『素人のバラの絵を買ってきた』(181110)

 きょうブックオフで絵を買ってきた。1680円のバラの絵(油絵)で、おそらく素人の絵。二日どうしようか迷ったけれど、ブックオフの株主優待券800円分使って残りキャッシュ(カード)で買った。

 サイズはF3、家に帰って置いといて、再び帰って見たら案外気に入った。

 始めから気になっていたけれど、暗いところがある。でも見ていて他のいろんな人のバラの絵と比べてこっちのほうがけっこういい。暗いということは深みにもなっている。額に色合いが合っているので、見ていてやすらぐ。このバラの絵は始め欠陥があるように思えのだけれど、見ているといい感じでもあるのだ。


 F3だけれど大きく見える。素人の絵は悪くない。


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額から取り出して記念撮影



 むかしはらたいら(漫画家)さんが、同じアパートの住人が引っ越す時、その人から「よかったら」といわれて貰った絵を後生大事にして鑑賞していたという(はらさん自身の)話を思い出した。

「F3がこんなに大きいのか!?」と翌日も感心した。


バラの絵を飾ってみれば素人と

いえども何か深みありけり





注:もし誰かこの絵の作者を知っている人がいたら、
「描いてくれてありがとう」と伝えてください。


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『蝉の絵』(180917)

 きのう完成にした蝉の絵の記念撮影。



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注:サインは入れないことにしたので、ここではネット投稿用にパソコンで入れておいた。


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『懸案だったセミの絵を描く』(180914)

 夏休みになってしばらくして、さくねん描いて、完成していなかったセミの絵を探して見つからなかったのを、数日前にようやく見つけて、おとついくらいからようやく描きはじめた。

 きょうの夜中、ほぼ完成した。


絵を描き眠る元気かな



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『展覧会を見て月を見て日経新聞を読んで日が暮れて』(180817)

 きょうは涼しいので、先だって出してきたF0の小さな絵の展覧会を見に行ってきた。ほとんど藤が丘より向こうなので、途中の公園で休憩した。

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 きょうは烏はいなかった。高速道路の音がいつもより大きく聞こえた。

 公園には木がいろいろある。
 ベンチの正面にクスノキがある。

 一瞬高速道路の騒音を忘れさせてくれる。

 ベンチから立って、水飲み場まで歩いて行き、顔や手を洗って再出発。
 再び自転車で行く。

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 小さな画廊といえる。

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 わたしの絵もあった。

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 ひととおりながめた。ずいぶん高価な値段で売っている絵もあった。自分の作品に値をつけ売ることもできるのだ。わたしはやっていないけれど、まあ売ってもいいかなという気もある。

 お年を召した方の作品がけっこう多い。風景画が意外に少なかった。どこか奇をてらったような作品が多い。

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 帰ろうとしたら、時計を落としたことに気づいた。
「さっきの公園だ!」と思い、久々に藤が丘見て行こうと、そっちへ回っていく予定を変更。

 再びさっきの公園まで行って時計を拾い、また休憩し、持ってきた鴨長明の『発心集(抄)』というのを少々読んだ。いまは物理や化学以外のいろいろに興味があるけれど、この本は買ってよかった。

 時間がないので、すぐにまた次の目的地、ネットカフェへ向かった。

 いつのまにかまた月が見えるようになった。

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喧騒の人の世界に月があり



 いつも読む日経だけれど、体を楽にして、紙面に隠れるようにして、誰にも見られないように、一人気持よく読む。

 なんだか自分はいろいろなことに疲れているなと思った。


日経を寛ぎ読めば不条理な

この世も少しは楽になるかな


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『富士山の絵を持って行って額を買った』(180805)

 きょうも暑そうな空である。

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 水浴びして外出した。

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 実はきのうが展覧会の絵の持ち込み期限だった。電話したらきょうでも言いといわれたので、暑い中覚悟を決めて藤が丘の島本画材まで行ってきた。

 途中以前見たリンゴの木を思い出し、
「まだあるかな」と見ていく。

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 まだ二つしっかり実っていた。大きくなっていなかった。小さな品種のようである。

 ひたすら日影を選ぶようにして走っていった。若い人の中にはすごい勢いで走っていく人もいた。わたしも仕事の時は幾分あれに近いけれど、この暑さではどうかなと思う。

 途中一回だけ公園で休憩して水を飲んだ。カラスが一羽出口の公園の名前の書いてある石の板の上で彫像のようになっていた。


公園の動かぬ烏は暑すぎて

彫像のようになっているかな



 絵は自前の額に入れて持って行ったけれど、いったん出して店内を見ていると、3400円余りでマット付きの額が売っていた。

 迷ったけれど、買って持ち込んだ絵を入れてもらい、提出することにした。店の人は喜んだかもしれない。しかしお買い得のような値段ではあった。

 マットの色がいままでにない色である。いままでこういう趣味の色は使ったことがない。


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 持ってきた額は別の絵(家にあるはずのセミの絵)を入れることにした。また持ち帰る。

