやむのは、なにかその生徒の心に本人の気づかない悪しきものがあるのではないかと思った。

 きのうの五限目にも同じようなことがあったのだ。
「早く治せ」と説教をしたら、なぜ先生に向かって咳をするかではなく、社会人としてのありかたとか、教室内でのマナーとしてとか、ぴたり咳が止んだ。

 これ、先生が近づくとそのたびやたら生徒が咳をするという現象もいわゆる病の気が健康を敵視していることの表れということもできる。



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『毎週水曜に雨が降る』(190425木)


三連続水曜雨の試煉かな


 四月になって授業が始まって以来、毎週水曜は雨が降る。
「またかぁ」

 水曜の夜はいままでにない疲れを感じるのだ。雨に濡れて行き来し、帰ってきて、公園で一人休んでも休みきれない、気功をしてもする体力がない。

 こういうことはなかったな。

 睡眠不足と長い休みの後のはじめの月の仕事で身体が慣れていないせいなのか?

 それでも疲れがひどいのはわからない。そして翌日になると、疲れはないのだ。木曜の夜のほうが楽。水曜木曜ときて、金曜がいちばん疲れていてもいいのに、いままではそうだった、でも三週の範囲では、金曜はそうでもない。

 けっきょく一晩寝ると、睡眠時間が短くてもそのぶんたくさん翌朝気功すれば疲れが取れてしまうということだろうか。




注:陰陽五行説では「肝木の春」といい、
 聞けば、
「寒さに耐える」から「暑さに耐える」に身体も衣替えするように変化する時期で、また冬の間の老廃物を出すこともあって肝臓が疲れやすい時期なのだともいう。

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『新聞を読んでいると時間が足らない感じ』(190420)



愛のない国の暮らしの統計は

目にして戸惑う明日の暮らしは




 きょう気になったことの一つは労働時間である。フォーブスによると、年平均労働時間はアメリカが1779時間、日本は1719時間。

「あれ?日本のほうが平均労働時間が短いんだ‥‥!?」

 働き方改革だったかでいろいろ議論されているけれど、けっきょく政府は日本人にもっと働かせようとしているんだなということがなんとなくわかる。

 韓国は2113時間で世界二位になっている。すなわちたくさん働いたら国が繁栄するわけじゃないけれど。
 政府が、
「日本人よもっと働けよ」というのは分からないでもないかなと(先生は働きすぎで例外)。

 その代わりアメリカみたいにさっさと早期引退して余生はゆっくり暮らすという選択肢がクローズアップされるだろう。仕事のことに加えて、世界に類を見ない通勤地獄を日々経験し身体が持たないからである。

 きょう部屋にいたら通路を出かけていく女の人の体臭が窓から入ってきたけれど、明らかに風呂に入っていないという感じでものすごくにおった。同じ団地の人がこんなに臭いのはいままでなかったけれど、これも住民が貧しくなった証の一つだと思う。

 これは平均労働時間が短いからというより、考え方というか、生き様というか、マナーというか、病的な抗菌剤を使ったり香料を使う人が増えたことと同じだけれど、住宅事情が悪いとか政府日銀の政策が庶民の目線に立っていないとか、いろいろ理由はあるにしても国民が不勉強で全体として教育水準が下がり、貧困化を招き、人間が劣化したからだといいたい。

 自分は夏休みとかを除いた授業のあるときの労働時間をもって仮に、年に換算すると、2000時間以上になるので、これ以上働いては駄目の水準である。ふだんのハードさが知れるというものである。
(注:先生という職業は休みのときは教養を高めたり専門のことを考えたり、自習研修の時間なので、よく誤解されるこれど、遊んでいるというよりこれも仕事のうちである。)

 働きたい人は働くし、そうでない人は働かないのである。そこで重要なのは人間らしくあるかということではないのか。


 その翌日のきょう、同じ日経新聞には、人口問題研究所が推計したデータ資料が載っていた。

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 推計とは何を根拠にしているのかなと。高齢者が将来どんな暮らしを望んでどこに移住するかは分からないのだ。国がどうなるか、社会がどうか、外国暮らしを視野に入れ、どこに住もうかと考え行動するので、結果は流動的で、断言できないのだ。すなわち国の言いたいことがこのデータには隠されているのではないかという勘ぐりはできても、けっしていま信頼すべき真実とはいいがたいだろう。


注:フォーブスの話は日経新聞に載っていたけれど、派遣が加わったデータなのか書いてないし、はっきりと何かを断定できるような資料ではないなということは言える。中身の濃さはともかく日本のサラリーマンはふつう1719時間よりももっと働いているんじゃないかなと。

注:写真は人口問題研究所が15年の国勢調査に基づき、40年まで5年ごとの都道府県別の世帯数を推計したものである。

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