『今も昔(釈迦牟尼仏陀の時代)も邪悪な思想がはびこる』(200125)

 世の中はどうなっているんだ、という思いにとらわれるのは、寂しいことではある。

 法華経の一節に、
「福徳の少ない彼らは苦悩にさいなまれ、死を繰り返した。種々の邪悪な思想の密林の中をさまよい、62種の邪悪な思想を頼りにし、虚偽を固く守ってはばからない」
 というのがある。
「心がねじれ、高慢で、不実で、頑固で無知で愚かである」と。


現代の病は邪悪な都市化の中で

生まれ広がり人を苦しめる



 さいきん企業の不祥事がまた増えた。

 例えば、きょうの新聞の架空取引は、また東芝かと思ったけれど、それだけでもなかった。

 架空取引(2015年から)400億円。

 東芝の子会社(東芝ITサービス)を巡ってネットワンシステムが指図したらしいけれど、物が動かずお金が動いて、暗がりで誰かが損をし誰かが得をしたわけだな。

 さてそれで誰も不満がなければいいけれど、ふつうの従業員は直接的には給料が下がるわけではないし。しかし企業の株主は大損である。損した会社も、得した会社も、(会計上得しても、そこの誰かが悪いことをして金を横領しているかもしれないので会計上儲かってもその金がない)。

 後者はバレて罰金を払わされるだろうし、損した会社も社員のだれかが悪いことしてどこかから金を得ているだろうし、けっきょく得したように見えている会社も共に株価は下がり、大損するのは株主である。

 株主は誰か。大株主は、案外国民なのである。個人的に株を買って持っている人もいるけれど、日銀や年金機構が会社の大株主だからである。

 いまだに現場の社員、日本企業は社長も従業員も会社は誰のものかわかっていないので、平気で悪さをするといえる。株価が下がってその先自分たちがどういう憂き目にあうか、その責任が不明瞭なので、知らぬ存ぜぬであるな?



注:昔はそこら中に木々があって、案外密林が身近だったのであろう。だから「邪悪な思想の密林」、現代では密林に代わってさながら「コンクリートジャングルと化した都市」が身近といえるのではないかと。

『WIN7の更新がいっかな進まないので暇を見つけてつらつら書くこと』(200114)

 きょうはWIN7の更新最終日なので、なんとか更新を成功させようと、ネットカフェまで行くことにした。何度もやっているのにうまくいかないのだ。最終日が近くなって皆が集中してアクセスするのでうまくいかないのかな?

 USBも「I/Oデバイスエラーが発生したため、要求を実行できません」となって書き込みができなくなった。自分のパソコンではこういうことはまだ一度もないけれど、学校やネットカフェなど、外のパソコンを使っているときにUSBが壊れることがもう数度くらいある。

 パソコンの世界は疲れることが多いといえる。



 散歩のあとはいそいで食事をすませ、大曽根(DINOS CAFE)まで出かけていった。ここでもやはり延々と更新の時間が過ぎていく。手持無沙汰なので、この記事を書いたり昼寝をしたり、雑誌をながめたり、コーヒーを飲んで、ペパーミントティーを飲んだり、‥‥。

 TVでもやっていたけれど、
「WIN7がまだ使えるのにメーカーがサポートを終了って勝手じゃないですか」とふくれているアナウンサーがいた。

「たしかにそれは一理ある」メーカーは金儲けしたいがために新しいまるで派手な(装飾ばかりの)パソコン(OS)を出してくるのだ。前の質素なXPだってわたしには十分使える。

 でも「古いパソコンはセキュリティーが云々」というメーカの言い分を聞けば一番悪いのは、
「悪意のあるハッカーたち」ではないのか?

