『今も昔(釈迦牟尼仏陀の時代)も邪悪な思想がはびこる』(200125)

2020/01/25 19:55
 世の中はどうなっているんだ、という思いにとらわれるのは、寂しいことではある。  法華経の一節に、 「福徳の少ない彼らは苦悩にさいなまれ、死を繰り返した。種々の邪悪な思想の密林の中をさまよい、62種の邪悪な思想を頼りにし、虚偽を固く守ってはばからない」  というのがある。 「心がねじれ、高慢で、不実で、頑固で無知で愚かである」と。 現代の病は邪悪な都市化の中で 生まれ広がり人を苦しめる  さいきん企業の不祥事がまた増えた。  例えば..

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『きょうは長谷寺のあと聖林寺へ行った』(191224)

2019/12/24 22:11
 聖林寺の観音菩薩は、言葉にできないものがある。ふれることも口にすることもできない。そのくらいの美しさであった。  そのせいだろうか、薄暗い中に、異界の宙空に浮き上がっているのだ。 聖林寺の十一面観音菩薩 像は美の魂が宿っている  これは美しいこと言語の外にあるもので、写真や映像などで見るものとはまったく違っていた。たまたまひとりっきりになれたので、ありがたかった。国宝である。あるけれど国宝というのはあまり意味がないといえる。言葉を超え..

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『長谷寺巡礼』(191224)

2019/12/24 20:34
 長谷寺駅に到着。  電車を記念撮影した。  駅から長谷寺側の風景。  巡礼の道に咲く花。  初瀬川を渡って車の行き来する巡礼の道。前回の暑い時と違ってきょうは巡礼の人というのは見えないようだ。  歩いていくと左手に観音の巡礼を促すようなポスターが貼ってあった。  前回は素通りした法起院。長谷寺の開山堂、徳道上人の霊廟(お墓)がある。 ..

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『奈良行きのバス』(191223)

2019/12/24 00:00
 人がいるところでものを食べるのはよくないとはヒンズー教の聖者の言葉であるけれど、じっさい胃が気持ち悪くなってしまうので。だけれど仕方ないので予定通り、時間を見計らって名鉄の地下で買った弁当を食べていく。 奈良行きのバスに揺られて人の世の 苦労が窓に見えてくるかな 晩ご飯一口ごとに口をつく 有難いなあ有難いことだなあ 親父さんと一緒に食事した 感謝の気持ちがまたよみがえり {追記:バスの中のこと}   ..

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『通勤の帰り道に前から気になっていたサンタのオブジェに挨拶をしていく』(191202)

2019/12/02 21:24
 今日の帰りのバスで、途中乗ってきた高齢のといっても七十代くらいの男性は、病気持ちも甚だしく、どうしてこんな時間にわざわざバスに乗ってくるのか。  お前はもう死にそうなほどになっているのだぞ。ほかの席がいっぱい空いていたのにどうしてわたしの隣に座るのか?  すでに寿命が尽きるときがそう遠くないというのに、ここで悪いカルマを積んで来世の悪趣を引き寄せているのだぞ。  人は(救いを求めて)他人に近づくより神さまや菩薩、御仏に近づくほうがいい。  人間は病人..

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『古本を見ていて世間とは別の世界を見つける楽しみ』(191129)

2019/11/30 00:53
 きょう晩ご飯の買い物に行ってブックオフに寄った。仕事の通勤もそうだけれど、日々の暮らしもストレスだらけなので、気晴らしを兼ねてつい寄ってしまうのだ。  岩波文庫とか講談社学術文庫とか、ながめて、気になる作家や先生たちの欄を見ていて、そのうち『神さまとのおしゃべり』という本があって、手に取ってちらりと見た。 「人間は幸せにはなれない。なぜなら人間が幸せだからじゃ」 「ハハッ(それはある)」と笑った。 「人間はそもそも誰もが仏性を宿し、ただそ..

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