『ようやく後輪のブレーキを直した』(200523、24日夜明け前)

2020/05/25 00:00
 もうだいぶたってしまった。きょうはようやくそれを直した。ワイヤーを何度も調整しながら。自転車の後輪のブレーキは、ようやくいい感じになった。夜明け前である。もう寝る時刻なんだけれど(ここしか時間がないのだ)。 夜明け前自転車直し安堵かな  追記  自転車の後輪のタイヤを交換し、そのとき後ろのブレーキを緩めておいて、元に戻す時間がなくてほっておいた。いままでいわゆる予備的に持っていた自転車を使い続けていたわけだけれど、ブレーキを元に戻すための工具類が出..

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『忙しい一日の終りにやってくる至福のとき』(200518)

2020/05/19 05:04
 きょうは朝起きると歯を磨くより先にさっそく授業に関するTeamsの準備で、パソコンを開き、あっという間に二時間くらいたった。これはおそろしいことである。  授業前なのにもう生徒たちがいろいろとTeamsのわたしのページにやって来ている。別にやって来ても当然何もしない人がほとんどだけれど、中にはそうでない人もいて、その対応に追われるので、自分の授業の準備、システムの使い方を試行錯誤であれこれやる予定がかなり削られたといえる。 「ひぇ~っ」  使い方のしっかり..

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『いろいろやれば生きているという実感から幸せになれるものであるけれど』(200513)

2020/05/14 02:01
 きょうは風が強い。こういう日は人によっては体が悲鳴を発する。人間はイラつきがちだ。  あえて自転車で夜道を遠回りしていって、GEOに寄り、スーパーまでへ行き、早足で買い物をすませ、公園でふと振り返る。 買物の後に感謝の珈琲が  昼といい夜といい仕事をし、こうしてようやく休憩のときがおとずれる。手に缶コーヒーを、かばんから新聞を取り出し、ベンチに座れば、感謝の言葉がこぼれる。 「どうもありがとうございます」 新聞を広げて夜の静けさが ..

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『臨済和尚(禅師)はこういう人である』(200426)

2020/04/26 13:17
 朝(もう昼近く)布団の中で臨済についておたずねすると、次のようにその人は言った。 「あの人はきょう書類を出しに行って、明日も行くことにし、あすもう一度行くことにした。そしたら日付がきのうになっていた」と。 注:日付がきのうになっていたということは、とわたしは思った。きょうが過去になっているということである。  上にあるようなことは、意識の面においては十分に禅僧にはありうることで、やがてそれが物質的にもそうなることによって、仙人になるわけだけれど、臨済禅師が..

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『リナックスを入れたパソコンの調整に苦労する』(200328)

2020/03/29 00:00
 リナックスというのは入れるのにも苦労するけれど、使えるようにするのにもまたウィンドウズと同等か、一人で調べてやっているのでおそらくそれ以上に苦労する。  リナックスは種類がたくさんあるうえに、使い手が少ない。ウィンドウズは使っている人が多いのでまだ楽なのかもしれない。 朝起きて一仕事終えて思い出す 木耳のある雨後の散歩は

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『晩ご飯の買い物で気づいたこと』(200325)

2020/03/26 13:11
 序  妖怪というのは比喩みたいなものだけれど、そうじゃなくても前にも書いたけれど、とにかく人の行動を邪魔するように気を動かし、体を動かす人たちが急に増えたのが、つまり少なくとも名古屋の人たちの特徴である。  歌 教育が澱んだ国のカルマかな  本文  さいきんの若い人たちはスーパーの(生鮮でも惣菜でも)売り場とかに男女ペアでとか家族連れでとか友達どうしでとか、複数人でくるのがまるでふつうである。そこではなかば遊び、気晴らし..

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