 まずはマイクロソフトもおまわりさんも徹底的に悪意のあるハッカーを退治するべきで、消費者に負担をかぶせるのはいかがなものか?それができないなら、必死になってXPでもWIN7でもいつまでも使えるようにサポートをすればいいのだ。

 シリコンバレーでもシンセンでも、頭のいい人たちは五万といるはずなのだ。もちろん彼らはもっと大金持ちにもっと大金持ちにとなることを夢見ているので、そういう地味で大して大金持ちにはなれない作業には没頭しにくい。

 だったら世のため人のため、どこかの政府や組織がお金を出して慈善活動をしたらどうか。宣伝効果抜群である。昨今の社会が悪くなっている一因は、ネットの世界、パソコンの世界が身勝手で消費者に時間とお金の負担をかけ、それがもとで金儲けしようというシステムになっていて、ネットじゃない世界までそうなってきて、人心が乱れる大きな原因になっている気がするからだ。

 人は昔も今も夢を見る。多くの人は大金持ちになることを夢見るものだ。そうすると、その大金持ちのすることを尊敬するようになる。これはよくない兆候だよ。今の社会では。

『身勝手な商品をお客さんに押し付けるのがいまの市場消費社会といえる』(191116)

 きのうのパソコンはまあひどかったけれど、きのうの夜買ってきたパソコンも画面といい、白いボデーの反射といい、頭をおかしくするような事例であった。

 けさも二ついじったけれど、まあ頭がおかしくなった。世の中便利になったけれど、都会というのは精神病患者が増えるわけだなと思った。

 
 きのう買ってきたパソコンはさっきかなり設定とか、壁紙とか、いじって幾分よくなったけれど、いままだ気になるのは、キーボードの配列が普通じゃないということだ。キーの配列など、「すべて一定にしろよ」といいたい。

 ふつうのパソコンが特殊なパソコンというわけでもあるまいに。
 

パソコンの世界は狂った世界




『いつもながらに晩ご飯の買い物で苦労する』(191025)



  今日一日の夜の事は普通の事

 人が近づけば人に向かって咳をし
 人が近づけば人の進路を妨害するように
 歩く足を止め
 レジをしていれば逆向きに前から入ってきて
 立ち止まりレジの邪魔をし

 今この国は貧困と怨念と復讐と
 犯罪大国への道があり


『人は皆苦労しているのである』(191025)



社会には爾来じらいここ幾星霜いくせいそう

苦労を重ねた皆が居り





注:ごく簡単に漢文の意味を書くと、「爾来」はそれ以来、「幾星霜」は(苦労を経験した上での)長い年月。

フリー画像北海道富良野.jpg


『日々毒ガスにふれて暮らす社会になった』(191024)



命より金儲け毒ガスの町

暮らせば命の大切さかな




 
注:柔軟剤の香料とか、各種合成洗剤とか、その被害は自然界にとって甚大だけれど、もちろんそれ以外の香料・芳香剤や抗菌剤などのさまざまな被害も多大だ。化学物質の生産量はまるで二酸化炭素の排出量が右肩上がりで増大しているように、急激に増えている。

 自然の生き物であることを忘れてそれらを消費し取り入れ生産する人たちの無知の産物が毒ガス社会である。毒ガスを吸って病気になることよりも金儲けが大切では、自然から生まれた人間という事実から目を背け、再生のない死に向かって歩んでいるとしかいいようがない。


注の注:二酸化炭素CO2は毒ガスではない。植物の主要な食べ物である。その量が増えることは、もしかしたら上に書いた化学物質の害を減らすために起きていることである。植物たちの浄化能力を見よと。




『金儲けは徐々にだけれど確実に命の大切さを無視できなくなるだろう』(190908)

 リニアの工事が遅れているらしい。愛知県の大村知事はそれに怒っていみたいで、静岡県の対応を批判していた。環境問題で意見が対立しているのだ。


金儲けは徐々にだけれど確実に

命の大切さを無視できなくなる


 愛知県の大村知事にはリニアの遅れで投資した資金の回収が遅れ、税収も減ることが気に食わないのだろうけれど、命の大切さを無視した言動は時代遅れといえる。おりしも企業はSDGs「Sustainable Development Goals(持続可能な開発目標)」という問題に向けて知恵を絞っているところである。

 種をあかせば、上に書いたことは、きょう日経新聞の短歌欄にあった沼津の松下初恵さんの作品を見て思ったことである(下に載せた歌)。

 もうすでにたいへんな工事で水脈も切断され、環境破壊はすさまじいことになっている。JRが環境アセスを甘く見ていたことがわかるけれど、静岡県の工事の中断を求める態度を批判する大村知事の口調には違和感を感じるのだ。

 もう少し言い方があるだろうと。



鹿や熊や水得て生きる清流が

リニア工事の残土で埋まる



『法華経では苦難の時代にこそ如来は現れるという』(190827)