 自転車の前に来て、重さがふと気になった。

 帰りは来た時と同じ公園で休憩した。もう来たときのカラスはいなかった。

 本当に休憩である。顔を洗い手や腕を水で流し、ベンチで横になった。しばらく横になる。

 人が一人も来なかった。結構よかった。

 しかしそこからもう夕方なのにきつかった。直射日光(西日)が頭に横から当たると、頭が「カンカン」してきた。

 きょうの最高気温はまた39.9度だという。(日本気象協会tenk jp)
「全国253地点で35℃以上の猛暑日記録した」というけれど、最高は名古屋だった。
「週明けも危険な暑さ続く」という。

 あまり遠くまで自転車で行くとよくない。

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『小さな絵の展覧会向けの絵を描く』(180803深夜)

 絵は完成。明日額に入れて、あとは画廊へ持っていくだけ。


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富士山の絵を描き眠る感謝かな






注:サインは入れなかったので、アップする時写真にパソコンで入れておいた。画材はアクリルだけれど、水彩風に描いた。紙が安物なので、細かい失敗ができた。

 絵はある程度離れて見るものである。
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『ミニサイズの絵を描く』(180802深夜)

 小さな絵画展向けにお絵描きをする。こんかいは富士山だ。ミニサイズ、F0である。

 絵を描き終え深夜の台所でミネラルウォーターを三口、ごくっごくっごくっ。



富士山の絵を描き水をごくっごくっごくっ

飲んで悦ぶ時空の彼方


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『大井宿は中山道六十九次、江戸から四十六番目の宿場町』(180309)

 ネットカフェで見た日経新聞の江戸の雪景色、十選。題名は、歌川広重「木曽海道六拾九次之内 大井」。

 向こうに見えるのは恵那山だろうか?

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江戸十選歌川広重雪景色

大井の宿に恵那山が見え




注:真ん中、山頂が真っ白い、右から二つ目の遠くの山は、御嶽山らしい。
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『地域の趣味の展覧会』(171119)

 きのう一枚絵を運んで、きょう、完成したのを一枚また運んだ。本当は三枚出す予定で申し込んだけれど、今年は気力がなかったようだ。きのう一枚きょうかろうじて一枚。

 行ってみるとわたしのはかなりいい場所に展示してあった。これはもうだいぶ前に描いたもの。

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 きょうのはその前横あたりに置くことにした。この絵は前に描いたものを元にして、再び描いたもので、額がいまいちである。額を入れ替えて鑑賞することと、またさらに同じように一枚描くことが、いま思った予定である。何しろこの空の色を出すのに苦労して、けっこういい色が出たなと一人満足しているのだ。

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 左隣はわたしのではなく、仏教の菩薩(千手千眼観音菩薩にも似ている)のようである。正直なところ、暇がなかったのでよく見なかった。

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『ヒメコガネの絵を無事受け取ってきた』(170905)

 小さな絵の展覧会というのが藤が丘であって、出展した絵の受け取りに行ってきた。きょうは晴れのち雨という天気予報で、まあまあ暑くないだろうというので行ってきた。

 高速道路沿いに走っていくと、藤森の戸建ての庭に栗の木があった。実がなっていたけれど、これが大きいので驚いた。人間が育てる栗の木としてはこれが普通なのかもしれない。

 高速道路の騒音や狭い敷地にもめげず、こうして栗の木を育てて人生を楽しむ姿が、貧しいというのではなく、明らかに日本では恵まれた日本人の一つの幸せの表れなのだ。

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 アートウェーブという店について、店内を歩いて、メルヘン画の展覧会を今やっていたので、ちらと見て、それから自分の絵を受け取った。

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 無事にお役目を終了し、わたしの手もとにもどってきた。

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 ささやかながらも世の中の役にたったかな。

 あっという間に時間が過ぎて、展覧会を見る暇がなかったので、お店のHPにあった展覧会の様子を写した写真の一枚に小さいながらも自分の絵があったので、記念にダウンロードしておいた。

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『お絵描きこれも人生の中の一つである』(170805)