 きょうは昼寝前に缶コーヒーを買いに行った。プレミアムボス30缶1480円(税抜き)。ワンダモーニングショットばかりだと飽きるので、200円(モーニングショットより)高いけれど、広告を見て買いに行ったのだ。

 帰りには小雨が降ってきて、昼寝して外出する時にはもうたくさんの雨が降っていた。いつもは外で体操とかして行くけれど、きょうは建物の階段踊り場とかで体操をし、ストレッチもし、それからいつものように晩ご飯の買い物をしに行った。

 休憩でコーヒーを飲み、新聞を読むと、いつもながらにすごいことが書いてある。いわゆる、金儲け第一の人が行く地獄(幸福の科学のいうところ)みたいなところが多いような気がする。

 中国っていうのはきっとみんなうすうす気づいていることなのだろうけれど、この記事を読めば、
「外資企業を支配して将来相手の国も支配しようともくろんでいるのではないか」と思えてくる『中国の本質』という記事とか、あるいは、日銀の銀行への補助金みたいなものが、表向きのマイナス金利(銀行は日銀にお金を払っている)の裏で行われていたとか、
「ええ~っ」みたいな。

 世の中そんなものかなと。いつだって庶民は割を食うのである(後者)。同時に国を顧みるより当然のように利益第一で中国へ出ていって、結果母国を売り渡すようなベクトルを内包し、国民に見えない不安を投げかける(前者)。

 われわれ庶民は地獄の住民にならず、あるいはできるだけならず、病気にならず、平和に自由に、感謝を忘れずに生きていけるようにするには、どうしたらいいのか。

 仕事で半ば殺人的なスケジュールとでもいうべき時間に追われる生活で、休暇は遊びほうけ、気がついたら人生が終っていたみたいな、では地獄の住民になっている確率が高いのではないか?

 顔を見て幸せそうな人がどれだけいるだろう?1930年代(の大不況)に似ているという記事もこのごろよく見るようになった。


空をゆく鳥の自由の世界には

地上を思う如来のこころ





『きょうの空』(190811)

 散歩帰りの空(東)。

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 外出しようとして諦めた空。ゆうちょ銀行のATMがきょうは5時でおしまいなのだ。

 母親への還暦(だったか?)のプレゼントを吟味しながらサギみたいなHPに嫌気がさしたりしながら、それでも汗をかきながら、蒸し風呂みたいな暑さに耐えつつ、一時間くらいもかかったろうか、クレジットの番号を入れて、ようやく着替えて外出して空を見て、
「だめだな」と、自分のショウガとかクルミの買い物へ行く予定が狂ってしまったのだ。

 よくこうなるけれど、うちは親子がまったくちがう人間で、親子の仲がむかしから悪いので、世間並みのことをしようとすると、ほとほといやになる。

 (よく母親は「(実家へは)帰ってこなくていい」というのでおそらく向こうも似たようなことを考えているのだろう。あえて逆の見方をすれば、わたしの体の負担を考えて「帰ってこなくていい」といっているという解釈もできるけれど、ほとほといやになるのだ。そういえばきょうは帰省のピークだそうだ。)

 親のことを考えると腹が立ってうまくいかないというのは、社会のことを考えると腹が立ってうまくいかないというのに似ているような気がする。


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 子供が親のことを考えていると自分の事がうまくいかなくなる、ということは一般論としてあるのではないかと思う。とくにさいきんのように時間に追われている社会では輪をかけて。

 何もしないで地域のことや親などのことを考えていて幸せに生きていけるというのは、社会の変化が緩慢であったころの話であって、むやみやたらと社会も自分の仕事のことも変化するこの時代は、あまりにも時間がないのだ。

 前からそういうことはいわれていたけれど、さいきんはそれがすごすぎる。社会が身勝手なせいでおそらくみんなが身勝手なことをして、それを受け入れるのが当たり前みたいになっているようにも見える。

 身近な暮らしにおいても、きょうもわたしの部屋の玄関ドアを同じ階の子連れの母親が通りがけに叩いて行ったのには腹が立った。

「人の玄関ドアを叩くなよ!いいかわかったな!」と外出してからしばらくなんども口ずさんでようやくおさまったけれど、すれ違いざまにわざと咳をしたり、そういう身勝手なことを平気でする人間が名古屋には極端に多く、さいきんは、
「またか」とか、
「そんなものさ」と諦め、まるで「これがふつう」と思えるほどなのだ。

 団地の雰囲気もこの何年かで急に悪くなった。社会が悪くなったのと関係あるだろうな。ところが若い人は過去を知らずこれがふつうなので、過去を知っていると年寄りの何とかと批判されるので、誰にもいわないのが平和である。


 さて社会と親のことに話を戻せば、親の強欲が子供の将来を不幸にするということもあるだろうし、社会の強欲でいえば、いま庶民の学習コストなどさまざまな、負担するコストは極端に増加している。それらは社会の発展GDPのなかにどのように組み込まれているのか。


 時間がないということは(税金などを除いても見えないところで)お金の負担も増加しているということである。

 インターネットをしていても、ブラウザのキャッシュ、ネットサーフィン中に組み込まれるウイルス様のプログラムは、閲覧履歴を勝手に収集しているけれど、その通信はわたしたちの負担である。負担もそして勝手に収集するためにネットが遅くなって時間を奪われるコストも負担させられている。

 世界でも屈指の低速といわれる日本のネット環境で、それはないだろうと。

 あちこちのレジの無人化でも、お客はその使い方を学習しなければならないし、それではたして便利になったかといえば答えはノーである。なぜならそれはお店の都合であって消費者目線の無人化ではないからである。

 タッチパネルは遅く、人間が応対したほうがずっと早い、お客はキカイの都合に合わせなければならず、商品のバーコードを読み取らせたり、さまざまなことに確認などをしながらお金を払ったりクレジット決済したりする。

 アマゾンのシアトルなどの無人店舗とはまったくちがう種類のものである。

 お客のコストを増やし店の利益を優先しているので、じっさいはものすごい値上げである。おそらく人件費の抑制というものをお客に転嫁しているのである。


 現役世代が仕事をしながら将来のことを考え、かつ幸せに生き抜くのは至難のことである。わたしたちはふつう幸せを追いかける時、社会のことを常に目にしながら考えるからである。

 仏教が出家するのは真の幸福を得るためである。大乗仏教が在家でもって妻帯も認め、幸福を得ることを目指すけれど、実際はどうだろうか。日本においても幸せといえば、キリスト教の天国を目指すのなら、まあうまくすればありうるだろう。

 現役世代が働きながら将来の幸せを求めるのは盲目、日銀の出口戦略がないのと同じ、先がないのだから、働く中で幸福を得るしかないだろう。政府日銀が目指すインフレと、増えることのない年金暮らしでは、仕事が終った年齢になったら人生はほとんど終わりという社会設計、時代になっている。




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『ぎらぎらと儚い夢が闊歩してまともな人の肩身は狭く』(190731)


家計債務の可処分所得比を眺めれば

儚い夢のばかり目につき



 新興国の家計債務の可処分所得比は130%とか日本のバブル期並という。それはまずいでしょう。
 いっぽう日本だって、明日が見えない中で100%を越えているのだから、他国のことはいえない。

 若い人達が借金でいろんなことをしているのだ。欲望に目がくらんで明日が見えないのではないか?
 住宅や車のローンが大きいという。

 家計債務の可処分所得比とは借金が大きいということだけれど、
 大きいのは個人の家計だけじゃなくて、企業だって国だって同じである。

 リーマンショックで企業は借金に慎重だったけれど、さいきん急に社債とか発行しだした。


 Ai革命とか自動運転とか、5Gとか、いまは確かに産業革命なのかもしれないけれど、
 誰かが目を覚まして船を下りたら、あんがい産業革命でお金儲けできるのは
 ごく一部だったなんていうことにもなりかねない。

 後は莫大な借金が残って国も個人も立ち行かなくなった、なんていうことにならないようにしなければと、
 おそらく日銀も頭を痛めていることだろう。

 ところがまともな出口戦略がないのが一般の見方なのだ。
 そこで身勝手な思想が巷に溢れて、社会は不安定になってしまうのだ。

 何しろ借金で経済成長をというけれど、借金に見合った利益が得られなければ、
 まじめに働いてもひたすら苦しみばかりが増えて、やけっぱちになってしまうかもしれないのだ。

 たとえばローンで家を買った、
 年間のすべての借金返済額は所得(年収から税金などを引いたお金)を上回っている。

 家の価値は下がった、車もポンコツになってきた、所得は増えない。
 これで楽しく幸せに生きていけるだろうか?