 コガネムシの絵を完成させ、藤ヶ丘まで持っていった。見つけようとすればなかなか見つからない姫コガネムシは身近なコガネムシである。

 二日の夜に下書き、三日に少々絵を塗り、四日にほぼ完成、F0の額を作って絵を入れ、一度絵を出してサインを入れ、よく五日のきょう、額縁を再び補強したりして、藤ヶ丘のギャラリーへ持っていった。いわゆるこれはボランティアの絵画展である。全員の作品が展示される。訪れたお客さんはいろんな絵をただで見て楽しむだろう。お店はいい宣伝になるだろう。名古屋の文化に貢献する取り組みで感謝すべきである。

 お客さんは絵を買うこともできるらしいけれど、値段のつけ方がわからないので、自分は売らないことにした。売る売らないは描き手の選択なのだ。売れたら収益は慈善団体に寄付されるのである。それは悪くないことである。いっぽう売れた値段の一割は自分の取り分である。

 そういうことより、絵を描いて気分転換になった。お金のことはいまは忘れてお絵描きが楽しい。

 描いていたときは、
「コガネムシかあ」などとなかば低く見ていたけれど、夜、いま部屋にあのコガネムシの絵がないとさびしいものがある。あの絵はあれでなかなか価値があるのである。




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『寒風にもユトリロ展へ行く』(170207)

 松坂屋南館、エレベーターのドアに、目当てのユトリロ展の目玉ともいうべき作品がペイントされていた。

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 この〈可愛い聖拝受者〉トルシー=アン=ヴァロアの教会は、会場に入って割とすぐのところにあった。意外にも見ている人はほとんどいなかった。

 絵は教会と空だけである。自然は空だけである。ごくわずかに植物が描かれていたが。特徴的なのは、その空と教会の一体感である。しばしばユトリロの作品にみられる建物と自然との隔絶感がないことである。

 全般に言えることは、額がユトリロではないということである。額がなければもっと良かった。油絵にしては迫力がない。静かといえば静かなのだ。額で静けさをより演出すればよいのだが、額は彼の作品を台無しにしていた。

 彼は晩年アルコール中毒で手が震えていたという。しかし、ひとたび絵筆を握れば、その震えはぴたりとやんでしまうのだ。彼の複雑な境遇を思えば、悲しみと、救いと、わずかな喜びが、さまざまな絵の表情を醸し出していることに納得がいく。


 この目玉の作品はユトリロとは思えないような作品だ。

松坂屋美術館「ユトリロ回顧展」の目玉
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ユトリロの一人絵を描く至福かな


 今回の回顧展は国内外80点を集めたという。その作品の全体を見渡すと、空はけっしてこの絵のように本来の自由の空ではなく、パリに暮らす人間であるユトリロの救いになっていることが多くの作品で見て取れる。会場を無心で歩けば伝わってくる。


アル中の絵筆が描くユトリロの

自由の空は慈悲の広がり



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『コミセン祭りでおばあさんからみかんをもらう』(161120)

 自分の絵を出したので、ちょっとどんな感じかと思って見に行った。お客さんはほとんどいなかった。一人もいなかった。こんなものかと思った。

 自分の絵が少し位置が気に入らないので、ほんの一、二センチずらして見栄えをよくしておいた。

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 帰りに談話室になっている部屋をのぞくと、知っているお爺さんがいて挨拶した。
「見た。富士山の絵だからすぐわかった」という。
 さそわれるまま、中に入って話をする。珈琲をもらった。まあ旨い珈琲といえる。お客さんはわたし以外に五人いた。不二家のお菓子が出た。昼ごはんのすぐあとだったので食べなかった。
 そのお爺さんは、
「明治の株が一万円」と急に言う。
 何か話の流れがあったのであろう。しかしわたしはちゃんと聞いていなかったのであろう、
「一万円」というフレーズが唐突でみょうに大きく聞こえた。
「一株ですか?」とわたし。
「そう」
 すごい株である。ふつう100株単位なので、売買最低100万円である。(単元未満株という手はあるが)アメリカの株は一株から買えるので、わたしもIBMとか持っているけれど、100万円以上となるとリスクを考えるととても100株単位では買えるものではない。お年寄りというのはやはり相対的にお金持ちが多いのであろう。

 もう夕方でそろそろおしまいの時間だった。近所のおばあさんが、自宅の庭か畑かでとれた大きなみかんをくれた。(あとで家で食べたが、これは旨いみかんであった。)物々交換じゃないけれど、あまった物をあげて楽しむ場所みたいで、昔というか田舎ではよく見られる光景で温かさがある。

 ほんの二十分くらい、地域の人とふれあう貴重なひと時だった。



コミセンで絵を見て帰る帰り際

みかんをもらうありがたさかな



posted by superbird at 22:00Comment(0)趣味