『景気が悪くなるのは当たり前の貧困』(190731)


インフレで貧しき者のばかり増え


 毎年のようにべースアップ何%とかいわれ社会人は豊かになったとしても、買い物に行けば貧しい人ばかりという印象である。

 高いものは売れず、西友のシシャモは値上がりしたらその後しばらくして突然物がなくなったし、もやしばかりはよく売れ、魚は新鮮で内臓のついたものが消え、あるいはごくわずか、安物で不味い魚がたくさん並び、値下げの札がつくと、待ってました以上の飛び込みでその品を奪い、買い物をすれば時々目を見張る光景に出くわす。

 本屋さんでは立ち読みの常連客が必ずいる。買い物のカートを持ってきて、その上に本を置いて、真剣に立ち読みする人(元学校の先生という雰囲気)もいる。毎日必ず来て何時間も読んでいる。

 人の流れていく光景は、大人も小さな子供にしても昔にはなかった悪臭を放っている。

 また親が子供とともに万引きをしたり、また大人の教育がなっていないのは、親がいても子供を監視せず、他人のかごの中の商品を自分のかごに入れてしまっているのに親が気づかなかったり。

 同一労働同一賃金が施行される来年、聞けば、(愛知県の)学校の非常勤の先生の給料は、時給換算1.5倍になるというけれど、いろいろな手当てがなくなり、2020年から実質値下がりするそうだ。

 これで消費税が上がるのでは‥‥。


国難の民の姿の哀れかな


『万引きも巧妙でいたちごっこなのだろうか』(190727)

 きょうの晩ご飯は198円のそこそこ新鮮な魚(つばす)。あと納豆45円(?)も買った。しかし日本も貧しくなったなと思うような出来事にまた出くわした。


万引きを今日も目にするイオンかな


 きょうは小さな男の子をだしにして、万引きをするという父と子供の二人組だった。やり方が巧妙なので、じっと見つめていないと監視カメラではわからないだろう。


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『大学の図書館に古い雑誌(中央公論)を見て気づいたこと』(190725)

 大学の図書館に古い雑誌(中央公論)が廃棄処分になっていて見ると驚く。表紙のコピーが、「まるでいまの社会問題と同じ」なのだ。

 けっきょく人間はいまもむかしも同じ課題に直面しながら解決できないでいるのだ。

 2008年の中央公論、およそ十年余り前ということになる。6月号(雑誌の記事の題名)「食の危機があなたを襲う」、1月号「医療崩壊の行方」、4月号「いま隣にある貧困」など

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『天国は自然の空気や水がたった一人の世界にあふれ』(190717)

 きょうは地下鉄駅でトイレに入ったら、びっくり、大便が散乱していて、使い物にならなかった。「こりゃあ駄目だな」とショックを受けた。(これで立て続けに二回目だな。)

 なにせ床はもちろん洗面台にも付けて(?)あったのだ。あちこちあるので足の踏み場にも苦労する始末だった。臭うし。無理だな。ひどいな。

 こういう行為が続くということは何を意味しているのかな?
 さっこんよく言われる、たしかに、
「(他)人が苦しむのを見て快感をおぼえる」という人が増えているかなと。

 むかしは、
「人が喜ぶのを見て自分も喜ぶ」というのがあったけれど、さいきんは社会がそして人間が変わり、ということであろう。

 おそらく化学物質とか薬のまんえんで体内汚染が深刻になって、さまざまなホルモンも異常になっているのだろうけれど、
「他者を苦しめることによって快感をおぼえる」という、ある種畜生、すなわち、問答無用の弱肉強食の、弱いものいじめを善とする存在と同列なのかなとも思う。

 畜生の世界は、ふつう弱いものを殺して食べて生き抜くということがあるからだ。人間社会は本音と建前で、建前上は、いろいろいいことを言っているけれど、社会を見れば、そんなことは言ってられなくて、本音ではたしかにいま弱肉強食がまかり通っている。知的に姑息に闇の中みたいに、ブラックボックスのまんえんする暮らしの中で、そういう傾向が増していると思う。

 だからホルモンの異常と手を組んで、腹いせじゃないけれど、不特定多数の人が使うトイレというものを使えなくして喜んでしまうという。
「他者を苦しめることによって快感をおぼえるので」という行動になってしまうのだろう。

 人間の理性や知性を失ったある種畜生になってしまっているような人なのかな?と思う。
(ちなみに関係あるのかどうか、愛知県の一人当たりの借金は東京の二倍だという。)

 きのうは自分の上着が大学に着いたら女の化粧品のにおいがきついので人と話すのが恥ずかしく、辟易とした。もちろん名鉄のシートから付いてきたのだ。「洗濯」と思ったけれど職場で洗濯するわけにもいかないし‥‥。

 種の絶滅が叫ばれ、生物の多様性が失われとか危惧されるけれど、一番の問題は人間が心身の正常さを失って知性もないがしろにされ、真実正しい環境保護なんて、経済の原理によって無視されているからであろう。

 よく動植物がどんどん絶滅していって人間だけになってしまうという人もいるけれど、じっさいは、正常な人間というのはあんがいもうかなりいなくなって、ただ不自然な心身異常な人間(人非人)が増えてきているような気がしないでもない。



人間もレッドリストに見えており



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『大国の大統領は大言壮語』(190628)

 プーチン大統領は、G20で日本にきていて、FTのインタビューで、欧米の自由主義の結果問題化した移民問題について、
「移民は移民として保護される権利を有するがゆえに、刑罰なしに殺人や略奪、性的暴行ができる」と指摘している(日経新聞にはこれしか書いてない)。

 いっぽうトランプ大統領は、(同じ日経紙で)欧州中央銀行(ECB)のドラギ総裁を高く評価し、
「(アメリカの)FRBの議長に据えるべきだ」といっている。

 同じ日の(日経別ページの紙面)に、岸本葉子さんのエッセイがあって、
「パンツに求める条件は年々厳しくなっている」という。

 これが笑わずにいられるだろうか?しかしあんがい真実をついているのかもしれないのだ。



注:FRBとは日本語で「連邦準備理事会」といい、日本の日銀と同じような役割を担っている。中央銀行制度の最高意思決定機関である。

 プーチン氏のいいたいことは、自由主義は「何もしないことを前提にしている」からだめだということのようである。「移民であるがゆえに、(SUPERBIRDが追加『アメリカの例でもお巡りさんから比較的自由だし』)、殺人略奪、レイプをしても野放しにされている。」ようである。「犯罪はすべて罰せられなければならない」と。これは当たり前ではなかろうか?

 こうしてみるとトランプ氏の移民政策(たとえばメキシコとの間の壁とか)は間違っていないのである。

 岸本さんの、「パンツ」というのは下着のことかと思ったら、そうではなくて、スラックスとかジーンズのようなものだった。そしてあまり細かいことをいうと、なにがなんだか分からなくなってしまうのである。

 


大国の大統領は大言壮語

でもそれはもしや正しいのかも





『年中風邪が流行っている現実はシビアである』(190522)

 風邪ひきが多い。自分も今朝(散歩から帰って)二回目の大のとき、下痢をしていたので驚いた。

 学校では部屋で一番偉い人が咳のしづめで、わたしの教える部屋は風下なのでとても気分が悪い。

 授業が終わったらすかさずキャンパスへ出て外の空気を吸う。気温差が大きいのでみんな対応できないのだろう。

 わたしの場合きのうの晩ご飯のシイラの刺身がいけなかったのだと思う。今朝の散歩で気功して体が熱くなってとりあえず夜眠れないという悪条件をいつものように克服したと感じたのだ。それでも感染して下痢しているなんて‥‥。

 放課を待って学習支援の部屋から退散。しかし講師控え室は行けばめちゃくちゃに空気がこもっている。ウイルスの天国で。年寄りが多いのはよくない。わたしよりシビアにじっと耐えている先生が二人もいる。ここも退散である。そうだロッカーに保管してある濃い有機栽培の緑茶を熱いお湯で出して持っていく。

 キャンパスの木の下で休憩である。体の節々がめちゃくちゃに痛い。

 あと六分くらいある。ひたすら耐えるのみ。思わずベンチに横になってしまう。

 次の学習支援が終るとまた、同じことを繰り返した。濃い緑茶を耐えるように飲む。次の5限目の授業をなんとしてもしっかりやり終えなければならない。来週は中間試験である。